だから、本気なんだってば。 久しぶりにボンゴレの総本部に爆音が鳴り響いたのは、屋敷の主であるボンゴレ十世がバチカンの古狸と一戦を交えて帰還した夕方だった。 その音が鳴り響くのと同時に、車から降りて玄関の大理石の階段を踏んでいた綱吉の四方を、雲雀と山本、そして他のファミリアが守るように囲む。 「・・・敷地内からだね」 「ヴァリアー連中の本部辺りじゃねぇか?」 「ってか、この爆発音は、多分―――ああ、そうだ、今日は隼人が帰ってくる日だった」 ピリピリとした幹部や部下達の空気を気にも留めずに、綱吉は夕日の方角に上がる硝煙を見上げて困ったように溜息をついた。 「1年ぶりに帰ってきた途端、よくやるよ、ほんとにさぁ・・・」 茜色の空に、灰白色の煙がのびて、吹きすぎる風に霧散していく。 一方、ボンゴレ10代目の腹心であり、自他共に認める有能な右腕に襲撃された、影のボンゴレ本部―――ヴァリアーの構成員達は、尋常でなく据わった目つきでダイナマイトを手にした男に攻撃を仕掛けるべきかで躊躇していた。 相手はボンゴレの筆頭幹部。 しかも、ドン命としても有名な嵐の守護者。 そんな、ドンに死ねと言われれば戸惑いなく死ぬであろう、忠誠心の塊のような男が、ボンゴレに牙を剥くとは思えない。 だがしかし、現にヴァリアー本部が設置されている屋敷の一部は、かの男によって破壊されたのだ。 攻撃するべきか、否か? 生憎と、今日は彼らの直属のボスであるザンザスを始め、ほとんどのヴァリアー幹部が任務のため出払っていたため、いるのはNo.2のスクアーロただ一人。 そのNo.2に指示を仰ごうにも、当の本人は未だ騒ぎの中心に姿を見せない。 「あの、サメロン毛ヤローはどこにいやがる?」 「ご、獄寺氏!いくら貴方でも、ここはボンゴレとは独立した場所です、何の権限があって敵対行為を―――」 「うるせぇ」 ギンっと髪の間から覗く灰白色の瞳に睨み据えられて、殺伐とした空気には慣れているはずのヴァリアー構成員たちは一瞬たじろいだ。 嵐の守護者 獄寺隼人はデスクワークや交渉など、ボンゴレの執務面での有能さばかりが目立つ男だが、限界を超越したに等しい強さを誇る幹部の“筆頭”を任せられている。 決して頭脳面だけを買われて幹部をやっているわけではないことを、彼の全身から放たれる尋常でない威圧感と殺気が物語っていた。 「ぅお゛ぉぉい、何の騒ぎだぁ」 百戦錬磨の構成員達の足を地面に縫い付けてしまうほどの威圧感なぞ何のその、呆れるほどにいつも通りの声がして、ヴァリアー構成員達は顔をその方向へ向ける。 そこには、現時点において、この場所で彼らが従うべき白銀の髪の男が心の底から面倒くさそうな顔で立っていた。 「あ゛ぁ?てめー嵐の・・・長期出張じゃなかったのかぁ?」 そして、騒ぎの中心に立つ男の姿を見て、訝しげに問う。 その問いに対して、獄寺は殺気を数十倍に膨らませて肩をわななかせると、手にしたダイナマイトをスクアーロ目がけて放ちながら絶叫した。 「ってめぇー!!よくも俺がいない隙に10代目をキズモノにしやがったなぁ!!!!」 「なっま、まだ手ぇ出してねぇぞぉ!!!?」 「帰って早々なんってこと言ってんの君たちはぁ!?」 獄寺の言葉が聴神経を伝って脳に届いた瞬間、スクアーロは獄寺に勝るとも劣らない音量で返事をした。 次いで、爆音にまぎれて騒ぎの現場に駆けつけたボンゴレ10世の悲鳴が上がる。 が、残念なことに、上がる硝煙に掻き消されて、至近で爆風から綱吉を守る盾となった山本と雲雀にしか届かなかった。 ―――・・・ぽかーん。 爆煙が消えた後の状況を擬音語で表現するなら、その一言に尽きた。 加えて、この場に髑髏がいたならば、平坦で無邪気な声でこう言っただろう。 『ボス、まだキズモノにされてなかったの?』と。 あぁ、俺、今ならうっかり半田ゴテで死ねる気がする。 中学の技術の時間に苦戦させられた工具を思い描きながら、綱吉はこのどうしようもなく静まり返った場から精神を離脱させつつあった。 だってきっと、今ここにいる部下達の頭には、付き合い始めて約1年で何もないってそれってどうなの的な疑問符とか飛んでるんだよ、はは。 いや、それが現実だから別にいいんだけど―――俺も思ってたし? つーか、隼人、出張に行ってたせいで俺らのこと知らなかったのかぁ・・・。 あー・・・スクアーロ、自分の発言にショック受けて石化しちゃったな、ありゃ。 複雑な思考が飛び交う頭を抱えて綱吉が見やった先には、あっさりとダイナマイトを避けた仕草のまま散瞳しかけている、哀れなヘタレザメが一匹。 彼の中脳の調節中枢は自身の発言のために、一時完全に機能停滞をしていたらしい。 彼のヘタレ因子は時として脳幹の働きさえも凌駕するようだ(絶対違う)。 「ぜってぇ許さねーからな!覚悟しやがれロン毛野郎!!!」 「う゛おぉい!!?待ちやがれぇ!!だからまだ出してねぇぞ!?」 「結局出すつもりなんじゃねぇかてめぇーーー!!!」 「余計なお世話だぁ!!」 無数に放たれたダイナマイトを切り捨てながら、スクアーロは再び無意識のうちに失言を繰り返す。 戦闘的に言えばハイレベル、会話の内容は小学生、なやり取りをやや離れたところで聞いていた雲雀と山本は、自分達の後ろで別次元に旅立とうとしている上司に構うことなく率直な感想をこぼした。 「―――わぉ、あのヘタレ、一応手は出すつもりなんだ」 「良かったなーボス、ずっと悩んでたもんなー手を出されねぇって」 ごめん、いっそ誰か殺して。 全く空気を読まない(というか読むつもりのない)幹部の呑気な応えに、綱吉は抱えた頭をそのまま打ち抜きたくなった。 怖くて伏せた頭を上げられないが、ヴァリアー構成員達の胡乱な眼差しが自分とスクアーロを行き来していることくらいは気配で分かる。 ってか、俺の告白が酒の勢いなら、スクアーロの告白は戦いの勢いなわけ? 手を出すつもりがあるどころか、スクアーロに俺と付き合ってるって認識があったなんて今知ったよチクショウ。 別次元から戻ってきた綱吉は、自分を庇うようにして立っている二人を押しのけて、中空で飛び交うダイナマイトと白刃を左右の手で受け止めてそのまま獄寺とスクアーロを殴り飛ばした。 「隼人、君、もう一回長期出張決定。アタカマで砂粒の中から俺への愛を探してきて。恭弥さんはこの損害の算出と事後処理。武は―――そこのヘタルビ・サメアーロを俺の執務室まで連れてきて。で、他のメンツは・・・この15分間の出来事を全て忘れるか、さもないと俺が消す」 目の据わったボンゴレ10世の“消す”の主語が、自分達の「記憶」ではなく自分達のかけがえのない唯一のものであることを察して、ヴァリアーの面々は直属の上司と組織の支配者のよく言えば純情、悪く言えば幼稚な恋愛事情を脳内から光の速さで消去した。 「で、ヘタルビ・サメアーロ、墓穴掘りまくってくれてありがとう。いやー俺たち付き合ってたのかぁ知らなかったよ、あの酒の席以来お前俺のこと避けまくるしさぁ」 「・・・」 「目、逸らさない」 「い゛っ・・・う゛ぉぉおい、髪を引っ張るなぁ」 執務室のソファに長身を沈めたスクアーロの正面に立って、綱吉は腕組みをして恋人(先ほど確定)を見下ろした。 居心地悪そうに目を逸らすスクアーロの髪を一房掴んで自分のほうへ向ける。 その際に聞こえたぐきっという不健全な音はそ知らぬ顔で右から左に受け流した。 「・・・俺、ずっと自分の勘違いなんじゃないかと思ってたんだからね」 「・・・悪かったぁ」 「話しかけても逃げるし、接触なんて悉く避けまくってくれたよねぇ?何、歯止めが利かなくなるとかっていうベタベタな理由だったら、その髪、毟るからね?」 「あ゛―それはねぇ」 「・・・それはそれでムカつくのは何でなんだろう」 色気?色気が足りないわけ? 雌豹のポーズでもしろってか? 即刻否定されて綱吉は若干頬を引き攣らせながら、はぁ、と溜息をついて身を屈めると広い肩に額を寄せた。 スクアーロはその綱吉からの接触に一瞬身を竦めたが、すぐに体の力を抜いて綱吉の背中に腕を回す。 「なぁスクアーロ。俺さぁ、お前のことホントに好きなんだけど、お前は何で俺を避けまくってたわけ?」 布越しでややくぐもった声を聞きながら、スクアーロはおさまりの悪い薄茶色の髪を撫でてやる。 そしてゆっくり溜息をついて、いつまでも華奢な体を抱きしめた。 「お前が酒の勢いで言うからだろーがぁ」 「は?」 ぎゅうっと抱きしめられて、やや綱吉は苦しそうに眉を顰めながらスクアーロの肩から顔をずらす。 「だから―――お前が本気かイマイチ掴めなかったんだぁ」 「―――あーなるほどぉって・・・お前はどこの思春期純情まっしぐらなわけ!?もう三十路過ぎてんだろ!?」 びっくりだよ!俺びっくりしちゃったよ!? 綱吉は思わずスクアーロから身を起こして、琥珀色の大きな瞳をさらに大きくさせてそう言えば、スクアーロは露骨に顔を顰めた。 そんなこと言われなくても分かっている、とでも言いたげな表情である。 「お前が―――」 そこまで言って、スクアーロはふいっと至近にある綱吉の顔から目を背けた。 「俺が?」 だがそれを逃がしてやる綱吉ではない。 「俺が、何?スクアーロ」 スクアーロの頬を両手で挟んで、鼻先が触れ合うほどに顔を近づけて瞳を覗き込む。 そしてヴァリアーの暗殺者はヨロヨロと瞳を彷徨わせたあと、観念したようにいったん瞼を下ろして、それからゆっくり琥珀色の瞳を見つめ返した。 ―――そんな風にまっすぐスクアーロが綱吉を見たのは、本当に久しぶりのことで、綱吉は不覚にも一瞬照れてしまう。 「お前は、基本的に全員好きだろぉ?」 「―――へ?」 「あ゛ぁ、だから、お前はファミリア全員を―――」 「ああ、うん、愛してるよ?」 けろり、と言い放った綱吉にスクアーロはかくっと体勢を崩した。 「お前がそんなんだから、本気にしにくかったんだぞぉ?」 「えぇ?なんで―――って、まぁ、そりゃそうか・・・うん、確かに・・・」 綱吉はファミリア全員を愛していると言って憚らないファミリーの支配者である。 彼にしてみれば、全員が自分の家族なのだから、愛していると言って何が悪いと言ったところなのだ。 しかも、ボンゴレ10世は基本的にスキンシップが好きなきらいがある。 それを知っているだけに、スクアーロは綱吉の酒の席での告白を話半分に聞いていたし、綱吉からの接触も出来るだけ退けていた。 「俺だけ本気になっても空しいだろうがぁ」 「・・・そっかぁ・・・じゃあ、一応俺のことを本気で考えてくれていたんだ?」 「―――ふん」 甘えるようにスクアーロの首に腕を回して、綱吉は少しだけ赤くなった耳元に囁くように問いかける。 すると、ぐりぐりと痛くない程度の力で頭を撫でられた。 綱吉はくすくすとその感触に幸せそうに笑い、ちゅっとスクアーロの頬に口付ける。 「あれだけ周りに恋人同士だって認識されてたのに―――スクアーロって鈍いって言うか頑固って言うか・・・ただのアホって言うか・・・」 「うお゛ぉい、アホってなんだぁ?」 「だってさぁ―――俺が、隼人とか武とか恭弥さんとかに、抱きつきはしてもキスまではしてないっていうのに、ねぇ?」 お前ってば、俺からのキスを普通にスルーしたよねー。 いつかの夜をチクチクと上げ連ねていく腕の中の恋人を、スクアーロは古典的だが口付けることで黙らせた。 「―――ん・・・ふ、あはは、スクアーロってば意外と上手いねぇ」 「誰と比べてるんだぁ?」 「さぁ?―――スクアーロこそ、誰のおかげで上手くなったのさ?」 ゆっくりとソファーにもたれかかるスクアーロに圧し掛かりながら、口元を挑発的とも蠱惑的とも見える形に歪める。 そんな支配者の姿に、白銀の暗殺者も愉快そうに獰猛な笑みを浮かべると柔らかに跳ねる髪に手を差し込み、ゆっくりと自分へ引き寄せた。 Fin. 46666Hitを踏んでくださいました花波さまからのキリリク、「スクツナで、獄寺とスクアーロのツナ争奪戦 ギャグ風味」でした。 ・・・えぇ、すみません・・・!!!どの辺りがキリリクを反映しているのか、嘉月本人でさえ明言できません・・・orz リポDで変な方向に吹っ飛んだ頭では、どうにかスクアーロとツナを仲良くさせることしかできませんでした・・・(遠い目) 返品いつでも受け付けます、粗品ではございますが、お受け取り頂ければ幸いです・・・!!! |