本当に大切なことは何万年来不変です
そしてどうでもいいことは
もう言い尽くされていると思うんだけど―――谷川俊太郎「メランコリーの川下り」より



Fiaba−Festa di San Giuseppe−




空は雲一つ無く晴れ渡って、森を吹き抜ける風は春の気配を運んできます。

お父さんは次男のコロネロに連れられて、朝から森に散歩に出ていました。

3人息子の中で、コロネロは一番家でじっとしていられない子です。

リボーンはお父さんが仕事をしている間、横でサボっていないかを監視していますし、スカルは家事の殆どを任されているので一日中家にいます。
ですが、コロネロは朝ご飯が終わると外に遊びに行って、殆どの場合夕ご飯まで帰ってきません。
初めのうちは、お父さんもなかなか帰ってこない次男を心配していたのですが、最近は慣れてきてそれほど気に留めなくなりました。

また、コロネロは一人が好きです。
というよりも、好きなことは一人でしたいタイプなのです。

ですから、朝ご飯が終わった後、お父さんを散歩に誘ったのは珍しいことでした。




「コロネロ、今日は良い天気だねぇ」
「ああ、そうだなコラ」
「今度、4人でピクニックでも行こうか〜」
「気が向いたらな」

お父さんは、最近締め切りに追われていたので、こうしてゆっくりした気分で外に出るのは本当に久々でした。
楽しそうにキョロキョロとあちらこちらを見ながら、時折木の名前や鳥の名前を呟いています。
けれど、名前の分からない鳥が目の前を飛んで、近くの木の枝に止まったのを見て、横を歩いていたコロネロに尋ねました。

「コロネロ、あれはなんて鳥?」
「青鵐(アオジ)だぞコラ。頭が緑灰色だから雄だな」
「へぇ、アオジか」

コロネロは、森や動物ととても仲良しです。
ですから、お父さんは森の中で分からないことがあったら、コロネロに聞くことにしています。

そんな風に他愛もない話をしながら二人はしばらく歩いていました。
不意に、コロネロが何かを思いついた様子でお父さんの手を掴むと、スタスタと森の奥へと向かいました。
お父さんは不意をつかれてビックリしましたが、こういう時のコロネロは何かをお父さんに見せてくれるので、そのままついていきます。

どれくらい森の中を歩いたでしょう。

「わぁ・・・!」

緩やかな傾斜をのぼりきったところで、お父さんは思わず感嘆の声を上げました。

森にぽっかりと、草原の穴が開いています。
そして、その中央に、本当に蒼く澄み切った湖が静かに湖面を風に揺らしていました。
泳いでいる魚や、白い水底にはさえ見えるほど、湖の水は蒼く透き通っています

「コロネロ、コロネロ!!凄い、湖が蒼い!!どうして?」
「川から石灰石が流れ込んできてるからだコラ」
「へぇ・・・そういえば、この山って石灰岩質の山だもんね・・・凄く綺麗だ・・・。こんな凄いところを教えてくれて、ありがとうコロネロ!!」

にこにこと、満面の笑みでお父さんからそう言われて、コロネロも満足そうに笑いました。
そうしてしばらく、水辺に座って取り留めもない話をしました。




夕陽が地平線の彼方へ溶けようとしている時刻になって、お父さんとコロネロはお家に戻りました。
すると、家中に甘い香りが満ちていました。
それに驚いて居間を覗くと、食事のテーブルの上に夕食と一緒にフリッテッレ(揚げドーナツ)が並んでいます。
甘い香りの正体は、これでした。
お父さんは、そのテーブルの上のフリッテッレを見て、納得したように微笑みました。

フリッテッレは“Festa di San Giuseppe”―――つまり、父の日に食べるお菓子です。

珍しくリボーンが仕事しろと言わなかったのも、コロネロが外に誘い出して綺麗な景色を見せてくれたのも―――スカルが夕食の準備を終えるまでお父さんに内緒にしておくためでした。

「すごい、今日は豪華だね」

食卓の上の料理も、お父さんの好きなものばかりが並べられています。
その料理に感心していると、台所からスカルとリボーンが姿を現しました。

「お帰りなさい、おとーさん」
「ただいま、スカル、リボーン。ありがとう、こんなに準備するのは大変だっただろう?」
「いえ、二人がかりでやったので・・・」
「そっか―――。ちょっと、三人とも、そこに並んで」

本当に嬉しそうな笑顔を浮かべたまま、お父さんは三人の息子を並べると、一人一人を抱き締めながら感謝のキスを送りました。
いつもは恥ずかしがってそう言うことをしてくれないお父さんです。
息子達は、それぞれ反応こそ違いましたが、どこか嬉しそうにしながらその抱擁を受け入れました。

ぎゅぅっと、大切な大切な息子達を満足するまで抱き締めて、お父さんは顔を上げると、息子達の大好きな優しい微笑みを浮かべて夕食にしようと言いました。

いつも以上に賑やかで、和やかな雰囲気の食事は、いつもよりもずっと長い時間続きました。



その夜。

お父さんと三人の息子達は、居間に布団を降ろして、そこで眠ることにしました。
お父さんがみんなで一緒に寝ようと言ったからです。
ちなみに、お父さんの左右に誰が寝るかで息子達は散々争ったのですが、結局お父さんの右側にリボーン。左側にコロネロ、スカル、という並びになりました。
けれどスカルは、いつも家事をしてくれているからと、お父さんから一つ多くキスを送られていたので不満も言わずに幸福そうでした。

その代わり、リボーンとコロネロは、お父さんの腕に左右から腕を絡めて、やっぱり幸福そうに笑いながら、いつもよりもずっと優しい眠りにつきました。

息子達の静かな寝息を聞きながら、お父さんは天井を見上げて考えました。

こんな穏やかな時がずっと続けばいいのに、と。

もちろん、自分たちの立場から考えれば、それは無理な話でした。
こうしている今も、スクアーロや兄君や国王が、自分たちを血眼になって捜しているからです。

でも、だからこそ。

こんな優しい時間がとても大切でした。

お父さんにとって、兄君やお母さんやお父さんと過ごした日々が、とてもとても大切だったのと同じように、大切な三人の息子と過ごす日々もかけがえのないものです。

だから、こんな日々が続くようにと祈るようにお父さんは呟きました。

「おやすみ、俺の愛しい子供たち。良い夢を―――」




本当に大切なことは何万年来不変です

そしてどうでもいいことは

もう言い尽くされていると思うんだけど。




Fin.


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