寂しんぼ行進曲


高校生で、恋人らしいことをするのは、結構体力を使うことだと思う。
平日は、朝早くから夕方過ぎまで学校にいて、授業が終わった後もやれ委員会だやれ部活だ、とそうそう早くは帰れない。
毎日、綺麗に晴れ上がった夜空に浮かぶ月を見上げて、空腹に悲鳴を上げる胃袋を宥めながら家路につくのが当たり前。
家に帰り着けば、夕飯を食べて明日までの宿題と必死に格闘して、風呂に入って寝る。
土曜は午前中に授業だし、午後は日が沈むまで部活。
だから、唯一の休日である日曜日は、ほとんど家でゲームをするかゴロゴロしていることが多かった。
長期休暇だって、課外と称して朝早くから夕方まで授業をしているのだから、夏休みだなんだと盛り上がれるのはお盆や正月の時期だけ。

そんな生活の中で、人と所謂“お付き合い”なるものをして、かつその関係を維持継続していくことは、個人的にはとても大変なことのように思えた。
だって面倒くさい。
自分の時間とてまともに確保するのが難しいというのに、そんな時間を他人のために割いてやるなんて。

そう、そういう観点から考えてみると、あいつは、凄いと思うんだよね。

俺が酷く真面目に話しているというのに、Lサイズのポテトの乗ったトレイを挟んだ向かい側の幼馴染みは、非常に呆れかえった表情で無言のままストローをすすった。
周りは、駅前のファーストフード店と言うこともあって、帰宅途中の空腹に耐えかねた学生達がそれぞれ好き勝手に話し込んでいる。

「・・・普通、付き合ってるヤツの浮気に対して、そういう反応はしねぇんじゃねぇのか、コラ」
「え?そう?」

まだシェイクが具合よく溶けてなかったらしく、コロネロは口からストローを離して、中身をかき回しながら俺の反応に大きく溜息をついた。

「だって、この1年間で5に・・・ん?6人だったかな・・・だよ?凄いよねぇ、暇なんだか要領が良いんだかよくわかんないけど」
「で、その1年を通してそんなヤツに付き合ってたお前は、このままで良いのかコラ」
「んー、まあ、思うところは色々とあるけどさぁ・・・最早アレって病気に近いような気もするし」

俺が高1の秋から付き合っているヤツは、文句のつけようがないほど整った顔立ちと、嫌味なくらい回転の速いよくお出来になる頭をした「男」だった。
小学校が一緒で、中学で離れたが、たまたま高校で再会したソイツは、生徒会長なんて似合わな過ぎて笑える役職に指名されてしまったため、引継ぎやらの関係でここにはいない。

「相手の方も浮気っていうか、遊びって納得してヤってるみたいだからねぇ。別に、泣かされた子がいるわけでもないし・・・。むしろ女の子の間で一種のステータスみたいになってるらしいよ」

あのリボーンの、手がついたって。

「くだんねぇなコラ」

心底嫌そうな表情でそう言って、コロネロは乱暴な仕草でポテトを口に放り込んだ。

「そんなことで盛り上がってるヤツも、そんなことをそんな風に言っちまうテメーも、めちゃめちゃ格好悪ぃな」
「えー、そこに俺も含まれんの?」
「・・・ツナ、別に、俺はお前の保護者でもなんでもねぇけど、一応幼馴染みのよしみで言ってやる。―――アイツ絶対ビョーキ持ちだぞコラ」
「・・・っぷは・・・っビョ、ビョーキ持ちって・・・」

深刻な面持ちで言われた言葉に、コロネロには悪いけど思わず笑ってしまって二の句が継げない。
そんな俺の様子に更に気分を害したらしい幼馴染みは、黙り込んでポテトを消費していく。

「あ、ちょっと、俺の分も残しといてよ。・・・ビョーキねぇ、ああ見えて潔癖なところあるから、そこんトコだけは信用してるんだけど」
「逆に言うと、そこ以外は全部アウトなのかアイツ・・・」
「いや、アウトだろ、どう考えても。節操ないし」
「なんでお前そんなヤツと付き合ってんだコラ」
「え、うーん・・・好きだから?」
「わかんねぇ・・・」

理解不能、もう勝手にしろ、そんな台詞を顔に書いて、コロネロは頬杖を着いて二階席から通りを見下ろした。
駅へ向かう学生服、駅から帰るスーツ。
暗くなるのが早くなったから、まだ7時なのに、とても遅くなってしまった感覚を覚える。
外の暗さと、止まらない人の流れと、車のランプの明かりと、騒がしい店内に不思議な寂しさを覚えて、早くどこかに帰りたくなった。

「ツナ」

ほら、俺がそんな風に思い始めたら、ソイツは必ず来てくれるんだ。
コロネロの顔が嫌そうに顰められたのや、周囲が一瞬だけ静まり返ったのが無くたって、俺の鼓膜が高校生らしくない不遜で落ち着いた声を聴き間違えることも、自分の背後に誰がやってきたのかがわからないことも、多分これから先も絶対無くて。

「待たせたな」
「別に、どうせ今日家誰もいないから、夕飯食べてたし」
「そーかよ。・・・帰るぞ」
「りょーかい、コロネロ、お前も帰る?」
「いや、向こうのヤツらとまだ駄弁ってから帰る」

俺がいそいそと帰り支度を始めるのとは違って、コロネロはひょいっと少し離れた席に座っているグループを指して、そちらへ移動するためトレイを持って立ち上がる。
リボーンの背もでかいけど、コロネロも同じくらいでかくて、そんな二人が狭い店内で立っていると物凄い目立ちようだった。
その二人がすれ違いざまに、険悪ではないけど意味深な視線を交し合って離れていく様は、何かの映画のワンシーンみたいで。
間に挟まれる形になっていた俺は、少しだけ居心地の悪さを感じながらコートを羽織る。
もうリボーンは階段から下に降りようとしているところで、前のボタンを留めつつ後を追った。

外に出ると、店内の暖かさにのぼせた頭が冷えて気持ちいい。

「寒いか?」
「いーや?むしろ気持ち良い」

元々それほど口数の多くないリボーンは、俺がついて来ることを疑いもしない足取りで、どんどん駅の光へ向かっていく。
ここで、足を止めてしまったら、アイツはどうするんだろう。
一瞬そんなことを思ったが、どうもしないでそのまま改札を通って電車に乗り込んでいる姿が簡単に想像できて、俺は首に巻いたマフラーに顔を埋めて笑った。

世間一般に言う恋人同士なんて、面倒くさい。
寂しいときに傍にいてくれるだけでいい。
それに付随して、ヤりたいならヤればいいし、キスがしたいならすればいい。
そんなに使える時間もないし、ずっと傍にいられても息が詰まるし、特に何がしたいというわけでもないのだから。

俺はそんな風に思っている節があるから、リボーンが誰と寝ようが誰と浮気してようが気にならない。

ただ、他人だけど友人よりも寄りかかれて、それなりに甘やかしてくれる存在でいれくれるなら何でもよかった。

俺の言う「好き」は、そんなエゴを正当化するためのもの、なのかもしれない、よくわかんないけど。
だって、「好き」でもないのに、他人にそんな風に接したら、俺が遊び人みたいだし。

だから好き、リボーンが、「好き」。

「今日、泊まるか?」
「んーでも俺、月曜日体育だからな・・・あ、体操着学校に置いてきたんだった。ん、泊まる」
「・・・ダメツナ」
「何で」

笑いながら改札を潜って人のごった返したホームに立つと、さすがに風が冷たいと感じる。
けれど、さりげなくリボーンが風上に立ってくれたので、俺に直接当たる風はそれほど強くない。
こういうことを自然とやってしまえるリボーンは、確かに良いヤツなのだ。
ゆるゆると軽く繋がれた手の温もりが切なくて、何も言わないでいるリボーンが可哀想で、でも俺は我が儘で。
鼻の奥が痛くなったのは、多分冷たい風のせいなんかじゃない。

好きなだけ遊べば良い。
俺をちゃんと甘やかして、俺にちゃんと寄りかからせてくれるなら。
ごめんな、お前ばっかり悪者みたいになって。
本当は、俺が悪いのに。
俺がちゃんとお前を甘やかさないから、寄りかからせないから、お前は寂しくてしょうがないんだよな。

だってお前、本当は俺のこと大好きなんだもんな。

ガタンガタン、規則的な音を立ててホームに電車が滑り込んできた。
いつの間にかぎゅっと握られた手に促されるまま、俺は人ごみに紛れて扉をくぐる。

普段の友人との距離よりも近い―――人と人の隙間が全く無いくらい、たくさんの人が狭い車内に押し込められているのに、どうして彼らは他人なんだろう。
守るように俺を抱くリボーンのコートの腕に、隣の人のマフラーの糸くずがついてしまったのを見ながら、俺はそんなことばかりを考えていた。




Fin.


高校時代、ほとんど学校にいた記憶しかありません(笑)
何してたんだろうな、本当・・・



Back