さて、まあ、あんだけ嫌がったわりに、気付けばいつの間にやらボスの名を襲名することになってしまった。 いまさら言うのもあれだけど、本気で襲名することになるなんて思わなかったよ。 あはは。 でもなっちゃうもんはなっちゃうんだから、いい加減腹の一つや二つは括ったさ。 そんな俺、次期ボンゴレ十世 沢田綱吉の目下の案件は、この伝統伝統うるさいマフィア社会の中で基盤を固めること。 で、その手始めに、顔見知りとの仲を深めようかと思ったわけなのです―――。 Hello ! My brother ! ザっくん。 ・・・いや、そんなに可愛くない・・・。 ザンザン。 ・・・まるでパンダだ。しかも凶暴そうな(きっと漢字にすると斬々)。 ザックス。 ダックスみたいだな、ってか、そもそも人名変わっちゃったし。 ザックラ。 ―――乙女の夢だろ。 「うーん、難しいなぁ、あだ名つけるの」 「どうかしたのかーツナ?難しい顔して」 「あ、山本、調度良いところに」 無駄に広い(そして長い)廊下を歩いていると、前方からネクタイを外してスーツを着崩した中学からの親友が声をかけてきた。 プロ野球ドラフト一位指名を蹴ってイタリアンマフィアになった奇特な男、山本 武。 ドラフト指名って蹴れるんだー、っと別の所に感心した記憶も新しい。 彼曰く、野球選手の肩も彼の命も消耗品に代わりはないらしい。 確かにそうかも知れないんだけど、どう考えても商品価値に差がありすぎると思うのは俺だけか。 もちろん、側にいたいと一緒に来てくれたのは嬉しいけれど、その反面、巻き込みたくなかったと思うのも本当で。 ほら、やっぱり、人生で初めての“親友”には幸せになって欲しいし。 ―――俺の側にいることが幸せなんだと、言って貰えるのは嬉しいんだけどね。 「ツナ?」 「んーいや、あのさ、山本はあだ名ってどんな風につける?」 「あだ名ー?そうなぁ・・・俺、基本的に呼び捨てにする方だから良くわかんねぇけど・・・名前をもじるのが多くないか?」 「いやーもじってみたんだけど、ピンと来るのが無くて」 「あとは・・・係の名前とか?」 「例えば?」 「高校に団長って呼ばれてるヤツが居ただろ?」 「え・・・?うーん・・・ああ、香坂くんだっけ」 「アイツ、中高六年間ずっと団員だったから、団長って呼ばれてたんだぜ?」 「へぇ?なんで団長なんだろって思ってたんだよねぇ」 でも、部隊長ってどうなんだろう。 親しみを込めたあだ名として。 「うーん、難しいねぇ、あだ名って」 「後は雰囲気とかじゃねぇの?」 「そうだねぇ・・・」 殺伐ですか、それとも一日一殺ですか。 「でもツナ、一体誰のあだ名を考えてるんだ?ツナって、基本俺と一緒で、名前で呼ぶだろ?」 「ああ、うん。でも、発音面倒だし、あっちだって俺のこと名前で呼ばないし」 「発音?」 「だって“X”だよ?どんだけ気張って発音しなきゃいけないんだって感じじゃんか」 「あーザンザスかー」 「アイツ、俺がカタカナ発音したらキレるんだって。他のみんながカタカナ発音でも気にしないくせに!ってか、俺のこと名前で呼んだこと無いくせに!!」 何度発音訂正のために拳を振るわれたことか。 そう、俺にとってのボンゴレ内部の顔見知りと言ったら、中学時代に死闘を繰り広げた男、ヴァリアーのボスXANXUSとその愉快な仲間達くらいのものだ。 高校に入って、長期休暇のたびにボンゴレの屋敷に顔を出すうちに、彼らとも、まあ多少仲良くなったと言えなくもない―――ような気がする。 未だにカス呼ばわりだけど。 一応、遠い、気が遠くなるほど遠い血縁関係にあるわけだし。 もっと仲良くなりたいなぁ、と思うわけですよ、一人っ子の俺としては。 あんな物騒なお兄ちゃんっていうのもどうかとは思うんだけど・・・せめて、名前くらいは呼び合う仲になりたいじゃないか。 正式名称が呼びにくいというのなら、あだ名でも何でも良いから。 とにかく、もっと仲良くなりたいの、俺は。 そう親友に言えば、彼は意外と整った顔に苦笑いを浮かべた。 「ツナーお前、今、自分がどんな顔してるか分かってるか?」 「は?顔って―――いつも通りじゃないの?」 「自覚無しかー。はは、いや、ならいいんだけどさ」 鈍いもんな、お前。 少しからかうような口調でそう呟いた後、山本は突然真剣な顔になって、じっと俺を見据えてきた。 「な、なに?」 「その話、獄寺と雲雀と六道と―――あと赤ん坊にする時には、ちょっと気をつけた方が良いぜ」 「へ?なんで??」 「アイツらが本気でザンザスを始末しようとするかもしんねーから」 俺はお前の側にいるだけで満足なんだけど、アイツらは本気だからなー。 昔から変わらない爽やかな笑顔でそう言って、親友はひらひらと手を振って廊下を歩いて行ってしまった。 ??? 一体、何が言いたかったんだろう。 直球な物言いをする親友の、珍しく抽象的な言葉に首を傾げながら、俺は再び廊下を歩きだした。 そのままボスとは反対方向を歩いていた山本は、向こうから顔見知りの女性が歩いてくるのに気付いて軽く手を上げた。 「こんにちは、山本さん」 「おっす」 「さっき、ツナさんとすれ違いませんでした?なんだか、ずっとあだ名がどうとか言ってたんですけど、そろそろ仕事に戻って貰わないといけないみたいで―――」 「ああ、ツナなら向こうに歩いていったぜ」 「そうですか―――聞きました?あだ名の話」 「おう。ツナってさー他人の恋愛感情にも鈍いとは思ってたけど・・・自分のにも鈍かったんだな」 「そうみたいですねー、さっき相談されてビックリしました」 「だな。なにしろ、すっげぇいい顔で話すからなぁ、ザンザスのこと」 「ですよねー。あんなにいい顔でザンザスさんの話をされると、私の立場がないですよ」 「まーな。ってか、日本から渡ってきた奴らみんなそうだと思うけどな」 「獄寺さん、聞いたら泣くでしょうね」 「いやーむしろ死ぬんじゃないか、ショックで」 「あはは、有り得そうですー」 敬愛する、大切な大切なボスを、あのザンザスに取られるのは癪だけれど。 彼は、ザンザスの話をする時、花が綻ぶように笑うのだ。 今まで見せたこともないような、零れんばかりの幸福な笑みを。 しかも名前を呼んで貰えないことに落ち込んで、何とかして呼んで貰おうと考え込んでしまうくらい、慕っているのだ。 だから、仕方がないかとも思う。 あのザンザスだとて、綱吉に相当惚れ込んでいるようだし。 ―――何しろ、何事にも無頓着な男が、仕事が終われば真っ先に会いにいって、挙げ句、何度も何度も自分の名前を正しく発音させようとするくらいだ。 結局、綱吉が幸せならそれで良いと思ってしまうあたり、自分たちも相当やられてるけれど。 「こればっかりは仕方がないですねぇ、好きなんですもん」 「だな」 一人の人間を慕って海を越えた少年と少女は、切なさと満足感が入り交じった複雑な笑みを交わして廊下をすれ違った。 その夜。 いつもの習慣で、俺はザンザスが姿を現すまで起きていた。 ―――彼は、仕事が終わると必ず俺の所に顔を出すのだ。 結局、俺はあだ名で呼ぶことを諦めた。 良いのが思いつかなかったというのもあるけど、どうも、ザンザスを100%言い表せる気がしなかったから。 だから、俺は決めた。 何を決めたかって?それは―――。 不意に、気配の全くなかった扉が開いて、傷のある凶悪な面相の男が顔をのぞかせる。 さぁ、行くぞ、俺。 「おかえり、ざ―――XANXUS」 どうだ、耳に刻んだかコンニャロー。 ちゃんと正しく、一音一音丁寧に発音し終えて、おれは達成感に溢れた満面の笑みを浮かべて、少し驚いたような顔をした男を見返した。 すると、ザンザスは、ベッドに腰掛けている俺の前まで歩いてきて、にやりと尊大に―――でもどこか嬉しそうに笑った。 そして――― 「お前にも学習能力があったんだな、綱吉」 俺の母国語の美しい発音で。 彼が 俺の 名を ―――呼んだ。 この喜びをどう表現したらいいのだろう。 名前一つのことでと馬鹿にする事なかれ、今まで散々カスだのなんだのと言われてきたのだ。 今、初めて、この男に認められた。 大袈裟に言えば、そんな感じ。 あ、やばい、なんか、泣きそう、かも。 「なに情けねぇツラしてやがる」 「え、いや、ちょっと感動して・・・」 「ふん、くだらねぇヤツ」 「くだらなくないぞ、これって、結構凄いことだと思うんだけど」 「おめでたいヤツだな」 すこし見下したようにそう言われたけれど、いつものように腹立たしくはならなかった。 それどころか、その反応さえ嬉しくて、俺は自分の頬が緩むのを止められない。 「おめでたくて結構。俺、いま幸せだから、何言われても気になりませーん」 「・・・ふん」 呆れたように鼻で笑ったザンザス。 でもな、お前、気付いてるか 背けた顔が―――赤くなってるぞ? 一人っ子の俺としては、仲良くなりたいわけですよ。 この、凶悪だけど、不器用で、少しだけ、本当に雀の涙くらいに優しい、遠い血縁関係にある「おにいちゃん」と。 今は、その気持ちに理由なんて、必要ない。 名前で呼びたい、名前で呼ばれたい。 名前で呼ばれると、どうしようもなく幸せ。 それさえ分かっていれば、十分。 Fin. Back |