「なあXANXUS」
「あぁ?」
「どうしよう」
「どうした」
「俺、何かの病気かもしんない」
「は?」
「お前に名前呼ばれると、なんか変」
「あ゛ぁ?」


全ては、俺のその一言で始まった。



Hello ! My brother !



その日俺は、いつもと同じように任務から帰還したザンザスを出迎えて、そのまま一緒に飲んでいた。
最近、晩餐会がない夜はこんな風にザンザスと飲むことが多い。
そして、少しだけ酔っぱらった俺の口から、その発言は飛び出したのだ。

決して、悪気があったわけではない。
ただ、自分の感情をストレートに表現したらそうなっただけで。

だがしかし悲しいかな、頭は良い癖に変に直情的な遠縁の兄は、俺の言葉を悪い意味で取ったらしく。
強かに一発、俺の顔面を殴って、ザンザスは俺の部屋を後にした。

それ以来一週間、顔も見ていない。

「あーしまった・・・」
「どう見ても、僕は扉を開けたんだけど」
「あ、恭弥さん。いえ、扉の開閉の話ではないんで、お気になさらず・・・」
「そう、言われてた資料だけど、資料室で虫の餌になってたから作り直したよ」
「あ、ありがとうございます。うわぁ、聞いてたより見やすい資料ですね」
「そりゃ、僕が作り直したからね」
「さすが恭弥さん、ありがとうございます、お疲れ様でした」
「別に。―――で、さっきの君のへこみようと、あの男の不機嫌には何か関連があるわけ?」

相変わらず居丈高な先輩を見上げて、俺はへらりと笑った。
その直後、ガスッと、トンファーが垂直落下してくる。

「その情けないツラ晒すの止めてくれる、噛み殺したくなるから」
「うぅ、すいません・・・」
「で、質問の答えは?」
「あの男って、ザンザスのことですか」
「そう」

ずきずきと痛む頭を押さえながらそう問えば、素っ気ない答えが返ってきた。

「ザンザスに会ってないんでよく分からないんですけど・・・そんなに不機嫌そうなんですか、あいつ」
「少なくとも、あの銀髪ロン毛が愚痴るくらいにはね」
「スクアーロが・・・」
「殺気が凄くて、側で仕事すると疲れるらしいよ」
「あの(ヴァリアーのおかんの)スクアーロがですか。それは深刻ですね」
「君の所為じゃないの?」
「う゛・・・どうなんでしょう。心当たりがないワケじゃないんですけど・・・」

ガスッ

「君の所為なの?所為じゃないの?」
「はい、すいません!心当たりならあります!!なので、そのトンファーを下げてくださいぃ!!」

分厚い木の机にめり込んだトンファーの先を見ながら、俺は真っ青になって諸手を挙げた。




「―――下らないね」

俺の話を聞き終わったボンゴレの裏番長(になりつつある)麗人は、聞いた話をその一言で切って捨てた。

「はぁ・・・」
「で、それ以降あの男は不機嫌なわけだ?」
「さあ・・・それが原因なのかは知りませんけど・・・」
「ふぅん」
「あの、恭弥さん?」
「―――綱吉、ちなみに聞くけど、どう変なの、名前を呼ばれると」

恭弥さんの、濡れ羽色の切れ長の瞳に見つめられて、俺は一瞬だけ口籠もる。
彼の真っ直ぐな瞳は、少しだけ苦手だ。
全てを見透かされてしまいそうで。

「綱吉?」
「えぇっとですね・・・その、なんと言いますか・・・」
「―――噛み殺されたいの?」
「すいません簡潔に喋ります!!だから、その凶器を仕舞って下さい!!」
「次は無いから」
「はぃ・・・。ザンザスに名前を呼ばれると、嬉しいんですけど―――こう、顔が赤くなるというか、落ち着かない気分になるというか―――恥ずかしいような気分になるんです」
「―――」
「おかしいですよね?俺、恭弥さんとかリボーンとか、他のみんなに呼ばれても、そんな風にならないのに」
「―――綱吉、あっさりと酷いことを言うね、君」
「は?」
「いや、何でもない」

恭弥さんは、珍しく脱力したような顔になって首を横に振った。
そして、再び顔を上げると、形の良い唇を開く。

「それをあの男に言ったの?綱吉」
「いいえ、言ってませんけど・・・」
「なら、気が向いたら言ってやればいい。あっさり機嫌はなおるだろうね―――ただし」
「た、ただし?」
「その後の君の貞操は保証しかねるけど」
「てててて貞操!?」
「じゃあ、僕は仕事に戻るから」
「きょ、恭弥さん!!ちょっと待って下さい!!意味深なことだけ言い残して立ち去らないで下さいよ!!」
「―――綱吉」

衝撃的な発言だけ残して、さっさと部屋を出て行こうとする恭弥さんを慌てて呼び止めれば、彼は振り返らずに俺の名を静かな声で呼んだ。
その声には、どこか、言い聞かせるような、それでいて寂しそうな音が含まれていて。

「君はもっと、周囲の人間の感情に敏感になるべきだ」
「は、はぁ・・・」
「それだけだよ、じゃぁね」
「きょ、恭弥さーん・・・。・・・行っちゃった・・・」

俺は知らない、振り返らなかった恭弥さんが、どれだけ切なそうな顔をしていたか、なんて。

一人になった大きな部屋で、俺は再び溜め息を吐いた。
取り敢えず、誤解を解けば、ザンザスの機嫌は直るらしい―――俺の貞操が危機に陥るらしいけど。

俺はスクアーロ達の職場環境の改善を図るべきなのか、自分の貞操を守るべきなのか。
―――いや、まあ、なんで貞操の危機に陥るのか良く分かんないけどさ。

誤解を解くのに、超したことはないかな、うん。

そう自分に言い聞かせて、俺は受話器を取って、内線でザンザスを呼びだした。




「何だ」

不機嫌を声で表現したような、底辺を這うほどに低いザンザスの問いに、俺は彼と同じ職場で働かねばならなかった部下達に同情した。
これは疲れるだろ、普通に。

「あーうん、その、多分、誤解してるんだろうなぁと思って」
「カス、何の話だ」

あ、呼び方が元に戻ってる。
彼に呼ばれる自分の名前は、凄く気に入っていたのに。

あれ、なんか―――。

「おい、なんでそんな情けねぇツラ―――」
「なんだよ、人の話も聞かないで勝手に怒って」
「―――」

ザンザスに名前を呼ばれなかったことに腹を立てた俺は、珍しく戸惑ったような顔をした男を無視して、言葉を続ける。

「俺は、お前に俺の名前呼ばれるのすっごい好きなんだぞ?なんか、嬉しいし幸せな気分になるし」
「・・・そうか」
「そうだよ。変だって言ったのだって、悪い意味なんかじゃなくて、ただ、名前呼ばれると恥ずかしくなって落ち着かなくなるって言いたかっただけで―――んっ!?」

まだ話したかったのに、俺の言葉は途中で続かなくなった。
なんか、やたら、ザンザスの顔が近いっていうか―――これはもしや、世間様で言う・・・キスってヤツですか!?
ちょっと待って、何でキスなんかしてんの???

動揺する俺に構わず、ザンザスの舌がするりと口の中に入り込んでくる。
為されるがままに舌を絡めれば、めちゃくちゃ生々しい音ともに、びりびりとした電流みたいなのが背筋を駆け抜けた。

うわーちょっと待って、ヤバイ、ヤバイって。
何がヤバイって?
そんなのこんな真っ昼間に言えるか。

「ん、んぅっは、ぁ・・・ちょっと、ざんざす、何して・・・」

何とか大きな体を押し返して抗議をしてみたけれど、舌がしびれて、なにやら幼い口調になってしまった。
「ふん、別に」
「特に理由もなくお前は男に接吻をかますのかー!!?」
「なんだ、鈍いヤツだな」
「はぁ!?」

「―――綱吉」
「んっ」

な、なんで俺は名前を呼ばれただけで反応してるんだよ!!

内心大あわてになりながら、俺はずざざっと後ずさった。
けれど、すぐに背中が壁に当たる。
どこか楽しげなザンザスは、そんな俺の左右に手をついて、耳に口元を近づけて腰にくる声で囁いた。

「ゆっくり教えてやるよ―――」




その後の、思い出すだけでも顔から火が出そうな、破廉恥な出来事はさすがの俺も話すまい。
恥ずかしい出来事と言えば、パンツ一丁でご町内を疾走したこともあるけど、それはそれ、これはこれ。
俺だって、それくらいの羞恥心は持っている。

とりあえず―――俺、大人になっちゃったんだなぁ・・・色々と。


そんなわけで(どんなわけだ)、俺はザンザスの実地訓練によって、無理矢理(というと聞こえが悪いな)大人の階段を上ったわけです。

まあ、あれです、言うなれば―――

俺の中で、遠縁のお兄ちゃんから、一応恋人に昇格したわけですね。

あの最悪に強面で極悪非道で―――不器用なザンザスは。


不覚にも、これはこれで、幸せなんですよね。
やたら独占欲が強くて、すぐにヘソを曲げる、扱いにくい人ではあるんですけど。
やっぱり、好きなんですかね、俺も。

まぁ、細かいことはいいや。

今の関係は、俺にとって至福なんだから―――。


Fin.


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