息子たちよ! 未だ広きを知らぬ雛たちよ! すべてを見よ! 多くを知れ! 何事に捕らわれる事もなく、その未熟な翼を広げよ! そう、何事に捕らわれる事もなく自由に! 獅子は子を千仞の谷に落とす 朝日がまぶしい。 綱吉はだるい身体を起こしながらため息をついた。 横を見れば、見惚れるばかりの美しい青年に育ったボンゴレ専属のヒットマンが眠っている。 キレーな顔になっちゃってさぁ、俺なんてもう三十路だっつーの。 かつて、ぷにぷにとして綱吉の触りというという欲求を刺激しまくった頬は、肉がそぎ落とされて精悍な青年のものに変わっていた。 手を伸ばして撫でてみると、きめの細かい滑らかな肌触りが掌に伝わってくる。 「おはようリボーン」 綱吉の呼びかけに応えるように、リボーンの瞳が開かれた。 いつの頃からか、リボーンは、同じベッドで寝た朝は綱吉の呼びかけを聞いてからではないと目を開かないことが多くなっていた。 そんな可愛らしい一面を持つヒットマンの頬に口付けて、綱吉は穏やかに微笑む。 「よく眠れた?」 「―――先週はコロネロで、その前はスカルか。お盛んだな」 「2週間の遠征から帰った瞬間俺を押し倒したヤツに言われたくないんだけど」 「若いからな」 「そんな不純な若さの主張は認めない・・・どーせ俺はおじさん世代に片足突っ込んでるよ」 目覚めた途端に始まった不毛なやり取りを、今年で34歳になるボンゴレ10世はその一言で締めるとベッドから立ち上がった。 腰の辺りに鈍痛がはしるが、だからといってベッドに逆戻りするわけにもいかない―――午前中は表会社の役員会に出席する予定があった。 あーもう、遠慮なくがっつきやがって・・・少しは年寄りをいたわれコンチクショー。 綱吉は、自分の骨盤が確実に歪んでいるだろうことを嘆きながら、クローゼットの中身を適当に引っ掻き回して手近にあったスーツを纏う。 振り向けば、既にリボーンは着替えを終えていた。 リボーン、コロネロ、スカルなどを始めとするアルコバレーノ達は、お互いに何らかの協定を結んで綱吉を共有しているらしい。 “らしい”というのは、綱吉自身がその内容を知らぬからである。 たとえば、執務中にしろ移動中にしろ、綱吉がボンゴレ10世であるときは、彼の背後には必ずリボーンがいる。 “マフィアの帝王の背後”という絶対の場所に控えられるのは、彼を育て上げた黒い死神だけ。 リボーン自身も、そして綱吉さえも、その場所に他の誰かが立つことは許さない。 たとえば、リボーンが不在のときの休日、綱吉の傍らにいるのはコロネロやスカルだ。 ―――二人とも実はそれなりに忙しいので、今のところ二人の来訪が重なったことはない。 そして、コロネロ、スカルのどちらかが来ているときは、緊急の場合を除き、ドン・ボンゴレの居室に誰も入ることを許されない。 たとえば、新月の夜、フラリと綱吉の寝室を訪れるのはマーモンだ。 どういう取り決めかは不明だが、そんなとき、リボーンは必ず姿を消している。 まぁ、そんな感じで、アルコバレーノ達はグルグルと入れ代わり立ち代り綱吉の元へやってきていた。 昔のようにボンゴレの屋敷が半壊するような争いは、この協定によってかなり少なくなっている。 そういう意味ではかなり意味のある協定だ―――未だに鉢合わせると暴れるが。 しかし最早、そこは問題ではない。 屋敷が壊れることは確かに頭の痛いことであるが、それ以前に――― 俺が壊れる、俺が。 考えてもみて欲しい。 30代中盤に差し掛かろうとしている人間に、盛りのついた20代の男達の相手を一手に引き受けろというのが、そもそもの間違いだ。 しかも、彼らは揃いも揃って持久力が尋常ではない。 綱吉だとて、赤子の頃から知っている彼らを愛しいと思うし、そんな彼らに好かれるのは正直嬉しいと思う。 だから、甘えられれば嬉しくて構ってしまうし、求められると強く拒絶できないのは確かだ。 彼らが綱吉を欲するのは、子供が親に甘えているのと同じようなもので、本人たちは無自覚だが、恋愛感情を抱いての行動ではない、と知っているけれど。 ―――そう、求められると結局流されてしまうのだ。 子どものやり方を誤った“甘え”を受け入れること自体がそもそもの間違っているとわかっているのに。 ドン、と鈍い音を立てて、綱吉の右手が重厚な執務机の表面をたたいた。 その音を聞いて、背後に控えていた死神が訝しげな表情をした―――もう20年の付き合いだ、それくらい空気で分かる。 「―――俺、もっと厳しいお父さんになるよ」 「・・・は?」 お前独身だろーが。 リボーンの美しいかんばせが、呆れたような声とともに微かに歪んだ。 それはそうだろう、今まで散々結婚話を蹴り続けていたボンゴレ10世に、突然父親の自覚が芽生えたのだから。 それから12時間後。 「やぁみんな、よく来たね」 不老なのかと疑いたくなるほどに若々しい容姿で微笑む綱吉の前には、南米の密林で演習をしていたらしいコロネロや、タコと地中海沿岸を巡っていたらしいスカル、南ア近辺で任務中だったマーモンにロシアの地下ラボに篭っていたヴェルデなどなど、世界各地に散らばっていたアルコバレーノたちが勢ぞろいしている。 有言実行。 ボンゴレ10世の一言で、世界中に竹の根のように張り巡らされたボンゴレネットワークがフル活用され、各地に散らばっていたアルコバレーノを半日でボンゴレ10世の前へと連れてきたのだ。 突然の大空の召集に、虹たちは文句を言いながらも、素直に応えた。 死ぬ気の炎が刻印された命令書に 「来ないと絶縁」 と、その一言しか書かれていなかったのだから、来るしかないだろう。 ―――だって絶縁だ、絶交よりもなんだか状況が酷い気がする。 「で、なんなんだコラ」 すっかり声変わりも終わり、虹の中で最も身長が高く育ったコロネロが、鍛えられた筋肉質の腕を不機嫌そうに組んで大空に問うた。 「ん?ちょっとみんなにお願いがあってさぁ」 マホガニーの執務机に肘を立てて指を組み、その上に下顎を乗せて、綱吉は努めて朗らかな調子で話す。 「お前ら、これから俺に触るの禁止。あ、もちろん、スキンシップは大歓迎だけど―――ある特定の意図を持っての接触は禁止。要するに、俺を襲うな」 「「「「「「「却下」」」」」」」 「早っ」 いつもは全くソリの合わない7人が、ぴったりと息をそろえて綱吉をにらみつけた。 耐性が無ければすぐにでも気を失ってしまいそうなその眼光にも、マフィア界を牛耳るボンゴレ10世は怯まないまま、鉄壁の笑顔で微笑んだ。 「まあ、ちゃんと断らないでいた俺も悪かったけど・・・お前たちももう大人なんだから、いつまでも俺に固執しないで周りを見渡してごらん。お前らの誰に応える気も無いおじさんなんかより、全然素敵な人間が腐るほどいるって」 綱吉は、自分がそう言った時の、リボーンの、コロネロの、スカルの、マーモンやヴェルデ―――虹の名を冠する大切な息子たちの瞳を忘れない。 深く傷ついた哀切な瞳、 求め差し伸べた手を払われた、絶望の瞳。 ごめんな、ごめん。 お前たちを傷つけたいわけじゃないんだ。 ちゃんと知っているよ、お前たちにとっての俺の存在がどういうものか。 でも、だからこそ。 「いつまでも俺に捕らわれるな。俺はお前たちの救いにはなれても、希望にはなれないんだ」 後ろから支えることはできるだろう。 けれど、前に引っ張ってやることはできない。 静かに、語りかけるような綱吉の声が、水を打ったように静かな執務室に滔々と響く。 彼の前に座る7人の青年たちは、必死に真意を読み取ろうと、優しい琥珀色の瞳を食い入るように見つめていた。 「今までどおり、俺のところに好きに来て良いよ。いつだって、俺はお前たちを迎え入れるから。でも、もう、抱かれてはやらない。それは俺の役目じゃない」 その甘やかし方は、違う。 綱吉の声が消えて、部屋は本当に息遣いさえも聞こえない真の沈黙に満たされた。 「―――それは、僕たちが嫌いになったってこと?」 そんな永遠に続くかと思えるような沈黙を破ったのは、影のようにひっそりと部屋の隅にいたマーモンである。 いつも冷静な光が満ちている瞳には、混乱と寂寥と怯えの混合物が揺らめいていて。 それを見て、綱吉は微かに眉を寄せて苦笑すると、机から立ち上がって虹たちの前に立った。 そして、すすっと、不安そうに恐る恐る大きな体を自分に寄せてくる息子たちの、あまりにもらしくない態度にその苦笑はさらに深くなる。 もう頭を抱え込んで抱きしめることはできないので、一人一人の頭を腕を伸ばして撫でてやりながら、綱吉は混乱している息子たちに言い聞かせるように言葉をつむいだ。 「俺がお前たちを嫌うはずが無いだろう?世界が終わってもボンゴレが潰れてもありえない。お前たちは俺がどんな犠牲を払っても幸せにしてやりたい、大切な愛しい息子たちだよ」 「・・・それなら、どうして」 「俺がお前たちの“お父さん”だからさ。いや、お前たちが俺にとって“息子”だから、か」 「なに言ってるんだコラ」 意味が分からない、と苛立たしげに首を傾げるコロネロに、綱吉はよしよしと撫でるための手を伸ばしながら応える。 「いつまでも甘やかすのは、お互いよくないってことだよ」 「・・・別に・・・甘やかされた覚えなんて」 「自覚が無い時点で、けっこう甘やかされてるんだってBambino」 「ダメツナの癖に、なめた口をきくじゃねーか」 「そう?腐っても、お前たちより長生きだからじゃないか?」 アルコバレーノは、生まれも育ちも尋常ではない環境である。 生まれたときから闇で生きる術を叩き込まれ、それに何の疑問も抱かずに生きてきた。 それが己の人生であると受け入れて、回りに目を向けることを忘れてしまった哀れな子供。 だからこそ、自分たちを受け入れてくれる綱吉に異常なほど執着する。 自分の認識していた世界とは、全く異なる世界の存在だったから。 それは恋愛感情ではなく、生まれたてのひな鳥と同じようなインプリンティングにすぎない。 「ずいぶんときついお叱りでもくれてやったんですか、アルコバレーノたちに」 「ああ骸、任務お疲れ様。―――さぁ、そうかもね。どうして?」 書類を持って部屋に入ってきた守護者に、ねぎらいの言葉をかけながらボンゴレの支配者は苦笑しながら問い返した。 霧の守護者は、机の上に紙の束を置いてから、唯一の主人の問いに肩をすくめて応える。 「最近見ないからですよ。この間までひっきりなしに交代で姿を見せていたのに」 「ん、書類内容はOKだね、ご苦労様。ああ、そうだねぇ、うん、なんていうか簡単に言うと」 獅子は子を千仞の谷に落とすってことかな。 「では、アルコバレーノたちは千仞の谷を登っている最中なわけですか」 「そうそう、そんな感じ。もっと色々見てこーい、みたいな」 「ふぅん、そうですか」 話をかいつまんで耳にした骸は、満足そうな表情(父性という文字が光り輝いている)をした綱吉を哀れむような表情になった。 「それはいけませんね、綱吉君」 「は?」 「・・・まぁ、君が鈍いのは今に始まったことじゃないですけど・・・次にアルコバレーノたちに会うときは、以前よりも面倒なことになりますよ、きっと」 だって彼らはきっと、恋愛感情を自覚してあなたのところに戻ってくるでしょうから。 お父さん気分の綱吉が、霧の守護者の不吉な予言が的中したと知るのは、数週間後のこと。 父よ! 我が親愛なる父よ! あなたは全てを見、多くを知っている! けれども それを察する術を持たないのだ! Fin. 10000Hitありがとうございました! そして、リクして下さった、じゅり様ありがとうございます! 虹っ子たちは、自分の「好き」がどういう好きかについて考えたことがないくらいツナが好きで、ツナは虹っ子の「好き」は子供が親に向ける好きだと思い込んでたんです。 というssにしたかったんですが、説明しないとわからないssに・・・orz じゅり様のみお持ち帰り自由とさせていただきます。 Back |