愛人選び 綱吉は、穏やかな朝日の光を感じて、ゆっくりと瞼をあげた。 開けた視界に見える景色は、いつもの見慣れたモノとは異なっている。 落ち着きのある内装に変わりはないが、その内装に掛かっている金額は天と地ほどに離れていた。 ああ、そうだった。 ぼんやりとそんなことを考えながら、綱吉は身を起こした。 その気配を察したのか、綱吉の横で眠っていた女性も瞳を開ける。 「お目覚めですの、シニョーレ」 「ああ、ヴィオレッタ、起こしちゃった?」 「いいえ。・・・お帰りですか?」 「そう、だね。もう行かないと」 「そうですの。では、お見送りを」 「いや、良いよ。寝てて」 「でも・・・」 「気にしない気にしない。A presto!」 そんな会話を交わした後、綱吉は三つ星ホテルのスウィートを出て、建物を後にした。 玄関に横付けされた車に乗り込み、適当に締めたネクタイを締め直す。 「ふう」 「・・・椿姫のご機嫌は治ってたか」 からかうように、横の座席から声がした。 その声の主を軽く睨んで、綱吉は肩をすくめる。 「まあね、それなりに。・・・はあ、情の深い子は優しい子が多いけど、構うのが大変だよなあ」 「お前の甲斐性がねぇだけだ」 「うーん、そう言われるとなんとも」 1歳の時点で愛人を抱えていた相手に、何を言っても勝てる気はしない。 「確かにリボーンは凄いよねえ。俺、お前の愛人から、お前の愚痴とか悪口聞いたことないしなあ」 「当然だ」 「はあ、12歳のお子ちゃまに負けてるよ、俺・・・」 「ああ?てめぇ何つった?」 「いや、何でもないですリボーンセンセイ」 「フン」 走り始めた車の後部座席に、暫く沈黙が流れた。 「それにしてもさ、リボーンの愛人選ぶ基準は?俺の知ってる限り、お前の愛人に統一性を感じないんだけど」 「お前に人のこと言えんのか」 「俺は不可抗力だろ」 ヨーロッパの有力マフィアであるボンゴレのボスともなれば、愛人の数は両手に余る。 情報収集、財源確保など、愛人の利用目的は多岐にわたるからだ。 それ故に、綱吉、いや、ドン・ボンゴレの愛人の幅は広い。 愛人を持つ、ということは、綱吉がボンゴレのボスである限り望もうが望むまいが、 避けては通れない職務の一環なのだ。 「マルチナ、アンナ、マリア、ジュセッピーナ、ルシアにキアナ・・・ああ、もう覚えきれないや。 まあ、ビアンキは別格だとしても・・・多種多様な愛人だねえ」 「ヴィオレッタ、レヴェッカ、シモーナ、パオラ、アニタ、エレーナ、ジョバンナ、アンジェラ、ドルソリーナ・・・」 「あーっストップストップ!俺も確かに一杯居るけれども!」 仕返しとばかりに綱吉の愛人の名を上げ始めた教師に、ドン・ボンゴレは制止の声を上げた。 大変記憶力の良いリボーンのこと、綱吉の、あまり覚えていない愛人の名さえも覚えていることだろう。 それに加え、忙しさにかまけて最近構っていない愛人の名を聞くと、機嫌を取るための方策を考えねばならず、げんなりしてしまう。 「そうだ、パオラを最近構ってなかった!あーあの子ヘソ曲げると扱いにくいんだよ!しまった!」 「馬鹿が。お前の愛人は手の掛かるのが多いな」 「あのねえ、俺に愛人選びさせてくれれば、こういう事態にならないんだよ!?俺の愛人、選んだの全部リボーンでしょ!」 「そうだったか」 「そうだよ!」 後部座席でエキサイティングし始めたボスの声も、防音硝子に隔てられた運転席までは聞こえない。 それが分かっているので、綱吉も声を抑える気遣いをしない。 「だいたい、俺はリボーンの愛人選んだことないのに、なんでお前は俺の愛人を選ぶかな!?」 「ボスの愛人の裏をとるのも、お前の安全確保のためだろ」 「うーわー、もっともそうな事言ってるけどさ、部屋に入ったら自分のベットに待機してる子がいるって、結構どっきりだよ!?」 「別に、嬉しいどっきりだろ、ダメツナ。お前を相手にしてくれるような女が居たんだから」 「いや、ま、そうだけどね!?元を正して考えてみると、何か違う気がするんだよ!俺の好みは無視ですか!?」 声を上げ、冗談半分に誤魔化しながら、綱吉の内心は複雑なモノがあった。 別にさ 今更お前の愛人をどうこう言うつもりはないんだ だってそんなの お前の自由だし でも時々 寂しいと思うことがある 俺の愛人は お前の愛人と 意味合いが違う それが分かるから 寂しい それに 俺はお前の愛人がどんな人たちか知らない お前は俺の愛人がどんな子たちか知っている それって、不公平じゃないか? それが、俺とお前との間の溝みたいで ま、愛人が溝になるなんて、随分情けない話だけど・・・ ピタリと口を閉ざした綱吉の横顔を見ながら、リボーンは内心で軽く溜め息をついた。 綱吉の内心など、読心術を使わずとも明らかである。 まったく だからいつまでたってもお前はダメツナなんだ お前に 愛人なんか選ばせられるか ただの愛人一人一人に 情をかけるお前なんかに お前の好み通りの愛人なんか 選ばせられるわけないだろ お前は ボスらしくないボスだから 自分で選んだ愛人に何かあったら 絶対にヘコむだろ 絶対に自分を責めるだろ 誰かが選んだ愛人でさえ 失ったら 傷つけられたら 嘆くお前だから それに お前が誰かを 自分の意思で愛人にするのは 俺が嫌だ 再び車内に沈黙が降りた。 だが、その沈黙を綱吉が破る。 「リボーン、リボーンの愛人への愛情の注ぎ方は均等?」 「あ?」 「いや、この間エレーナに言われたんだ」 「何を」 「“愛人達と良好な関係を築きたいなら、全ての愛人に同じ愛を注ぎなさい”って」 「そうか。・・・それにしても、お前、愛人が居てもダメツナだな」 「う゛っ」 「愛人に諭されてどうする」 「べつに諭されたワケじゃ・・・」 綱吉は、その言葉にバツが悪そうに車外へ顔を向けた。 「そうだな、俺は向けられた分は返すようにしているぞ」 「ふうん」 気のない返事を返す綱吉を見ながら、リボーンは口に出さずに付け加えた。 気付いてるか、ダメツナ 俺が 自分から そういった感情を向けるのは お前だけだってことに 「ねえ、リボーン」 「なんだ」 「愛って何だろうね」 「さあな」 それはきっと葛藤と切なさの産物 fin. 愛っていうか、むしろこの話自体が何なんだろうね(ぇ リボは綱吉の全部に自分が関わっていなきゃ嫌なんです。きっと。 Back |