My hope is you. 領主の屋敷は、屋敷の主の人柄を反映してか、とても穏やかな雰囲気の場所である。 けれど、最近一つの変化があった。 次期領主である、一人息子の怒声(または罵声)が日に一度は上がるようになった。 それは、彼にお側役の少年がついたから―――。 「ダメツナー!!!てめぇは本の整理も満足にできねーのか!」 「ひぃっ!だ、だってリボーンの本、何て書いてあるのかわかんないのが多いじゃん!!なんの本なのかさっぱりだったんだよー!」 広い部屋の一角、本棚の前に、大量の本が積み上げられている。 本の壁に隔てられた反対側から上がった苛々最高潮の罵声に、綱吉はビクビクしながらも反論を返した。 「うるせぇ、それくらい想像力働かせてどうにかしやがれ」 すると、リボーンの良く通る声とともに紙飛行機が高速で顔面目がけて飛んでくる。 ―――自分だって、紙飛行機折ってんじゃん!! 「それで前やったら、リボーン目茶苦茶怒ったじゃないか!」 「当たり前だ。どこの世界に、上下逆に本を置くヤツがいるんだ?」 「どっちが上かさえ分かんない外国の本ばっかりだったんだよ!」 今日はリボーンの馬鹿みたいに大量に所有している本の整理をしていた。 昔は、この膨大な量の本をリボーン一人で整理していたというのだから、驚くしかない。 今でも綱吉以外の人間に手伝わせようとはしないけれど。 綱吉は、初対面の時に、避けられたにもかかわらず自分を庇って一緒に倒れてくれたリボーンが、自分が思うほど嫌な人間ではないのかと思った。 もちろん、善人だとは思えなかったけれど。 けれど、至近距離で見た漆黒の瞳が、あまりにも何も映していなかったことが気になったから、散々邪険に扱われ、たまにド突かれたりしても、とりあえず一緒にいることにした。 初めのうち、リボーンはその秀麗な貌を嫌悪に歪めて綱吉の満面の笑みを見ていたけれど、いつからか、それでも無視することなく相手をするようになった。 こんな風に、自分のテリトリーに綱吉を入れるほどに。 「この本は、右のそっちの棚。これはあっちの棚」 結局、綱吉に本の分類をさせるのを諦めたリボーンは、自分が分類した本を棚に並べるように言った。 どさどさと大量に渡される本にフラフラとしながら、綱吉はパタパタと慌ただしく本棚の前を行き来する。 その小動物のような動きを横目で見て、リボーンはその口元に微かに笑みを浮かべた。 昔なら、こんな騒がしいヤツを部屋に入れようとは思わなかった。 けれどこの少年は、柔らかな笑みとともにスルリとリボーンの傍に辿り着いた。 リボーン自身さえも気付かないほど、自然に。 生まれた時から、リボーンにとって世界は酷く退屈なものだった。 教えられる全てを彼は初めから知っていて、どんなことも人並み以上にこなすことが出来たから。 何をしても、苦労することもなければ失敗することもない代わりに、本当の意味での達成感や充足感も味わうことが出来なかった。 誰もがそんなリボーンを褒め称えるか妬み羨むかのどちらばかりで、本人にしてみれば辟易するしかなかった。 下らない。 どうして、世界はこうも退屈なのか。 どうして、彼らはこうも愚かなのか。 どうして気付かない。 何でも出来ると言うことは、何も出来ないと同意義であると言うことに。 どうしてわからない。 なにをしても出来てしまうことが、どれだけ退屈なことかを。 そんなことが分かる人間の方が少数なのだと知っているから、そんなどうしようもないことを言ったことはない。 リボーンは、希望を知らない。 叶わない望みなどなかったから、なにも望まなかった。 そして、希望を知らないことは、絶望しているのと同じだと知っていた。 ―――だが最近思うことがある。 「リボーン、この本はここだよね?」 「ああ」 こうして、綱吉の柔らかい笑顔を向けられることを嬉しいと思う自分がいる。 綱吉の浮かべる微笑みは不思議だ。 あの笑顔には何の下心も、嫉妬も、羨望も含まれてはいない。 今まで見たことのあった笑顔とは違うのだ、根本的に。 綱吉の笑顔は、リボーンの乾ききった心の片隅にいつの間にか浸透していて、一日に一回は見ないと落ち着かない気分になった。 だがしかし、綱吉は自分の笑顔の影響力に気付いていないらしく、誰にでも笑顔を振りまくのである。 それがなおさらリボーンを落ち着かなくさせた。 どうやったらあの笑顔を独り占めにできるのだろうか、どうやったら綱吉はずっと自分の傍にいてくれるだろうか、気付けば、最近はそんなことばかり考えている。 もっと笑って欲しい。 もっと傍に―――ずっと傍にいて欲しい。 そこまで考えたところで、自分の人生で恐らく初めての欲求が芽生え始めたことを自覚した。 「はー疲れた・・・」 「おい、ツナ」 「なに?リボーン・・・俺、しばらく働きたくないんだけど・・・」 本の片づけを終えた、午後のティータイム。 最近許されたくだけた口調で、綱吉はテーブルに突っ伏したままリボーンに返事をした。 リボーンは、そのお側役の非礼に腹を立てることもなく、磨き翳られた黒曜石のごとき瞳を琥珀色の瞳に向ける。 すれ違う人が立ち止まってしまうほどの美貌に見据えられて、綱吉は微かに顔を赤くしながら身を起こした。 「な、なんだよ」 「希望とはなんだ?」 「は?」 「答えろ」 「突拍子がないなぁ・・・。希望?・・・そうだなぁ・・・〜したいっていう欲求とか、〜が出来たらいいのになって願うことじゃないのか?」 どうしたのさ、いきなり。 そう言って笑えば、彼が仕える主はその整った顔を思案げに顰めたあと、そうかと言って、今まで見たこともないような笑顔を浮かべた。 一瞬、その光景に思考回路が停止する。 美しい笑顔だった。 少なくとも、綱吉が今までの人生で見た中では一番、美しかった。 そして同時に、とても嬉しそうな笑顔だった。 探していた宝物を、やっと見つけた幼子のように、無邪気に嬉しそうな笑顔。 「リボーン?」 「いや、存外、すぐに見つかるモノだったんだなと思ってるだけだぞ」 「え、何が?」 「“希望”ってヤツがだ」 「?」 とても楽しそうに笑う主人に、キョトンと首を傾げる。 しかし、不意にその美しい顔が見えなくる程近づいてきて、唇に暖かい感触を感じ、綱吉はそれどころではなくなってしまった。 「―――っ!!!???な、な、な、何するんだお前―――!!!!」 唇を押さえ椅子ごと後ずさったお側役の少年の顔が、茹でだこよりも赤くなっていることに、次期領主の少年は満足そうに美しいかんばせで微笑んだ。 もっと笑って欲しい。 もっと傍に―――ずっと傍にいて欲しい。 この気持ちを、希望だというのなら。 俺の希望は―――お前だ。 思い出したくなくっても 忘れられない日々がある 希望は自分で探すだけ―――。 余談 「奈々さん」 「お久しぶりです、旦那様」 「お互い、孫の顔は見れないかも知れませんね」 「えぇ、でも、幸せそうだから良いのではないですか?」 「そうですね。では、綱吉くんをください」 「ツっくんはあげません。むしろリボーンちゃんをください」 「おやおや、それは困りましたねぇ」 沢田家が、領主の屋敷の離れに引っ越すのも、時間の問題だった。 Fin. Back |