狸と狐の化かし合い


「君も懲りないね」

呆れたような、怒ったような声が、ベッドに仰向けに倒れている青年に向かって零れ落ちる。
その言葉を零したのは、その青年の華奢な首を緩やかに締め上げている青年だった。
ゆっくりと死に直面していきつつあるというのに、首を染められている青年の琥珀色の瞳は、とろりとした恍惚の光をたゆたわせて、混じりけの無いカラスの濡れ羽色の瞳を見上げている。

「そんなに僕を怒らせるのが楽しいのかい?それとも、ただ淫乱なだけ?」

どこまでも理知的な響きを持つその声は、殺人現場と化しつつある部屋ではある種の異質ささえ感じさせるほどで。

「何か言ったらどうなの?」

気道を締め上げながら、それでも言葉をしゃべることを強要すれば、かすれた甘みを帯びた声がそれに応えた。

「きょー、や、さん」
「つなよし」

甘い甘い、蜂蜜みたいな瞳がとろんと笑みの形をかたどる。
それを見て、雲雀の手に一気に力がかかった。

「死んだら、もう君は誰も見なくなるんだろうにね」

かくん、と酸欠で意識を飛ばした綱吉の体が、ベッドの上で弛緩する。
その様子を愛しげに眺めて、雲雀は白い指でチアノーゼの様相を呈している綱吉の唇をなぞった。
そしてそのまま意識の無い綱吉の唇に貪りつく。
―――まるで、このまま息の根を止めようとするかのように。



次に綱吉が意識を取り戻したのは、既に日が昇り、部屋に人工でない光が差し込んでいた。身体が軋むのか、眉根を寄せながらゆっくりと体を起こし、ふるふるとゆるく頭を振って自分の体を見下ろす。

「うわぁ、なんか壮絶」

日に焼けていない白い肌の上には、あちらこちらに噛み痕やら鬱血やらが残っていて、所々出血の痕さえ残っていた。
殴られたのか、それともそれ程乱暴に抱かれたのか、痛みで頭がくらくらする。

「おはよう綱吉」
「おはようございます、恭弥さん」

綱吉が自分の惨状を眺めていたところに、その惨状を作り出した本人である雲雀が声をかけてきた。
彼は、綱吉が起きる前に起きだして、寝室のテーブルで書類を処理していたのである。
シャツの胸元を緩め、気だるそうに曲げた足に肘を突いて、背凭れに体を寄りかからせて書類を呼んでいる姿は、いつもきっちりとした彼からはかけ離れていた。

「痛いです」
「僕は心が痛いよ」
「思いっきり棒読みですよ」
「まぁね、ちょっとすっきりしたし」

くすりと喉元で笑って、雲雀は手にした書類をテーブルに置いて立ち上がる。
そして枕元にたどり着くと、日の光の中で綱吉の惨状を見て、秀麗な眉を愉快そうに跳ね上げた。

「随分と酷い格好だね」
「誰のせいですか」
「全体的に君のせいだと思うよ」
「―――・・・嫉妬深いんですから」
「君の場合、女性は仕方ないけどね。男に足を開く必要性は認められないんだけど?」

ふっと、黒い瞳に凍えるような風が吹き込んだ。
その寒々しい瞳が雄弁に語る、女を許容してやるだけでも僥倖だろう、と。

「どうも最近気付いたんですけど」

見た者がその場で凍死してしまいそうな雲雀の視線も、綱吉には全く何の影響も与えないようで、今年で28になるボンゴレの長はきょとんと可愛らしく小首を傾げた。

「俺って快楽主義者みたいなんですよね」
「色狂いの間違いじゃないの」
「あはは、そうとも言います」

でも、やっぱり雲雀さんとするのが一番好きなんですよねぇ。

綱吉はベッドに再び身を沈めながら、どこか感慨深げにそう嘯いて、傍らに立つ自身の最強の守護者を見上げる。

「雲雀さんとシテると、いつ食い殺されるかと冷や冷やしますから」

貴方ほど貪欲に俺を求める人間を他に知らない、と、綱吉の幼さの抜けきらない顔に、昨夜のような恍惚とした艶やかな笑みが浮かんだ。

「僕を他人と比べるなんていい度胸だね」

しかし、雲雀も雲雀で、誰もが蕩けてしまうような綱吉の艶然とした笑みをさらりと受け流して、呆れたように嘆息する。

「というか、ふと思ったんだけど、君、身内とはまだヤってないよね?」
「気になります?」
「当たり前でしょ、あいつらと同じ穴の狢になりたくないし」

雲雀の憮然とした台詞を受け取って、綱吉は暫く何か考えるように口を閉ざして、ふっと笑った。

「うわ、その台詞、すっごい下品ですよ恭弥さん」
「何を妄想したのか言ってごらん綱吉、君の妄想力の方が数倍下品だって証明してあげるから」

雲雀の膝がベッドに乗せられて、綱吉の体が少しだけ雲雀の方に傾く。
色素の薄い髪がシーツに広がっているあたりに手をついて、未だにくすくすと笑っている綱吉へと顔を近づけていった。
不意に綱吉が笑うのを止めて、自分を見下ろしている黒曜石を見上げた。

「大丈夫ですよ、まだ身内に雲雀さんの兄弟はいません」
「安心すべきなのか悩む回答をありがとう。そして、その“兄弟”って言い方も生理的に却下」
「じゃぁ狢」
「つい最近まで百足の親戚だと思っていたくせに」
「いやだって、狢なんて普通言いませんよ、穴熊だか狸だかでしたっけ?」

すっと綱吉の腕が伸ばされて、雲雀の華奢ではないが太くも無い首筋に回される。
そして緩く力がこめられて、雲雀の顔が綱吉の顔へと鼻先が触れ合うほどに近づいた。

「今の君は、狸と言うより狐だけど」
「それは良かった、狐の方が狸より昔話で美人な設定が多い気がしますし」
「そしてお誂え向きに男好きの色狂いだしね」
「あはは、違いない」

そのまま軽く口付けを送って、雲雀は綱吉の横にとさりと転がった。
どうやら、本番に入る気はないらしい。
それを悟って、綱吉は嬉しそうに気だるい体を雲雀に寄せる。

「あ、でも、俺の外見的には狸の方が近いですかねぇ。恭弥さんの方がどっちかって言うと狐っぽいですよね、見た目」

切れ長の釣り目だし。

横になった雲雀の胸元に顔を乗り上げて、綱吉は目を閉じていた雲雀の美貌を覗き込んだ。

「さてね、化かし合いが得意なのはお互い様でしょ」
「化かした回数と化かされた回数は?」


「6対4で僕の負けなんじゃない?」


まぁ、化かされてあげてるだけだけど。




さて、本当に化かされているのはどっち?


fin.


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