End Of The World. そもそもの始まりは何だったのか。 国王夫妻が流行り病に斃れ、一人残された幼い皇子を傀儡に、好き勝手な政策を強いた王家の人間。 そのために、民は重税に苦しみ、国内は荒れに荒れた。 やがて――― 民や、兵士達から絶大な支持を受けていた一人の将軍を中心に、大規模なクーデターが起きた。 その結果、王家の血筋は全て処断され、処刑台の露と消えた。 それが、1つの終わりで、1つの始まり。 「総督、連れて参りました」 「ああ。―――ご苦労、下がれ」 「はっ」 きっと、この軍人は、“彼”に死ねと言われたら死ねる人種だ。 書類から顔も上げない“彼”の言葉に、恍惚とした表情で最敬礼している男を見上げ、床にだらしなくへたり込んだ姿で思った。 さっきまで座っていた、饐えた臭いのする部屋の、冷たく固い床とは天と地ほどに違う柔らかい上質な絨毯の上。 そこに犬のように頽れて、退出していく軍人を見送る。 俺の正面には、重厚な執務机に座って、書類にペンを走らせる“彼”―――リボーンがいる。 相変わらず書類から目を離さないで、突っ慳貪な口調の命令だけが飛んできた。 「いつまでそこにいる気だ。さっさとシャワーを浴びてこい」 「・・・鍵は?」 俺も俺で、どこまでも無感情で平坦な声で端的な言葉を紡ぐ。 声さえもくぐもらせる仮面が、重くのし掛かった。 ああ、なんて悲しい遣り取りなんだろう。 そんな風に、俺の胸はかすかに痛むのに、リボーンの端正な鉄面皮はピクリとも動かない。 彼の心を揺らすだけの価値が、俺にはないのだと思い知らされて、余計に胸が痛んだ。 でも、そんなところを見せるほど、俺だって無様じゃない。 無言のまま投げ渡された銀の鍵を受け取って、頭の後ろにある仮面の鍵を回す。 カチリという音ともに、息苦しさと首のだるさから解放された。 外れた鉄面は、重力に従って膝の上に落ちてくる。 この仮面が、一体何の役目を果たしているのか。 王家の血筋が根絶やしになった、という事実から、俺を隠すためだろうか。 あんな監獄の最下層にいるのだから、そんな必要はないように思える。 俺が―――第一王位継承者が生きているという事実が、リボーンにとって不都合だからだろうか。 俺ごときの存在で揺るぐような脆弱な立場に、彼はいない。 俺という存在を、この世から抹消するためだろうか。 どうせなら、息の根を止めてくれればいいのに。 「おい、早くしろ」 膝の上の仮面を見つめたまま動かない俺に、リボーンが苛立たしげに言った。 見れば、書類から顔を上げてこちらを見ている、白皙の美貌があって。 濡れた黒曜石のような瞳に自分が映っていることに、歓喜した。 そんな自分がひどく滑稽に思えて、また顔を下げると、のろのろと立ち上がって備え付けのシャワー室に向かった。 なぜリボーンが、あの王家粛正の時に俺を生かしておいたのかなんて、俺が知り得るはずもない。 リボーンがしたことと言えば、ただ、クーデターの前日の夜に、有無を言わさず俺を部屋から連れ出して、あの仮面を被せ地下の牢獄に放り込んだだけ。 それ以来、一切の事情説明なんて無いまま、日に二度リボーンの下に呼びつけられて、シャワーを浴びて食事をして―――時々、リボーンの性欲処理に付き合わされている。 初めは何が何だか分からなくて、リボーンを罵りもしたし、泣き騒いで抵抗もした。 けれど、リボーンの整った顔が、リボーンの鉄壁に守られた心が、俺の言動に揺れることはなくて。 やがて俺は諦め始めた。 むかしのように。 リボーンが家庭教師に就く前の、むかしのように。 伯父夫婦の傀儡でしかなかった、むかしのように。 リボーンもまた、俺を、道具としてしか見なしていないのだと。 かつて慕った伯父夫婦は、両親が生きていた頃はとても優しい人たちだった。 それと同じだ。 何かが変わってしまったのではなく、元に戻っただけなのだ。 かつて慕った家庭教師は、とても厳しいけれど、唯一俺を俺とみなして接してくれる人だった。 でも、それは俺が知っている“リボーン”の姿で、本当の彼の姿だったのかなんて―――。 考えるだけ無駄なことなのだろう。 初めから、クーデターのために俺に接近してきたのかなんて―――。 自虐的すぎて今更聞けないじゃないか。 ああ、シャワーの雫が目に入って、まるで、流れもしない涙のよう。 世界が滅亡しても べつに僕はかまわないのです 生きつづけようとするのも 貪欲の一種でしょう? Fin. Back |