柔らかな光が燦々と降り注ぐ、大きな窓。
その窓辺に置かれた、白く大きなベッドの上には、たくさんの玩具が乗せられていた。

そんな大きなベッドに横たわる小さな少年は、手近な玩具を腕に抱いて、本を読んでいる。
機嫌が良いのか、ページを捲る手つきは軽やかで、今にも鼻歌を歌い出しそうなくらい、にこにこと笑顔を浮かべながら。

今日は、少年の8回目の誕生日なのだ。

いつも忙しい父や母、それに、もう宮廷に仕官している兄さえも、少年のために早く帰ってきてくれる日。
特に兄は、遠征に出ていたため、もう1週間も顔を見ていない。

コンコン、と、部屋の扉を叩く音がした。
そして、少年が返事をする前に、やや乱雑に開かれる。

少年は知っていた、こんな風に自分の部屋に入ってくるのは、彼が敬愛して止まない兄しかいないと。

「お帰りなさい、兄上!!」
「ああ」



Fiaba −Nostalgico−



ボンゴレ王国の国王の弟。

それが兄君 ザンザスと弟君 綱吉のお父さんです。
そして、兄君のお母さんは伯爵家の人で、弟君のお母さんは公爵家の人でした。
ですから、身分から言うと、弟君の方が兄君よりも上なのです。
けれど、弟君のお母さんは、弟君を産んですぐに亡くなってしまうほどに体の弱い人で、弟君もお母さんに似て病弱でした。

そう言った理由で、将軍家の跡取りは兄君と決められていました。
弟君も、兄君であるザンザスを心から尊敬していましたので、それに異を唱えたことなど一度もありません。

兄君は、たった12歳で、宮廷にお仕えするための試験に合格して、15歳で一師団を任せられるほどに文武両道に優れた人です。
戦争のときに怪我をしたので、顔には大きな傷がありますし、目つきも鋭くて、決して人好きのする性格でもありませんでしたが、唯一、7歳下の弟君にはとても優しいのです。

何かと床につきがちな弟君のために、遠征のたびに、その地方の特産品や珍しい玩具、それから、弟君が見たことも聞いたこともないような、様々なお話を持ち帰ってきてくれました。

弟君は、今回の遠征は北の方だと聞いていました。
ボンゴレ王国の北の地方は、上質な万年筆の産地として有名なことくらいは、本を読んで弟君も知っています。

そして、確かに、兄君のお土産に混ざっていた万年筆は、幼い弟君から見てもかなり良い品でした。

「うわぁっすごく綺麗な藍色ですね」

手近にあった紙に試し書きをして、弟君は、その万年筆の書きやすさ、インクの出具合、そしてそのインクの色の鮮やかさに驚いたようにベッドに腰掛ける兄君に話しかけました。
兄君は、ベッドから出た弟君の細い肩にベージュのカーディガンをかけてあげながら、そうかと気のない返事をします。
兄君にとっては、万年筆の品質よりも、弟君が喜んでくれたかの方がよっぽど重要なことなのです。

「気に入ったか?」
「はい、とっても!ありがとうございます、兄上!!」

喜びを伝えるように、弟君は座ったままの兄君の前に立って、その太い首に腕を回して抱きつきました。
兄君も、抱きついてきた弟君の華奢な体を、優しく抱き返しながら満足そうに笑みを浮かべます。

「そうか」
「俺、大事にしますね、兄上!!」
「ああ」

その言葉通り、弟君は、恵まれた地位も、安定した生活も、持っている全てを捨てて屋敷から離れる時も、兄君から送られた万年筆だけは手放しませんでした―――。




「―――ふぅ、やっと書けた・・・」

夕暮れ時の、お父さんの書斎に、開放感と安堵に満ちた声がしました。
その言葉を隣で聞いていた長男のリボーンが、お父さんの手元にある、文字で埋められた原稿用紙を見ながら呟きました。

「終わったのか?」
「うん、何とかね。ま、後で校正は入るけど・・・あ、そろそろインクが切れるなー・・・街まで買いに行かなきゃ」

お父さんは、握った古い万年筆を見ながらそう呟きました。

「その小汚い万年筆、そろそろ買い換えた方が良いんじゃねーの?」
「小汚い言うな。万年筆は長く使えば長く使うだけ、味が出るんだよ」
「ふぅん?でも、それ、大きな街にしか売ってない高いインクが必要じゃねーか。面倒くせーぞ」
「良いんだよ、それくらい」

とても大切そうに万年筆を扱うお父さんは、少しだけリボーンの気に障ります。
万年筆を見つめるお父さんの瞳は、リボーン達に向けられるのと同じ、慈しみに満ちているからです。

「別にいーけどな」
「あいたっ!痛いよ、何するのリボーン」
「ふん」

だから、腹立ち紛れにお父さんの向こう脛を蹴って、リボーンはお父さんの仕事部屋を後にしました。

「気に入らねーな。あの銀髪ロン毛野郎も―――ザンザスも」

そんなリボーンの呟きは、お父さんの耳にはいることはありませんでした。





それは遠い昔の物語。

小さな弟が可愛くてたまらなかった兄と

優秀な兄を尊敬して止まなかった弟の

もう二度と戻ることはない、暖かな時代の物語。





Fin.


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