炎の中に立つ愛しい主は、すでに“彼”ではなかった。

“彼”の皮を被った男は、その男にしては華奢な身体を恍惚とした表情で眺め、自らの身体を愛しそうにかき抱く。
そして、万感の想いを込めて快哉を叫んだ。

『嗚呼、やっと手に入れた―――!』

それはまさしく、男の勝利宣言。

『―――!!』

それを為す術もなく炎の外で聞きながら、声にならない絶叫を上げた



You Never Know.



「綱吉、なに作ってるの?」
「あ、恭弥ー。図工の宿題ー」

双子の兄の問いに、俺は自分の部屋のフローリングの床に腹這いになって、紙粘土と格闘しながら顔を上げないでそう言った。
恭弥は、部屋の入り口からこっちを見ている。

「ふぅん、今年はちゃんと計画的にやってるんだ?」
「だって、去年の夏休みの宿題、ほとんど恭弥にやって貰っちゃったから・・・」
「良い心がけなんじゃない?」

そう言って、恭弥はスタスタと俺の横までやって来て、ストンと座った。
手には、「脳死 −田中隆」と書かれた分厚くて、小さな文字がびっしり書いてある本が握られている。

「恭弥、そんな難しそうな本読むの?」
「図工面倒だし、読書感想文にしようかと思って」
「そっかー」
「綱吉、紙粘土を床につけないようにね」

そう言うと、恭弥は本を開いて読み始めた。



恭弥は、俺の双子の兄で、近所でも有名な秀才。
オマケに母さんに似て、真っ白い肌と、綺麗な真っ黒い髪に、長い睫毛でくるりと囲まれた綺麗な瞳をしている。
うーん、性格は結構乱暴なんだけど、すっごく綺麗な顔立ちをしてるから、中学校の女子からはめちゃくちゃモテてる(たまに、近くの高校の女子まで、中学校にやってくるし)。
本人は、もの凄く迷惑そうだけど。

それに対して俺はと言うと、ダメの星の元に生まれついたかのようなダメダメ中学生で。
まあ、何て言うか、お腹の良い養分は全部恭弥に持っていかれました、って感じ(これを言うと、恭弥がもの凄く怒るから言わないけど)。
別にだからどうだって言うこともない。

恭弥は昔から俺のヒーローで、憧れで、大好きなお兄ちゃんだから。
苛められてたら飛んできてくれるし、分からないところは授業より分かり易く教えてくれるし、誰よりも俺を大切にしてくれる。
そんな恭弥を、嫌うなんて有り得ない。

恭弥も恭弥で、俺以外目に入ってないんじゃないかってくらい、俺のことを大切に思ってくれて。
殆どのことに無関心な恭弥が俺に向ける独占欲って、実は結構気持ちよかったりする。
だって、みんなの憧れの「恭弥君」の一番だし。
俺の中の一番も恭弥なわけだし。

「ねー恭弥ー」
「なに?」

本を読んでる時に話しかけられるの、恭弥は凄く嫌がる。
でも、俺は別らしい。
俺が話しかけると、読むのを止めないけれど、返事を返してくれるから。

「高校どうするの?」
「気が早いね、まだ二年生なのに」
「んーでも、結構最近、みんな言ってるよ」
「そう」

恭弥は学校一の秀才だから、きっと有名進学校の特待生にだってなれる。
俺はと言えば、恭弥のおかげで中の下くらいに何とかしがみついてるって感じだから、このまま行くと近くの県立高校になんとか滑り込める程度だ。

「高校は別になるんだろうなー」
「そうなの?」
「え、だって、恭弥はすっごいレベル高いところ受けるんじゃないの?」
「僕は綱吉の行くところに行くつもりだから」
「え。だって、俺、このままだと並盛高校がギリギリセーフなんだよ?」
「そう、なら勉強手伝ってあげる」
「だ、ダメだよ恭弥!恭弥は行きたいところに行かなきゃ!そりゃ、俺だって一緒に行きたいけど・・・」
「うん。だから」
「―――だから?」
「綱吉が行くところが、僕の行きたいところ。だから、構わない」
「勿体ないじゃん!恭弥頭良いのに!!」
「綱吉は僕と一緒にいたくないの?」
「いたいに決まってるよ!」
「ならいいじゃない」
「わーそう言う問題じゃなくて!!」
「別にあと1年半あるんだから、そんなに気にする必要もないでしょ。ほら、紙粘土が乾き始めてるよ」
「あ、あわわ、ホントだ!俺ちょっと水汲んでくる!!」
「うん」




パタパタと足音を立てて部屋を出て行った弟を見送って、恭弥は溜め息を吐いた。

彼はきっと理解出来ないだろう。
恭弥が、いつも心配していることを。
いったい、いつ何時、アイツが彼と接触するか、心配でならないことを。

この世では、絶対に離れないと誓った。
もう二度と、あんな失態は犯さないと誓った。

二度と離さない。
あの子は僕のモノだ。

何が何でも、僕のモノにする。
縛り付けて、雁字搦めにして、二度と僕以外の人間を見ないように。

そのためになら、どんなことでもする。


可哀想にね、綱吉。

こんな僕に好かれたばっかりに。

でも、手放す気なんてさらさら無いんだ。

二度と、アイツには渡さない。

そう、例え、それが『昔』の君の本当の望みだったとしても。

僕はきっと、君が全てを忘れているのを良いことに、君を僕のモノにするよ。



君は知らない、こんなに汚い僕のことを。



Fin.


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