君のために出来ること


君のためにできること

それは、昔から限られてたんだ。

いつだって、君は僕の手出しがしにくい状況にいて(まあもちろん、そんなものいつだって気にせず噛み殺してきたたけど)。

だから、

だからね。

取り敢えず、何があっても、君の側にだけは居るようにしたんだ。

君が望むなら、ずっと。

君が望む限り、ずっと。

それは、「今」だって変わらない。

だから―――60億の人間が居る、この広大な世界で、君に会えた。




「あ」

勢いよく目当ての本を引き出すと、ばさばさと同じ棚に並んでいた本達まで勢いよく床へダイブしていった。
静かな図書室に、その音は思いがけないくらい響いたけれど、西日が差し込む時間まで図書室に居る人間など殆どいない。
そのおかげで好奇の対象になることはなかったが、その代わり、散らばった本の片づけを手伝ってくれる人間もいない。

綱吉は軽く溜め息をついて、本を拾うためにかがんだ。
けれど、すぐに、頭上からかけられた声に頭を上げる。

「何してるの?」
「えぇっと、その、本を拾ってるんです」
「そう、相変わらず鈍くさいんだね、君」

自分から尋ねてきたくせに、全く興味の無さそうな雲雀は、軽く欠伸をしながら綱吉が本を拾うのを見ている。

昔なら、雲雀が側にいるだけで戦々恐々としたものだが、世間一般で言う「お付き合い」なるものを始めてからは、無闇やたらに殴られることもなくなったので特に気にならない。
―――もちろん、気に障ることをしたら問答無用でボコボコにされるけれど。
乾いた紙の触れあう音がしばらくした後、ごそごそと、本を棚に並べる音がして、やがて静かになった。

「で、雲雀さんは一体何を・・・」
「別に。ここは静かだから」
「え、でも・・・」

並盛高校に進学しても、相変わらず風紀委員という名の番長をしている雲雀は、相変わらず高校の応接室を乗っ取って委員会室として使っている。
あそこは、雲雀が恐ろしくて誰も近づかないので、いつもしんと静まりかえっているのだが。

「今はどこも大会前で五月蠅いんだよ」
「ああ」

言われてみれば、校庭から微かに運動部のかけ声が聞こえてきた。

図書室は校庭からは遠い校舎にあるが、応接室は確か、校庭の正面の校舎にある。

今の時期は、引退を控えた3年生を中心にどこの運動部も熱心に活動しているから、騒がしいのは仕方がない。
さすがに雲雀も、部活動にまで文句を言うつもりはないらしく(中学時代と違って、すこしは許容範囲が広がったらしい)、司書室で眠っていたのだろう。

「チャート式・・・?綱吉、突然数学に目覚めたの?」

ボンヤリとそんなことを考えていた綱吉の思考を、雲雀の少し意外そうな声が中断させた。
確かに、綱吉の手元には黄色のチャート式が収まっている。

「いや、そうじゃなくて・・・明日当てられる問題が分からなかったから・・・」
「ふぅん?それなら、僕に聞けばいいじゃない」
「・・・雲雀さん、忙しいかなと思って・・・」
「別に、君と一緒にいられないほど忙しいわけじゃないけど?」
「・・・それに・・・」
「なに?聞こえないんだけど。それとも、僕に教えられるのは不服なわけ?」

段々と雲雀がにじり寄ってくるので、ついに綱吉は本棚に押さえつけられる格好となった。
見上げれば、漆黒の瞳には微かに苛立ちが見えて。

まずい。
このままだと非常にまずい。

「ち、違うんです!その・・・えぇっと・・・雲雀さんと居る時は、勉強とか、そういうのじゃなくて・・・」

―――い、いちゃいちゃしたいんです、とはさすがに言えないーーー!!!

「た、ただ、い、い、一緒にいたいなぁって、思ったから」

顔から湯気が出そうなくらい赤面しながら、たどたどしくそう言った綱吉を前に、雲雀は珍しく満足そうな笑みを浮かべた。
そして、身を屈めて、内緒話をするように綱吉の耳元に囁く。

「そう、綱吉はいちゃいちゃするの好きだからね」
「い、いちゃいちゃって―――もう、からかわないでくださいよ!!」

図星を指されて、綱吉は更に顔をこれ以上ないほどに赤く染めると、僅かに潤んだ瞳で雲雀を睨め付けた。

けれど、そんな涙目で睨まれたところでどれほどの効果があるわけでもない。
当然、雲雀は綱吉を見て軽く笑うだけで。
そのまま軽く口づけて、綱吉の手を取って歩き始めた。




“一緒にいたい”

昔から、雲雀を幸せにするのは、綱吉のその一言。

その言葉さえ、綱吉がそう思ってさえくれるのなら、どんな苦境にあろうとも彼の側に行く。
例え、死に別たれようと、何度だって。

君が望むのなら。




応接室の上質な革のソファに、雲雀に後ろから抱き締められるように腰を下ろした綱吉は、先ほどから自分の肩口に頭を伏せている恋人に声をかけた。

「雲雀さん?」
「・・・―――ねぇ、綱吉、さっきのもう一回言って?」
「え?」

顔を伏せているため少しくぐもった声に、綱吉はきょとんと首を傾げて、雲雀の言う“さっきの”を思い返す。

「“一緒にいたい”ですか?」
「うん」
「一緒にいたいです、雲雀さんと、ずっと」

恥ずかしかったけれど、少しだけ雲雀の様子がおかしいから、ありったけの思いを込めてそう告げる。
ぎゅっと、抱き締める腕が強まった。

「本当に?」
「当たり前じゃないですか。―――雲雀さんは、違うんですか・・・?」

少し不安になってそう問えば、一緒にいたいに決まってるでしょ、と即答されて安心する。

けれど、雲雀はまだ何かが気になるらしい。
再びくぐもった声で問われた。

「僕で良いの?」
「雲雀さん、が、良いんです。雲雀さんだから、一緒にいたいんです」

今日はどうしたんだろう。
そんな風に思いながら、綱吉は、自分に回された腕に手を添えて、いつもなら恥ずかしくて言えないようなことを、言い聞かせるようにして口にする。

しばらく無言が続いたが、やがて腕の力が緩められ、雲雀が顔を上げた。
そして、綱吉の顔を後ろに向かせて、漆黒の瞳で琥珀色の瞳を射抜く。

「そう。―――僕も、綱吉が良い。一緒にいるのは、綱吉だけで、良い」
「雲雀さん・・・」
「だから―――」

それから先を、雲雀が口にすることはなかった。
すぐに何事もなかったかのように紅茶を淹れ始め、いつも通りの雰囲気が応接室に戻る。

どうしたんだろう、本当に。

そうは思ったが、雲雀がそれ以上を話す気配が見られなかったので、綱吉は諦めて紅茶を啜った。




ずっと一緒にいると、急に不安になるんだ。

君が、側に、と望むのは、本当に僕なのだろうかと。

だから、言って。

だから、望んで。

君の声で

君の言葉で

君の魂で。

“一緒にいたい”と。

そうすれば

側にいることが

僕の

君のために出来ること。


fin.


雲雀さんが軽くチシャネコ化(By歪アリ
ムックで前世ものをやると、時をかけるストーカーにしか見えないのに、
雲雀しゃんでやると、あんまりそう見えないのは気のせいですかw


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