らしくないね。


柔らかい日差しの差し込む部屋で、雲雀はファミリーの支出や各シンジゲートの純利益の報告書を読みながら、傍らのスタンドに置かれた湯気を立てる紅茶に手を伸ばした。
その動きに、雲雀の膝に頭を預けていた綱吉が、小さく声をたてて瞼を開ける。

「・・・ん」
「起きたの」
「・・・あ、あはは、恭弥さん、今、変な夢見ましたよ」
「ふうん」

書類に向けた視線を動かさないまま、雲雀は、自分の膝に寝転がり、起きて早々愉快そうに笑っている上司に気のない返事を返した。



今日は、年に何回あるか分からないほど貴重な、ドン・ボンゴレの完全休日だった。
だからといって、ボンゴレファミリーの業務が停止するわけもなく、当たり前だが、ドン・ボンゴレの秘書を務める雲雀を筆頭に主要幹部達は仕事にいそしんでいる。
また、いつも綱吉に影のように寄り添っているヒットマンも、別件でイタリアを離れていた。
それゆえ、誰にも構って貰えなかった綱吉は、しばらく街をぶらついた後、結局ひょっこりと雲雀の部屋に顔を出した。
だが、冷徹で有能な秘書は、そんな上司を完全に無視して自分の仕事を黙々とこなすばかりで。
何とか構って貰おうとうろちょろすれば、殺気だった視線で動きを制される。

そんなわけで、綱吉はしょんぼりと肩を落として、しまいにはソファの背に頭を預けて眠ってしまったのだ。
目覚めれば、いつの間にかソファに座っていた雲雀の膝枕だったけれど。



「それで?どんな夢だったの?」

未だにクスクスと笑っている綱吉が気になったのか、やっと手にしていた書類を下ろして、雲雀は自分の膝の上を見た。

「あはは、なんか、すっごくらしくない恭弥さんがでてきたんです」
「らしくない?」

ボンゴレファミリーに入って、今こうしている雲雀さんも、十分らしくないとは思うんですけど。
心の中に浮かんだ言葉はそこに留めて、綱吉は自分を見下ろしてくる黒曜石の瞳に視線を定める。

「恭弥さんが自殺しようとするんです。・・・俺が死んだから」
「・・・へぇ」
「有り得ないですよね、隼人じゃあるまいし」

確かに、綱吉を絶対視している獄寺ならば綱吉の後を追いかねない。
けれど誇り高い、自尊心の結晶のような雲雀がそんなことをするなんて、綱吉には想像もつかなかった。

「恭弥さんは、自分が死ぬくらいなら、周りの人を皆殺しに殺しそうですもん」
―――僕が死ぬくらいならお前らが死ねーって感じで。

「・・・綱吉、君の僕への認識がどんなものかは十分理解出来たよ」
「いたたたっ恭弥さん、痛いですって!!!」

にこにこと笑う綱吉の眉間を、握り拳の中指でぐりぐりと押しながら、恭弥は溜め息をつく。

「まあ、その認識自体は間違っていないと思うけどね。・・・そもそもの前提が間違っているよ」
「前提?」

眉間から手を離して、色素の薄いふわふわとした髪を撫で始めた雲雀を、キョトンとした瞳で綱吉は見上げた。

数千人のファミリーを従え、冷酷非道なマフィアの帝王として世界に君臨するドン・ボンゴレが、こんなに無邪気な瞳をしていることを、一体どれだけの人間が知っているだろう。

その琥珀色の宝玉がはめ込まれた目元を撫でてやりながら、雲雀は静かに笑った。

「恭弥さん?」
「いや、僕は、君の後追いなんて絶対にしないだろうなと思って」
「そうですよね」
「だって、僕は、君の後には絶対に死なない。僕が死ぬのは、君よりも先だろうね」

さらりと言われた言葉に、綱吉の瞳がゆっくりと開かれ、そして微かに苦笑しながらその手を指触りの良い黒髪に指を通した。

「・・・恭弥さん」
「もちろん、僕が死ぬなんて万が一にも無いだろうけど」

その手を、まるで嫌がる子どもが母に縋るようなその手を、確かに握りしめてやりながら、雲雀はふわりと、滅多に見せない優しげな微笑みをその口元に浮かべた。

「やっぱり、君はボスに向かないね」
「らしくないこと、やってますからね」
「・・・お互いに、ね」
「そう、ですね」

綱吉は、部下が死ぬたびに、まるで自身の子どもを亡くしてしまった親のように悲しんでいる。
もちろん、そんな素振りを見せることなど無いけれど、死んだのが名も知らぬ構成員であれ気心の知れた幹部であれ、彼の悲しみの大きさに差など存在しなかった。


誰かが死んだ日の綱吉は、いつも以上に明るい。
そして、琥珀色の瞳は、いつも以上に透明で。


数千を超える人間の上に君臨するボスが、ファミリーを構成する駒の欠損ごときでその感情を揺らすことに、彼の元家庭教師などはいい顔をしない。

けれど、それすらもしなくなった時、綱吉は本当の意味で綱吉でなくなってしまうだろう。

「君に、そのままでいてくれなんて下らないことは言わない。でも、自分が、らしくないことをしているという自覚だけは、忘れない方が良いと思うね」
―――例え、それが苦しくても。
「・・・ええ」

目を伏せて頷いた綱吉の額に軽く唇を落として、雲雀は数回上司の頭を撫でた。

「さあ、そろそろ起きてくれる?いい加減仕事しないといけないんだけど」
「あ、そうですね。うわぁ、もう、空が赤くなりはじめてるや」

促されるままに立ち上がった綱吉は、窓から見える空を見て呟いた。
山の稜線に近づいていく太陽が、熟したリンゴのようにとろける紅色を纏って、空色のカンバスにグラデーションを作り出している。
暖色の光が差し込み始めた部屋を後にする時、扉を開けた綱吉は、くるりと、すでに執務机に座って書類に向き合っていた秘書に振り返った。

それに気付いて、雲雀は眼鏡のガラス越しにそちらに視線を送る。

「恭弥さん、俺、やっぱり、恭弥さんが大好きですよ」
―――恭弥さんらしくても、らしくなくても。

「そう。それは嬉しいけどね、綱吉」
―――そういう台詞は、護衛の立ってる廊下の扉を開ける前に言って欲しかったんだけど。

明日には屋敷内を駆けめぐっているであろうボスの発言と、それに対する周囲の反応を想像して、雲雀は珍しく溜め息をついた。


fin.


元ネタは実話(笑)
雲雀(嘉月)の方向で。
お前(友人)、人を何だと思って・・・的なイライラをメガネ雲雀に昇華してみました(ぇ。


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