たくさんのさよならの後に、君と僕とを定義しよう。


After, after, GOOD-BYE.


朝日が、分厚いカーテンの隙間を縫ってベッドサイドに差し込んでくる。
キングサイズのベッドの中央、二つのふくらみのうちの片方が、その光に反応するようにもぞもぞと身動きをした。
やがて白いシーツの合間から頭が出てきて、一人の青年が上体を起こすと欠伸とともにゆるやかに伸びをする。

そしてしばらくぼんやりとした後、隣の白いふくらみをポスポスと叩いた。

「リボーン、朝だぞー起きろー・・・」

寝起きで掠れた声は、確かに彼が年を重ねた証のように、少しだけしゃがれて響く。
その声に、少しだけふくらみがもぞりと反応したが、起きるような気配はない。

「おーい、寝ぼすけー・・・」

生半な刺激ごときで、自分の横で寝ているときのリボーンが起きないことを知っている綱吉は、溜息をつきながらシーツにもぐっている黒髪を引っ張った。
結構がっつり引っ張ったためか、かなり不機嫌な表情の死神がようやく枕元にその美貌を覗かせる。

「うるせー、俺はさっき帰ってきたんだぞ、ちったぁ寝かせやがれ」
「俺が起きるのに、お前が起きないなんてずるいだろー」

殺気の篭った視線を気にも留めず、綱吉はからりと笑ってポスポスと微かに寝癖のついたリボーンの頭を撫でた。
それを邪険に払い除けて、ヒットマンは部屋の中央に据えられた柱時計に視線を走らせ、さらに憮然とした表情になる。

「・・・てめ、まだ6時じゃねーか」
「だって俺起きたんだもーん」
「年寄りの早起きに俺まで付き合わせんじゃねーぞ、だいたい38にもなってそんな気色悪ぃ語尾変換すんな」
「いやー、年取ると、ホント寝れなくなるもんだねー。寝るのにも体力が必要なんだと実感するよ、最近」
「知るか、俺は寝る。次起こしたら殺す」
「あーはいはい、おはよう、リボーン。そんでもう一回おやすみー」
「ん」

短い返答を残して再びシーツの海に沈んだリボーンを見て、綱吉は苦笑しながらベッドから出た。
ぱき、だか、ぺき、だか、あまり嬉しくない音が腰やら肩から聞こえてきたが、いつものことなのでそのまま首を回して、顔を洗いに歩き出す。



顔を洗って歯を磨きながら、綱吉はふと正面の馬鹿でかい鏡に映る自分を見た。
多少じっくりと見つめると、口元や目元に微かに小皺がある。
母親から受け継いだ凶悪な童顔遺伝子は、それはそれは多大な力を発揮して、未だに20代後半に見間違えられるが確かに自分は歳を取ったのだと、不意に思った。
そして、ひょいっと、隣の部屋のベッドのふくらみを見やる。

なんだかんだ言っても、結局は一緒にいるのだから、あの頃の自分達は一体なにをどうしたかったのか。

綱吉は、微かに寝返りを打ったふくらみに微かに笑いを誘われながら、大理石の床をペタペタと裸足で歩きまわって身支度を整えた。




怖くて逃げて、泣いて苦しんで、怒って詰って、諦めて突き放して。
けれど、どうしても好きだから傍にいたくて、声が聞きたくて。
―――だからどちらからともなく手を伸ばして。
そんなことを何度も何度も繰り返しているうちに、綱吉もリボーンも疲れ果ててしまった。

傍に居たいだけなのに。
相手を確かに好きなのに。

それだけなのに、どうしてこんなに苦しい。

壊れるたびに修復して、また壊して、それをまた繋げて、そんなことを何度も繰り返して、どうしようもなく歪になってしまった関係。
それは、互いの心に疲労だけしか残さなかった。


だから、本当に離れることにした。
今までみたいに、別離を言い渡してから会うことも会いに行くこともしなくなった。

それが正しい別れ方だと、相談役の霧の守護者に笑われた。




お互いに距離を置いてからの5年間、色々なことがあった。
綱吉は養子を迎え育児に奔走していたし、リボーンはリボーンでなにやらアメリカで一悶着あったらしい。
―――そのため、今や、ヨーロッパだけでなく世界規模で名の知れたヒットマンである。

綱吉が迎え入れた養子は、彼にとっては遠縁であるにしろ、たしかにボンゴレの血筋を引く少年であったから、周囲の反対も押し切りやすく、その後の協力体制も整えやすかった。
―――3歳の養子を引き取って、仕事の合間を縫って育てながら思ったものだ、リボーンが自分に求めていたのは、決して恋愛感情などではなかったのだと。

リボーンが求めていたのは、親から与えられる無償の愛。
安心して眠れる暖かな場所。
自分と言う存在を定義する誰か。

・・・俺はお前のお母さんじゃないよ・・・。

それに気づいたときには、綱吉もさすがに脱力せざるを得なかったが。
また、同時に自分がいかに間抜けな勘違いをしていたのか、という事実にも向き合わざるを得なかった。

リボーンは綱吉を愛していない。
もっと正確に言うなら、リボーンは、綱吉と同じ想いを抱いてはいない。
リボーンは綱吉をこの世で一番大切に想っているが、それは、決して恋愛感情ではなかったのだ。

きっとリボーンは、綱吉が危機に晒されれば身を挺してでも守ろうとするだろうし、綱吉が死ねば後を追いかねないけれど。
それが愛ゆえの行動かと問われれば、綱吉は首を振り、苦笑しながら応えるだろう。

「それはリボーンの自己防衛本能の発露」だと。

リボーンは、“綱吉”という外部刺激を恐れ、逃れ―――最終的に、もがき苦しみながら自分の世界に取り込んだ。

そうすることで、綱吉を受け入れた。

だから、もう、リボーンは綱吉が傷つくことも離れていくことも許さない。
綱吉はリボーンの一部であって、唯一の家族であって、リボーンと言う存在を定義するのに欠かせない存在だから。

一方綱吉はといえば―――あまりリボーンのことを笑えない程度には、同じようにリボーンの存在で自分を定義しているところがあった。


だから―――

特別は、特別なんだから、もう良いか。

リボーンの内心を理解した綱吉は、投げやりとも、呆れともつかぬ脱力感とともにそう思った。
別にセックスがしたいわけでも、キスがしたいわけでもないのだ。
自分がリボーンの中で特別ならもう満足だと、いちいち恋愛感情に傾きがちな自分の精神構造を叱咤した。

傍にいられるのが恋人の特権と言うわけでもない。
むしろ、リボーンの一部と認識されていることは、それ以上の存在だ。
これ以上の一体何を望む?




「リボーン」
「―――」

スーツを纏い、ネクタイを締めながら、綱吉はベッドで惰眠を貪るヒットマンの名を呼んだ。
その呼びかけに応えるように、リボーンの眉がピクリと動く。

「俺、もう行くからなーちゃんと朝ごはん食べるんだぞー」

綱吉が口にしたのは、今年で25歳になる男に向ける台詞ではない。
それが当たり前のように自分の口から出てきたことに、綱吉は肩をすくめた。

すっかり保護者役が板についてしまった。

それも悪くないかなと思うのは、散々のた打ち回ってたどり着いた、ある種の幸せな関係に自分が満足しているからだろう。

リボーンは綱吉にとって唯一一緒に死んでも良いかと思える存在で、綱吉はリボーンにとって彼を構成する一部であって。
その絆の間には、何者も立ち入ることはできない。
それが何よりも綱吉を幸福にする。


つまり結局のところ自分は。


―――リボーンと自分との間に、第三者が踏み入ることが許せなかったんだろう、と綱吉は結論付ける。

「若かったよなぁ、俺も」

恋人でも、母子でも、何でもいい。
リボーンと自分の間に誰も入ることができないのなら、何だってかまわない。

なんて幼稚な考えなんだろう。
それに気づかずに恋人ごっこをして、一回りも幼いコドモを振り回して苦しめて、結局自分と言う存在を認めさせて。

「リボーン―――俺のわがままを受け入れてくれてありがとう」

じゃ、行って来るから。
そう言って、部屋の主が部屋から出て行ったのとほぼ同時にリボーンは目を開けた。
心地よい綱吉の気配が消えれば、リボーンの眠気も醒める。
ネコ科動物のようにしなやかな動きでベッドから出て、窓から廊下を歩いていく綱吉を見送った。

「―――ダメツナ」

誰がてめーのわがままなんかにのってやるかよ。
笑ってそう言うと、リボーンは扉を開けて綱吉の後をスタスタと長い足で追いかけた。





After, after, GOOD-BYE.

たくさんのさよならと、たくさんの出会いを繰り返して、やっとたどり着いた、至上の関係。
愛なんて、情なんて、そんな陳腐な言葉で定義できないような、別れの先のトクベツな絆。

俺の前にはお前がいて、お前の前には俺がいる。

誰にも遮られない、誰にも阻まれない、だけれども決して交わらない平行線。
相手が自分を見てくれるから、だから自分と言う存在をこの世界で定義する。

それは、相互の執着だとか固執だとか貪欲な求め合いと、相互の畏怖だとか諦観だとか明確な拒絶の果ての、どうしようもなく離れがたい共依存。

だから―――

「ツナ」

リボーンは、廊下を歩くいつまでも若々しいマフィアの帝王を呼び止めて、いつか言われた言葉を紡いだ。

「俺もお前を愛してるぞ」

きっと、てめーが思うよりずっと。

「なんだそれ」

囁かれた言葉に、綱吉は困惑したような、それでいて恥ずかしそうな顔をした。
それに構わずヒットマンは言葉を続ける。

「だから、てめーは俺の傍にいればいいんだ」

お前が俺を受け入れたから、俺はお前を許容したんだぞ。
言わない言葉を眼差しにこめて、リボーンはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

決して、どちらかの妥協で今の関係があるわけではない、と。

その言葉を受け取って、綱吉は華が綻ぶように微笑んだ。

「うん、俺もお前を愛しているよ。昔も、今も、ずっと」





After, after, GOOD-BYE.

たくさんのさよならの分だけ、たくさんの愛を君に。
この世にたった一人の、君を定義するための愛を捧げよう。


fin.


Eteanal Anthologyの茉莉さまに捧げます。
えー・・・「恋」の続編です、いかがでございましょう・・・なにやらグダグダになってしまいました・・・!!(ひぃ)
こ、こんなのでよろしければ、どうぞもらってやってください(土下座)
ではでは、相互リンクありがとうございました!!


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