カミサマの最高傑作。 猫の目のように細い月が、雲ひとつない夜の闇を細くしかし切り裂くように白く輝いている。 かろうじて建物の原形を留めている瓦礫の群れに大気を震わす銃声が響き、そのたびに廃墟にいる生きた人間は減っていった。 「サイレンサーが壊れたのかな、あちらさんは」 「さぁな。わざと自分の居場所を知らせて呼び込もうとしてんじゃねーか」 「ふぅん」 月の光が届かぬ石の壁の内側で、煉瓦に背を預けて息を整えながら外の気配をうかがう青年と、建物の闇に己を完全に同化させた少年が一人。 己の感知しうる範囲に敵意のある気配が無いことを確認して、青年―――ボンゴレ10世 沢田綱吉は上等のスーツの袖で頬から流れる血をぬぐった。 「あーあ、9代目がせっかく特注で仕立ててくれたスーツだったのに」 「拉致られると知ってて参加した会議に、それを着てったてめーの自業自得だぞ」 「うーん、あんまりにもどーでもいいことだったから、すっかり忘れてたんだよねー。あー9代目になんて言って謝ろう・・・」 そう言って綱吉が残念そうに所々煤けたスーツを見下ろしたのと、それまでピクリとも動かなかった少年が、ガラスの割れた窓目掛けて発砲したのはほぼ同時だった。 やや遅れて、綱吉の耳に誰かのしゃがれたうめき声と、それなりに重量のある何かが地面に崩れ落ちる音が届く。 それを聞き届けて、苦笑しながら先ほどと同じように悠然と腕を組んで闇に沈む死神を見やった。 「はっ・・・さすが」 「くだんねーことに気をとられてんじゃねーぞダメツナ」 「いやー、まぁ、作り直してもらえばいいんだけどさー」 高そうなんだよねー。 相変わらず庶民派な発言をする主人に、世界最強のヒットマンは呆れたように肩をすくめて相棒の乗った帽子を目深にかぶりなおす。 その帽子を目にとめて、綱吉は微かに首を傾げた。 「あれ、お前、帽子新しくしたのか」 「あぁ」 「へぇ、結構物に愛着があるお前でも、愛人からのプレゼントは無碍に出来なかったのか」 「当たり前だ。女に恥をかかせられるか」 「確かに」 リボーンの愛人への気遣いは、その辺の下手なフェミニストに勝ることを知っている綱吉はその台詞に肯定的に頷いた。 3桁に上る愛人全員の誕生日やら好みやらを完全に把握するなど、20数人の愛人の好みさえ把握し切れていない綱吉には神業としか思えない。 ―――不意に、先ほどよりも近い距離に乾いた銃声が上がった。 「北西・・・200mくらいかな」 「北北西215.3mだ、それぐらい聞き分けろ」 「無茶言うな。俺の聴力は人並みなの」 「ふん」 互いに軽口を叩きあいながら淀みなく手に握る得物の状態を確認する。 残弾にはまだ余裕があった。 ―――もっとも、無駄弾なんぞ撃つつもりもなかったが。 リボーンは、手馴れた様子で得物を調整している教え子を何の気なしに見やって、その流れるような仕草に口元を吊り上げた。 「随分と扱いに慣れたみてーだな。グローブはどうした」 「んー?ああ、相手が大人数のときはこっちの方が良いんだ。肉弾戦は長距離の攻撃がしにくいし長時間できないからね」 「ベレッタM92FS Ellite IA・・・大衆的だな」 「いーんだよ、グリップ握りやすいし」 人を殺すことに震えていた島国の少年が、いつの間に自分と同じ目線で話すようになったのか。 一瞬だけ、リボーンの内心を感傷的な考えがよぎったが、すぐに自分の仕事の成果だと結論付ける思考に変わる。 なんだかんだ言っても、この世界で生きると決めたのなら、世界に順応できなければマフィアを統べることなぞ夢のまた夢で。 ―――人を殺すことで生まれる利益の上に生きるマフィアのボスが、人を殺すことに怯えるなんて傲慢にもほどがある。 だからリボーンは、そのように綱吉を育て上げた。 その結果、就任式で襲い掛かってきた反対派の刺客を正確に容赦なく撃ち殺した綱吉は、いつも通り、まったくいつも通りの笑顔で宣言した。 『俺は、俺のファミリアを害する人間を殺すことを躊躇わない。その代わり、出来うる限りの努力を持って優しく殺すことにする―――時と場合によっては、“優しく”できないかもしれないけどね』 純白と真紅を纏って微笑むその姿は艶麗であって凄惨であって、見る人間に深い陶酔とともに冷たい戦慄を与え―――全ての者を額ずかせた。 それを見たときに思ったものだ。 自分が育て上げたこの教え子は、自分にとっての最高傑作なのだろうと。 その考えは、その就任式から今までの過程を見る限り、明確なゆるぎない事実であって、世界最強のヒットマンの自尊心をこれ以上ないほどに満足させた。 人を殺す痛みを知れ。 人を殺す必要性を学べ。 人を殺す、その意味を、息絶えるその日まで忘れるな。 それこそがお前を育て、お前を支え、お前を成長させる。 「リボーン、どうした?珍しく、楽しそうだねお前」 「あぁ」 「・・・素直なんだな、随分」 「たまにはな」 窓ガラスのない窓から差し込む月光、その白い光に端整な美貌を浮かび上がらせたリボーンは、訝しむ教え子の姿を視界の隅に捕らえて微かに笑った。 そして、ゆっくりと口を開く。 「なぁ、ダメツナ。最高傑作に必要な条件は何だと思う?」 「は?最高傑作・・・???お前、こんなときに何の・・・」 パシュッと、不思議そうな顔をした綱吉の横を、リボーンの撃った銃弾が通り過ぎていった。 その先には建物に身を潜ませていた黒い影がいて。 銃弾がその影の急所に吸い込まれるのを目の端で見ながら、綱吉もその奥の人影へ向けて腕をピンと伸ばして引き金を引いた。 「あと・・・1人かな」 「いや、もういない」 その言葉とともに、リボーンは真上に銃口を向ける。 黒い銃口から放たれた銃弾は、崩れかけた煉瓦や木の柱の間を縫って、建物の上に伏せていた男の胸骨体を撃ち砕き、まっすぐ胸椎へと貫通した。 「・・・お見事」 「ったりめーだ」 「ですかねー」 最後の確認として知覚できる最大範囲で索敵をしてから、綱吉はいそいそと手にした鉄の塊を片付けて、服についた砂埃を払う。 「で、なんだって?最高傑作の条件??」 「ん?」 「・・・お前が聞いたんだろ!」 一瞬前の自分の質問を忘れるなんて、お前ってば若年性の健忘症!? そんなことを言えば、無言で鉛の塊が飛んできて、慌ててそれを撤回した。 「いやいや嘘ですセンセー!何でもないです戯言です!!」 「ふん」 「敵と対峙してる時より、お前と向き合っている時のほうが、絶対に俺の交感神経は働いてる」 「そうか、そりゃストレスフルだな」 「・・・まぁ良いけど」 避けきれずに掠った銃弾が拵えたスーツの綻びを撫でながら、綱吉はしばらく考え込んで、自分よりも背が高くなった年少の家庭教師を見上げる。 「最高傑作の条件は・・・不変であること、じゃないの?」 最高傑作と呼ばれる芸術作品は、何世紀を経ても見る人を感動させ、魅了する美しさを損なわない。 例え描かれた時よりも絵具の色彩が褪せようと、その絵が持つ吸引力は変わらない―――それゆえに最高傑作と呼ばれるに値する。 綱吉の答えに、リボーンは軽く肩をすくめて背を向けると、スタスタともと来た道を戻り始めた。 「あ、おい、リボーン?」 「より高みへ成長すること、それがカミサマの最高傑作の条件だ」 「―――は?」 カミサマって、お前、究極の無神論者が何を。 怪訝そうな、ではなく、理解できない、といった様相を呈する綱吉の反応に、リボーンは歩みを止めないまま言葉を続けた。 「俺はお前のカミサマなんだろ?」 自分のリボーンの能力への依存を見透かしたような、揶揄をふんだんに含んだ家庭教師の言葉に、綱吉の頬が屈辱のために一瞬だけ赤くなった。 それを眉間に皺を寄せることで抑えて、ボンゴレ10世は足早にリボーンを追いかける。 お前が俺のカミサマ? ふざけるな。 こんな物騒で居丈高で傲岸不遜で傍若無人なカミサマがいてたまるか。 ―――・・・ああ、まぁ、カミサマと言えばカミサマかもな。 厄病の。 「リボーン、それはつまり、俺がお前の最高傑作だと言いたいワケ?」 全く速度を落とさないリボーンに追いついて、綱吉は軽く息をつきながら問う。 その問いに、ヒットマンは漆黒の一瞥をくれるだけで答えようとはしない。 けれども、その沈黙こそが何よりも雄弁に真実を語った。 「へぇー、ふーん、そう」 俺、お前の最高傑作なんだ? 普段、全く手の内を見せないリボーンの一面を知れて、綱吉はにんまりと笑みを浮かべる。 人を読心術なんて反則技で見抜いておきながら、自分の考えを表明しないなんて人としてフェアじゃない。 常々そう思っていた綱吉にとって、今のは口角を上げるに十分な出来事だった。 「なに気色悪いツラしてやがる、殺すぞ」 「ふふーん、なに、お前自分が10年以上手塩にかけて創った最高傑作を無碍にすんの?」 「俺の美学に反する行動をとったら即行でな」 「なるほど―――俺の美学とお前の美学にそれほど多大な差が無いことを祈るよ」 「さぁな」 自分の最高傑作を、自分で壊すのも中々愉快かもしれない。 そんなことを思いながら、世界最強のヒットマンは待機していた車に乗り込んだ。 fin. キリ番 40704 を踏んでくださいました、くしの実さまに捧げます。 「ドライなリボ+ツナのようなリボツナ?」というリクエストでございましたが・・・うーんと、なにやら違う方向に・・・orz ドライにしようとしてなりきれなかったような・・・(遠い目) ここここ、このようなものでよければ、貰っていただければ嬉しいです! ではではキリリクありがとうございました!! Back |