血濡れの玉座 甘い血の臭いがする。 濃霧のように立ちこめる血臭。 まるで骸のごとく空虚になった廃墟の中で、不釣り合いなほどに喧噪に満ちた遊戯が繰り広げられていた。 銃声が鳴り響き、爆音が建物を揺らし、白刃が煌めき、次々と命の灯火が消えていく。 怒号が響き渡り、血の飛沫が飛び散る、其処は、まさに地獄絵図。 私は私 あなたはあなた 私がこの世に生きているのは あなたの期待に応えるためではない あなたがこの世に生きているのは 私の期待に応えるためではない あなたはあなたのことをする。 私は私のことをする。 もしも、お互い理解しあうことができたら、それはすばらしいこと。 もし理解し合えなくても、それはしかたのないこと。 ゲシュタルト祈祷文より カツ カツ カツ・・・ やがて静寂を取り戻した廃墟に、優雅な足音が響いた。 動く者の居ない廊下を通り過ぎ、足音の主はやがて開けた空間へと辿り着く。 そこには、部下を亡くした男が悲壮な顔つきで立ち尽くしていた。 その様子を見て、優雅な足取りを止めた青年がゆっくりと微笑む。 「Buongiorno don Ares(こんにちは アレス卿)」 「Vongole・・・!」 いつの間にか、青年の背後に3人の人影が立っていた。 その影が何であるかを悟りながらも、向き合う青年を指さして、ボンゴレの幹部であった男は恐怖を堪えるかのように叫ぶ。 「お、お前は何をしているのかわかっているのか・・・!!」 「ええ、もちろん」 平然と応える青年の後ろに、まるで闇のように影になっている3人の人影が控えていた。 「私はボンゴレの幹部だぞ!」 「そうですか」 「こんな、こんなことをして許されると思うのか!若造が!!・・・おぐっ」 男の言葉が終わる前に、その口にダイナマイトが突っ込まれた。 その拍子に後ろへ倒れ込む。 ボンゴレの後ろに控えていた、彼の右腕と呼ばれる男が動いたのである。 「隼人、止めて。俺が話しているんだ」 右腕の行動を穏やかに諫めつつ、青年は地べたに座り込んだ男を見下ろした。 「すみませんね、アレス卿」 「ジャポネーゼが・・・!」 「言葉には気をつけた方が良いですよ、俺の部下は、俺の制止が間に合わないような行動を起こすことが多いので」 青年の言葉が終わらないうちに、男のすぐ横を白刃の刃が通り過ぎていった。 つーっとこめかみから流れてくる生暖かいモノを感じながら、男はごくりと固唾を呑んだ。 「武」 「わりぃわりぃ」 「まったく。・・・大丈夫ですか、アレス卿」 「・・・狂っとる」 「そうですか?」 「貴様は狂っとるよ!貴様が来てからイタリアの街に銃声が響かない日はない!」 青年がボンゴレの玉座に座ったのは、昨年のこと。 それ以来、粛清の嵐が静かに、だが着実にマフィア社会を席捲していた。 青年の意に反すれば、明日の朝日は拝めない。 そう言われるほどに。 「狂っとる!」 もう一度吐き捨てられた言葉を受けても、青年は微動だにしなかった。 「ねえ隼人、俺は狂っているのかな」 「いいえ十代目。そんなことはあり得ません」 「武はどう思う?」 「さあ、俺はツナについていくだけだからな」 「恭弥さんは?」 「それを僕に聞くのかい?」 「そうだね」 愉快そうに背後の部下達と言葉を交わす青年を見て、男は悲鳴のように叫んだ。 「狂っとる!貴様らは狂っとる!!!」 「ふふふ、ここでは、俺が正常なんです。アレス卿」 「一体何人の人間が死んだ!?貴様、ボンゴレを潰す気か!?」 「何を言っているんだ?・・・俺が、ボンゴレだ」 底冷えのするような残酷な光を瞳に宿し、青年は静かにそう言い放った。 「なっなん・・・」 「俺が、ボンゴレなのですよ。アレス卿。そのボンゴレに逆らうことは、許さない」 その言葉通り、日本人のボスを拒否したボンゴレファミリーの幹部達は、次々と潰されていった。 最後に残ったアレス一派も、今、潰えようとしている。 そんな冷え切った広間に、静かに死を背負う闇が舞い降りた。 「後かたづけは、済んだぞ」 「お疲れ様、リボーン」 「リボーン、リボーンだと!?」 「気安く呼ぶな、雑魚が」 「がっ」 静かに部屋へと滑り込んできた影が、手にしていた何かをアレスへと放り投げた。 それに顔面を打たれ、アレスは床へと沈み込む。 放り投げられた拳銃は、するすると床を滑っていった。 「そ、それは・・・!」 「その辺の死体が握ってたヤツだぞ。てめえごときに俺の弾は高価すぎる」 「ステファンのモノだっ!」 「格下の名前なんぞ知るかよ」 面倒くさそうに呟いた死神を睨み付け、アレスは口を開いた。 「貴様はボンゴレの為だけに生まれた死神だろう!貴様はボンゴレの為にだけ生きている筈ではないか!!!なぜボンゴレを滅ぼそうとする!?」 「俺はボンゴレのために生まれたし、今までもこれからもボンゴレのためだけに生きていくぞ。そんなことはてめぇごときに言われずともわかっている」 「ならばなぜ!?なぜこの若造に加担する!!?」 「ツナがボンゴレだからだ。俺はツナのために生きて死ぬ。それがどうした」 さも当然といった様子の死神に、アレスは完全に覇気を奪われたようだった。 がっくりと肩を落とし、床に視線を落としたその姿に、 1000人以上の部下を統括していた、幹部としての威厳は欠片も見受けられない。 「哀れですね、アレス卿。あなたは判断を誤った。致命的な判断ミスでした」 「・・・っ」 「息子さんと奥さんは、一足先であなたを待っていますよ」 「なっ!き、貴様っ妻と子にまで手を出したのか!?」 「いえ、あなたを売るから自分たちは助けろと言ってきたのです。 ですが、残念ながら土壇場で虚偽の情報を流してきたので、粛正の対象にしたまでです」 「な、な・・・」 「この根城を教えてくれたのは、あなたの奥さんですから。 ただ、あなた方の密談場所はあっていたのですが、日時が完全に虚偽だったので。ここの襲撃に手間取りましたよ」 「貴様ぁ!!!」 怒声を上げなら仕込みナイフを振り上げたアレスは、次の瞬間には致命傷を受けて再び床にくずおれた。 腹部で小型のダイナマイトが弾け、首と胴体を日本刀が分断し、心臓は鉛の弾に貫かれて。 雲雀によって背後に庇われた綱吉は、何の感情も浮かんでいない瞳を、冷ややかに無残な死体へ向けている。 「理解し合えなくて残念ですよ、アレス卿。あなたの部下には優秀な人物が多かった」 「怪我はない?綱吉」 「大丈夫、ありがとう恭弥さん」 いつの間にか、外の空が白み始めていた。 それを見上げている間に、広間にいる人影は、綱吉とリボーンだけになっている。 「ツナ、行くぞ。獄寺の仕掛けたダイナマイトが、あと15分で爆発する」 「うん、わかってるよ」 その言葉とは裏腹に、綱吉の足は一向に動かない。 「ツナ」 焦れたようなリボーンの声も聞こえないかのように、綱吉の瞳は白んだ空を見つめている。 「ねえ、リボーン。あと、どのくらい?どのくらいの人間を処分すればいいの」 「・・・お前の前に立ちはだかる人間全て、だ」 「立ちはだかる人間・・・か」 「ああ」 「俺の玉座は血に濡れている。それでも・・・」 「それでもお前は、ボンゴレだ。玉座が血に濡れようが涙に沈もうが、お前がボンゴレであることに変わりはない」 「・・・」 「ボンゴレであるために、お前は玉座を血に染める。それは、間違ったことじゃねぇ。お前がそうしなきゃ、それ以上の血が流れる」 「・・・ボンゴレで、あるために」 「安心しろ、お前がどうなろうと、俺はお前の後ろに立っててやる。あいつらだって、お前のためになら死ねるだろうさ」 「・・・俺の道は、ゴルゴダの丘に繋がっているのかもな」 綱吉の自嘲の笑みは、薄暮に紛れて消えた。 「その後ろには、俺がいるぞ。安心して歩いていけばいい」 「・・・」 「俺はお前の影だからな」 「そうだね、もう、後に引くわけにはいかないしね」 「ああ。しっかりしろよ、ドン・ボンゴレ。玉座が血に濡れていようと、お前がそこに沈まなければ良いだけの話だぞ」 そう言って不敵に笑う死神を見て、綱吉の表情もだんだんと引き締まっていく。 「行こうか、リボーン。俺たちのファミリーを作りに」 「おう」 ボンゴレ十代目ボスに沢田綱吉就任。 翌年、沢田綱吉の統治に反抗したボンゴレ幹部、シドレー派、ボルゾン派、コルト派、アレス派壊滅。 同盟ファミリー内でも粛正が行われ、ボンゴレファミリーを頂点に据えた体勢が築かれた。 粛正の輪は広がり、綱吉がボンゴレの十代目を襲名してから5年後。 ボンゴレは、イタリアだけでなくヨーロッパ・北米の全域を統治するファミリーとなった。 その結果、マフィアが統括する地域の治安水準は上がり、ボンゴレの名声は留まることを知らず高まり続けた。 しかし、その平安の裏に流された血の量を知る人々は、ドン・ボンゴレの玉座をこう称する。 「血濡れの玉座」と。 命が惜しければ、ボンゴレに逆らうな 明日の朝日が見たければ、ボンゴレに楯突くな 常に言動に注意しろ お前の心臓は、いつも死神の銃口に狙われている 逆らわなければ 相応の利潤と地位と平安が約束される 帝王・ボンゴレに膝を折ることを戸惑うな 彼は眠れる獅子 その穏やかな寛容さは いつ牙を剥くかわからない 冷酷な猛獣の檻 彼の寵愛に溺れるな 彼の人の領域に踏み込めるのは 黒衣の死神 ただ一人 fin. 雲雀さん達が瞬間移動しているような気が。 このツナは、ノンケ(笑)な予感。。。 Back |