君、死にたまうことなかれ 物心ついた時から、綱吉の傍にはいつでもリボーン、コロネロ、スカルがいた。 彼らは、綱吉に勉強を教え、体術を教え、たくさんの遊びを教えてくれた。 綱吉を構成する殆どの知識は、彼らから与えられたモノと言っても過言ではない。 皇太子として。 人として。 必要不可欠なモノは全てリボーン達から学び取った。 むしろ傍にいるのが当たり前過ぎて、彼らから絶対の忠誠を誓われるということが、どういうことかも理解していなかった。 “死なないで”と、正直に言えればどれだけ良いだろう。 綱吉は、いつもと同じ不遜な態度に戻ったリボーンや、後から部屋にやってきたコロネロ、スカルを前に、ぎゅっと唇をかんだ。 彼らはいつも通り、不遜で、自信に溢れ―――そうすることで綱吉を気遣ってくれている。 今回の戦いは、いつもとは違う。 いつもの、他国からの侵攻を撃退するだけの戦いではない。 実力の拮抗した王国の第一直属師団と第二直属師団の激突は、必ず双方に深い傷跡を残すだろう。 怖い、彼らが自分の為に死ぬことが。 「―――ツナ」 「ん、なに・・・?」 生まれた時から傍にいるリボーン達が、自分の手で育てた皇太子の内心を察せ無いはずもなく。 リボーンの白い手袋に包まれた大きな手が、慰めるようにポスリと頭上に乗せられた。 そのまま多少乱暴にぐりぐりと撫でられ、最後にベシっと叩かれる。 「情けねーツラ晒してんじゃねーぞ」 「わ、分かってるよ!」 「俺たちが負けるとでも思ってんのかコラ」 師団長の低い声に窘められて、ふいっと顔を逸らした皇太子に、リボーンの隣にいたコロネロが心外そうにそう言った。 見れば、相変わらずだらしなく軍服を着て、腕を組んだままソファにふんぞり返って偉そうな口を叩いている。 その様子に、綱吉は微かに苦笑した。 しかし。 「殿下、ご心配には及びません。僕の作戦に、狂いは生じませんからね」 「―――あ、すっごい不安・・・」 にっこりと極上の笑顔を浮かべて言うスカルを見て、皇太子は顔を曇らせて心からそう言った。 それに、他の2人も同意する。 「確かに」 「まぁ、俺らがフォローすれば良いぞコラ」 「なんせパシリだからな・・・」 「殿下に先輩方!?なんですかその言い草!!!」 気に障ったらしい第一直属師団の軍師は、整った顔に不満そうな表情を浮かべたが、その遣り取りにくすくすと笑う皇太子の笑顔を見て表情を和らげた。 心優しい皇太子は、命懸けの忠誠を時に重く感じている。 もちろん、そんなことをあからさまに示すようなことはしないけれど。 綱吉がはいはいをしただの、つかまり立ちが出来ただの、そんなことでいちいち大騒ぎをして写真を撮りまくっていた育ての親たちは、皇太子の心根の優しさを一番よく知っていた。 昔、綱吉を庇ってコロネロが重傷を負ったことがある。 その時、昏倒したコロネロを膝の上に抱えて、真っ白な軍服に赤い染みが広がっていくのを見ながら、幼い綱吉は狂ったように叫んでいた。 幸いコロネロの命に別状はなかったが、それからしばらく、綱吉は物も食べず喋りもしなくなってしまった。 それ以来、リボーン達は部下達が死なぬように気を遣うようになった。 誰かが死ねば、誰よりも大切な守るべき主君が傷を負う。 身体の傷よりも厄介な、心の傷を。 だから師団の軍人達に言うのだ、殿下の許可無く死ぬな、と。 まあそれには、自分以外の人間のために綱吉が涙するのが気にくわない、という酷く利己的な意味合いも多分に含まれているが。 リボーンは、物言いたげな皇子に手を伸ばして、自らの胸に抱き込んだ。 するとその左右からコロネロとスカルが手を伸ばし、色素の薄い髪を撫でる。 師団長の軍服の銀細工に顔を押しつける格好となった綱吉は、モゾモゾと動いて広いリボーンの肩口に顔を出した。 リボーンの膝に抱き上げられて左右から撫でられる。 それが、昔から育ての親たちが綱吉を慰める時の体勢だった。 「相変わらず子ども扱いだし・・・」 そうは言いつつも、軍人らしい広い胸に抱かれて安堵する自分が憎い。 そんな複雑な皇子の心情を察して、リボーンは形の良い唇で綺麗な弧を描く。 「ツナ、俺たちは軍人だ。お前に命懸けの忠誠を誓う、お前の剣(つるぎ)だ」 「うん・・・わかって、いるよ」 やがて秀麗な師団長が紡いだ言葉は、今まで何度も言い聞かせられてきたこと。 忠誠を誓うこと、それは命を捧げることに等しい。 誓った人間は主君の剣として、命懸けで主君の敵を薙ぎ払う。 誓われた人間は、どんなに凄惨な場面であろうと、自身に忠誠を誓う者―――従者の戦いから目を背けてはいけない。 従者の戦い、従者の死、その全てから逃げてはいけない、その戦いを止めてはならない。 それが、命を捧げられる者の義務。 死を背負い、血の道を歩むことが、主君の責務。 そう考えながら、耐えるように目をつぶって頷く皇太子に、コロネロとスカルはお互いに視線を交わして苦笑した。 そして、おもむろに綱吉の柔らかな頬に口づけを落とす。 「僕たちは殿下の剣です。でも―――」 「俺たちが闘うのは、俺たちの為だぞコラ」 主君のための勝利こそが、主君のための生こそが、騎士としての、軍人としての誇り。 その誇りのために、命を賭して剣を振るう。 「主君のために生きること、それが俺たちの誇り」 そのために、何度でも血の池から立ち上がり、地獄すらも乗り越えてゆくだろう。 代わる代わるかけられる言葉に、いつしか綱吉の表情が引き締まっていった。 琥珀の瞳に、静かに意思が浮かび上がる。 「俺、怖かったんだ。お前達や、他のみんなが、俺のために戦って死ぬのが。―――でも・・・みんな、俺のために死のうとしてるんじゃない、俺のために生きようとしてくれているんだよな・・・」 命懸けの忠誠が意味するのは、死ではない。 死を乗り越えようとする、意思だ。 それを怖がるなんて、それこそ、忠誠を誓ってくれる全ての人間への侮辱に他ならない。 「ふん、てめーは臆病なダメツナだからな。どーせ、言われねーと分かんねーんだ」 「そうだなコラ」 「殿下、あなたのために、必ず還ってきますから」 だからどうか、その瞳を不安に翳らすことなく信じて待っていて欲しい。 そんな、声にならぬ騎士達の懇願を聞いて、綱吉は微かに頷いた。 未だにその瞳は揺らめいているけれど、恐れの色は浮かんでいない。 「―――俺のために、生きて。俺のために、還ってきて」 膝から立ち上がって、美しい3人の育ての親に口づけながら、綱吉は祈るように呟いた。 「「「殿下の仰せのままに」」」 この愛しい存在のために生きるというなら、自身の人生の何と甘美なことだろうか。 そんな陶酔を胸に、大陸最強の騎士達は、彼らにとってこの世で最も価値のあるキスを受けて恭しく膝を折った。 その晩、出陣式の式典で、誰もが悟った。 彼らが捧げる忠誠の意味を、皇太子が本当の意味で理解したことを。 死に怯える瞳の揺らめきは消えなくても、それ以上に、軍人達の忠誠に応える信頼の光を瞳に宿していたから。 「死ぬな、なんて陳腐なことは言いません。俺のために生きて、俺のためにここに還ってきてください」 見る者を惹き付けて止まない、鮮やかな雰囲気を纏った少年は、これから死線へと向かう1500人の忠臣達に、そう告げた。 その瞬間に上がった歓喜の声は、宮殿の大ホールを揺るがしてしばらく止むことはなかった。 君、死にたまうことなかれ。 「生きてください、俺のために」 そう言って艶やかに微笑む絶対の支配者に、誰もが心酔し、誰もがその忠誠をもって額づいた。 Fin. 10000Hitありがとうございました! そして、リクして下さった、秋本様ありがとうございます! 最終的にツナが女王様的な性格になってしまいまして・・・書いた本人が首を傾げておりますorz い、いつか必ずやリベンジを・・・!! 秋本様のみお持ち帰り自由とさせていただきます。 Back |