ひなたぼっこ


暖かな、春の匂いを含んだ風が、緩やかに大地を通り過ぎていきます。
とろとろに溶けた蜂蜜のような太陽の光は、葉の隙間をぬって地上に降り注いでいました。

ころん
ころりん
ころん

そんな小春日和の昼下がり。
とある民家の、こぢんまりとした庭に生えた一本の大きな椎木の根本に、混じりけのない真っ黒な仔猫と、光の加減で金にも見えるミルクティー色の仔猫と、白い毛皮に足だけ焦げ茶の靴下をはいたような仔猫が、仲良く寝転んでいます。
時々通り過ぎる風が、透明な髭をそよそよと撫でて、その度に三匹ともひくりと微かに口を動かしました。

「リボーンーコロネロースカルーどこー?」

そんな仔猫たちの名前を呼びながら、泣きそうな幼い少年の声がだんだんと近づいてきます。
ぐっすりと眠っていた仔猫たちは、今までの深い眠りが嘘のように、その声が聞こえた瞬間大きくて丸い瞳をパカリと開いて俊敏な動きで身を起こすと、ててて、と部屋の中へと歩き出しました。

だいじなだいじな おとうとが ないてる。

ただそれだけを思いながら。


仔猫たちが、我先にと走って辿り着いた先には、大きな琥珀色の瞳に一杯の涙を溜めた少年が、泥だらけになった服のまま廊下に突っ立っています。
琥珀を覆っていた涙の膜は、仔猫たちの姿が瞳に映り込んだ瞬間に破れて、ぽろぽろと少年のまろやかな頬を流れていきました。

「にー」
「なぁー」
「ふみゅー」

どうした おとうと。 また いじわるされたのか。
きょうは だれにいじめられたんだコラ。
あとで しかえししてやります。

口々にそう言いながら、えぐえぐと泣いている少年の細い足に体をすり寄せて、仔猫たちはもう一度にゃぁ、と鳴きました。




「でね、こーたろーくんが・・・」

腕に仔猫を三匹とも抱えて、綱吉はぺたりと自分の部屋の床に座り込むと、時々しゃくり上げながら話し始めます。
同い年の子達からすれば、綱吉はずっと華奢で、その所為で近所の子達からよくからかわれていたのでした。
その度に、泣きながら家に帰ってきて、三匹の小さな兄弟に慰めて貰うのです。

一通り話を聞き終わって、真っ黒い仔猫―――リボーンは、ぺろりと綱吉の頬を舐めて、「にー」と鳴きました。

それくらいで なくから おまえはダメツナってよばれるんだぞ。

そう言いながらも、リボーンはあやすように綱吉の涙を舐めて拭ってやりました。
同じように、ミルクティー色のコロネロも綱吉の膝から伸び上がるように立ち上がって、少年の柔らかな頬に小さな頭を擦りつけます。
そして焦げ茶の靴下をはいたスカルは、ゴロゴロと喉を鳴らしながら綱吉のお腹あたりに丸くなって、全身で甘えかかってきました。

げんきだせよ おとうと おれたちがいるじゃないか。

綱吉は、小さな兄弟の言葉を理解することは出来ませんでしたが、その態度から、彼らが慰めてくれていることくらいは分かります。
柔らかくて、温かくて、優しい小さな兄弟。
その小さいけれど、とてもとても心強い存在に囲まれて、綱吉はいつしか泣きやんで、ふんわりと甘い笑顔を浮かべました。

「ありがとう」

そして泣き疲れたのか、綱吉はそのまま部屋の床にころんと横になると、兄弟達をお腹の上に乗せたまま眠ってしまいました。
窓からは先ほどと同じように、ふんわりと暖かい日差しが差し込んでいて、三匹の仔猫たちも緩く上下するお腹の上でとろとろと瞼を降ろしていきます。

おやすみ きょうだい。 いいゆめを。




「あらあらツっくんったら」

熟れた林檎のような夕陽が差し込む夕方。
買い物から帰った奈々は、仔猫に囲まれてすぅすぅと寝息を立てる息子を見て、息子とよく似た柔和な顔を優しく緩めました。
リボーンは綱吉の頭に寄り添うように丸くなり、コロネロは反対側の綱吉の肩口で体を伸ばして熟睡しています。
スカルは眠った時と同じように、緩く上下する綱吉のお腹の上で。綱吉と同じような格好で眠っていました。
そんな光景を見ながら、奈々はゴソゴソとデジカメを取り出して、パシャパシャと息子(達)の微笑ましく愛らしい姿をおさめていきます。

ふみー・・・

本当はその音に、リボーン達は目を覚ましていたのですけれど、大好きな綱吉が自分たちの体温に安心して眠っているのと、奈々がとても嬉しそうに写真を撮っているのとで、そのまま目をつむっていることにしました。

うにー・・・おきれねーぞ
なぁー・・・しかたがねーな コラ
ふにゅー・・・まあ いいじゃないですか


だいじなだいじな おとうとがしあわせそうで おかあさんがうれしそうだから。


仔猫たちは、互いにそっと目配せをしてから再び瞼を降ろすと、綱吉の安心しきった寝息と奈々の楽しそうな吐息を子守歌に、再び眠りの世界に落ちていきました。





にゃぁにゃぁと、兄弟達が代わる代わる側に来て体を擦りつけながら甘えてきます。
それを適当にいなしながら、綱吉は奈々に頼まれた写真の整理をしていました。
奈々は、綱吉が今年から中学生になるのに合わせて、色々と物を整理をすることにしたのです。

ふと、たまたま手にしたアルバムの1ページ目に、綱吉の目がとまります。

「うわー・・・かあさーん、なにこの写真」
「えー?なぁに、ツっくん」

綱吉の声に、ひょこりと奈々が台所から顔を出しました。
そして、息子が手でひらひらと動かしている写真を目にして、懐かしそうににっこりと微笑みます。
写真に写っていたのは、日だまりの中に安心しきった顔で眠る綱吉と、その周りで、綱吉を守るように寝ている小さな兄弟達でした。

「ツっくんが寝てる時は、必ず側にリボーンちゃん達がいたのよねぇ。あんまり可愛かったから、お母さん思わず撮っちゃったのよ」
「それは今もあんまり変わらないけどね・・・」

昔からの習慣で、綱吉は三匹の兄弟と今も一緒に寝ています。

けれど最近、少しだけその習慣に修正を加えないといけないと思い始めていました。

ぬくぬくとした兄弟の体温は確かに安心しますし、一緒に寝ないと落ち着かないのも事実なのですが、潰してしまわないか心配で寝返りが満足に打てないのでした。
―――それに、夏場は少し暑いのです。
小さくて頼もしい兄弟達は、季節を問わず、それはそれはべったりと綱吉にくっついて眠るものですから―――。
育ち盛りで暑がりな綱吉なので、寝返りが打てないのと暑いのとで、時々目が覚めてしまうこともありました。
そんなわけで、綱吉は微かに苦笑いをしました。

そんな、だんだんと大人びた顔をするようになった弟を見上げて、リボーン、コロネロ、スカルは、それぞれ面白く無さそうな鳴き声をあげます

「にゃぁ」
「なぉう」
「みゃぁ」

わざわざ一緒に寝てやってんだろーが。
そーだぞコラ ダメツナのくせに。
何か不満そうですね

にゃあと鳴きながら柔らかく背中やら足やらに爪を立てられて、綱吉は軽く呻きました。

「あいたたたっ・・・まったく・・・」

綱吉はそんな可愛い悪戯を仕掛けてくる兄弟達を抱き上げて、なめらかな光沢を持つ美しい毛を撫でてやると、やがてふにゃりと愛想を崩して頬をすり寄せました。
最近自立心旺盛な弟が久しぶりに甘えてきたので、リボーンやコロネロやスカルは嬉しそうに「にゃおぅ」と鳴いてゴロゴロと喉を鳴らします。
そのまま三匹の兄弟達はぐりぐりと小さな頭を擦りつけて、大好きな大好きな弟に親愛の情を示しました。

「あーもう、お前達大好きだよー」

言葉が通じなくても、小さな兄弟達の伝えたいことは、いつだって綱吉に素直に流れ込んできます。

日だまりで一緒に眠っていたあの頃から変わらない、綱吉とリボーン、コロネロ、スカルの絆。
それはきっと、太陽の暖かさと同じくらい変わらない、優しく強い絆です。

「ひなたぼっこ、しようか。久しぶりに」
「にゃあん」

ころんと床に大の字に横たわった綱吉の言葉に、リボーン達は満足げな返事を返すと、音もなくそれぞれの定位置に歩いて行きました。
小学校に入ってから、綱吉は学校の友達と遊ぶのに忙しくて、あまり三匹の兄弟達と過ごさなくなっていたのです。

いつかと同じ春の日差しと、馴染んだ兄弟達の柔らかい体の感触に、綱吉はすぐにとろとろと意識をとかしていきます。

「ああ、暖かいなぁ・・・」

無邪気な笑みを浮かべてそう呟くと、綱吉は夢の世界へと足を踏み入れました。

幼い頃と同じ安心しきった弟の寝息に、三匹の兄弟達は愉快そうに視線を交わすと、自分たちも体を丸めて弟の体温と日差しの暖かさを感じながら瞼を下げます。


そんなに急いで大人になるなよ弟。
もっと、のんびり、ゆっくりでいいじゃないか。

たまに泣いて、そんでひなたぼっこして、とろとろ昼寝するくらいが、お前には調度良いだろ。

まだまだ、お前は俺たちの可愛い弟なんだから、な。


Fin.

10000Hitありがとうございました! そして、リクして下さった、裕美様ありがとうございます!
仲・・・良し・・・のつもりなのですが、どうでしょう??(聞くな 笑)
裕美様のみお持ち帰り自由とさせていただきます。

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