親の心子知らず。 「うぅ・・・ムリ、もー無理。俺は寝る、永眠してやるぅぅ・・・」 スーツのままベッドにダイブして、俺は心の底から呻いた。 眠りだ、俺には眠りが必要だ。 アホみたいに高級なスーツが皺くちゃになろうが、ブランド物の女物の香水が鼻につこうが、汗で色々とベタつこうが、そんなことはどうでもいい。 だいたい身の程知らずに喧嘩を売ってきたファミリーが悪い。 そのせいで、どんだけ俺がくだらない報告書や襲撃許可命令の書類にサインをしまくったことか。 無駄に火器だけ豊富に持ちやがって、面倒くさいことこの上なかった・・・。 まあ所詮は中堅ファミリー。 いったん実力行使に訴えれば一瞬だったけど。 ・・・むしろ一瞬過ぎて哀れだった。 あれは壊滅なんて可愛いもんじゃない、粉砕だ粉砕。 というかただの虐めだ。 あぁ、可哀想に。 なにしろ、最近大きなヤマが無かったから、ウチの幹部たちが大はしゃぎをしてしまったのだ。 その結果・・・事後報告書が大量の始末書に次々と化けた。 そんなわけで、ここ一週間、俺は自分の愛人を構う暇どころか、寝る暇も惜しまされて(断じて自発的に惜しんだわけじゃない)過激な部下たちの尻拭いをさせられていた。 ・・・ボスの仕事なんて。けっ。 そして、やっと書類との格闘を終えたと思ったら、今度は半放置プレイ状態だった愛人たちからの呼び出しの嵐に襲われるし。 ―――あ、もちろん、ちゃんと相手はしたよ?女性に恥をかかせるなんてとんでもない! ・・・あ゛ー疲れた。 これは最早寝るしかない。 というか寝ないと死ぬ。 ドロドロに解けた生温いチョコレートみたいな意識が、勝手にぐるぐると思考を回す。 「うぇー・・・」 眠すぎて気持ち悪い。 目を閉じて、ぐでん、となった俺の耳に、寝室の扉が静かに開閉する音が届いた。 気配でわかる。いや、逆か? 気配が無いからわかる。 虹の黄色を担う子供、リボーン。 「おい、ダメツナ。へばってんじゃねーぞ」 ぐいっと腕を掴まれた。 完全に力の抜けた腕は、だらんとしている。 「リボーン、お前どこに行ってたんだよー・・・」 抗争が終わったらさっさと雲隠れしやがってー。 あ、でも、それはみんな一緒かーあはははー。 あ゛ー眠い。 枕に顔を押し付けて、喋っているのか考えているのか分からないまま、目だけで年下の家庭教師を見上げる。 まぁ、読心術なんて反則技持ってるヤツには喋ろうが考えようが一緒か。 「別の仕事が入ってたんだぞ。んなことより臭ぇ、風呂入れ。」 臭いって、なんだ、加齢臭か?まだ20代なんですけど!・・・ぎりぎり。 「違ぇぞ。てめー、女の所からそのまま帰ってきやがったな」 ・・・あーはいはい、俺がマーキングされてんのが嫌なのね。 「ふん」 それにしても読心術って便利だよなー喋らなくても会話が成立するんだから。 風呂、風呂・・・風呂ねぇ・・・。 俺はリボーンに掴まれたままの腕をのろのろと動かして、綺麗に筋肉のついた肩をたたいた。 「風呂連れてって。ついでに洗ってくれるとおじさん嬉しい」 「新手のセクハラか」 ―――そんなこと言ってる割に頬が緩んでるよ、先生。 「うーん、で、一体なんでこんなことに?」 檜と岩で造られた広い湯船に首までつかって体を伸ばし、湯気でかすむ天井を見上げながら、俺はぼんやりとそう呟いた。 まぁ、そんなことを言っている割にかなりリラックスしているんだけどさ。 「たまたまだぞ」 「いちいち気にすんなコラ」 「こんな日もあります」 「ま、たまにはね」 リボーンにコロネロにスカル、マーモンまで、普通に一緒に湯船につかっている。 一見すればほのぼのとした親子の図に見えなくも無いが、俺の左右でのんびりと風呂に入っているのは裏社会で恐れられる虹の色を戴く少年たちだ。 見る人が見れば、そうとう奇妙な図に違いない。 珍しいこともあるもんだ。 顔を合わせた瞬間、毎回とんでもない騒動を引き起こすくせに、今日は妙に静か―――というか素直だ。 ・・・いつもみたいに暴れられたら、今の俺じゃ止められないから良いんだけど。 「そうかーお前たちも大人になったんだよなーもう15歳だもんなぁ・・・」 おっと、思わず涙腺が緩んだじゃないか。 歳か? そんなことを思いはしたけれど、疲れきった俺の頭は、いつも以上に小春日和な具合になっているらしい。 ずいぶんと成長した4人の頭を順繰りに撫でて、頬を緩める。 4人とも不本意そうな顔をしながらも、大人しく頭を撫でられていた。 可愛い可愛い俺の息子たち。 そりゃお前たちは、特殊な能力と環境で育ったから、かなり濃いキャラに育っちゃったけど。 そんでその被害を主に俺が被ってるけど。 それでもお前たちが可愛いんだよ、俺は。 だからごめんな? お前たちのうちの誰かのものにはなれないんだ。 だってお前ら泣くだろう? 俺が誰かを選んだら。 だってお前ら怒るだろう? 俺が誰かを特別にしたら。 だってお前ら―――殺すんだろう、俺を。 俺が誰かのものになったら。 さて、珍しく大人しかった4人の子供たちは、風呂から上がってそのまま爆睡し始めた綱吉を囲んで、その追いの兆しの見えない童顔を覗き込む。 「―――まだ、誰も手を出してなかったみたいだね」 「そりゃぁな。獄寺に手を出すような甲斐性はねぇし、雲雀、山本、骸はお互いに牽制しあった挙げ句膠着状態だ―――それに、この3人はツナも警戒してんだ」 「キャバッローネはどうなんだコラ」 「ボンゴレの信頼を裏切るリスクを負うより、今の関係のほうが得ですからね。動くつもりは無いようです」 「だろーな」 「ボヴィーノの・・・」 「格下は論外だよ」 少年たちの瞳には、確実に少年らしからぬ怪しげな光が煌いていた。 お互いの顔を見れば、今の自分がどんな顔をしているかがわかるほど、少年たちの考えは一致している。 どうやって彼を手に入れる? 無邪気と言えるほどに楽しげな表情で愛しい青年を見下ろしながら、マフィア界の呪われた子供たちはそれぞれの傑出した頭脳をもって思惑をめぐらせる。 風呂で観察した限り、彼はまだ誰のものでもない。 両手に余る愛人はいるかもしれないが、そんなものは数のうちに入らないだろう。 問題は―――。 「「「「やっぱり邪魔だ」」」」 少年たちの形の綺麗な唇が、異口同音に言葉をつむいだ。 生まれ持った能力も呪いも等しい、7人の魂の兄弟。 そして―――腹立たしいことだが―――大空からも等しく愛されている、虹の色を担う存在。 綱吉が少年たちに向けるのは、無償の愛情と慈しみだ。 綱吉には、呪われた虹の子供たちは普通の子供でしかなく、自分の子供とほとんど同じ存在に見えているらしい。 虹の子供たちは、この世に生まれてから今に至るまで、彼以外からそんなモノを受けたことはない。 それだけが、虹が大空を渇望する理由というわけではないが、最早アルコバレーノ達の誰一人として綱吉の存在なしに己の存在を定義し得る者はいないのだ。 きっと、綱吉が誰かを―――アルコバレーノでも、そうでない者でも―――選んでしまったら、残りの虹たちは全力を持って殺すだろう。 この世の何よりも、自分自身よりも愛しい大空を。 それが分かっているから、誰も大空を手に入れられない。 いつか失うことが恐ろしくて。 いつか殺してしまうことが恐ろしくて。 (そう、きっと、それはそれは正確に、いっそ見事なほどに、かけがえのない大空の息の根を止めるだろう。この呪われた異能で) 欲しい。 自分だけを見てくれる琥珀色の瞳が。 消してしまいたい。 誰かを呼ぶ柔らかな声を。 聡い虹は知っている。 広い広い大空は、包むものが多すぎて、決して自分だけのものにはならないことを。 「でもぜってー譲らねーぞ。ツナは、俺の教え子だからな」 「はっそれがなんだコラ。綱吉は―――誰を選ぶ気もねーんじゃねーか」 「そうですねぇ。最近意図的にそういうのは避けられてますし」 「まぁ、やっと警戒心が芽生えたって言う意味では、進歩したわけじゃないか」 追いかけて追いかけて追いかけて。 向き合ったまま離れていく大空を追いかけて。 いつかその差し伸べられた手を掴めるように。 そのためになら、魂の兄弟さえも屠れる自信があった。 「そういうわけで、いつまでも知らねーフリはさせねーからな」 いやー是非ともそういう物騒な思春期事情におじさんを巻き込まないでください。 つか寝たふりバレてたんなら突っ込んでよ、寂しいだろ。 自分の頭上で聞きたくもない話がされているのを、目をつぶって聞き流していた俺は、ぽん、と肩をたたかれて目を開けた。 見上げれば、最高にいい笑顔(と物騒な気配)を伴った、可愛らしい少年が4人。 少年―――? いつの間に、こんな 頭が痛くなってきた。 あぁ、俺はどこでこいつらの育て方を間違えたんだ。 別に育てたわけじゃないけど。 こいつら、本気で殺し合いする気だ 勘弁してくれ、お前たちが喧嘩するのには慣れてるけど――― 息子同士の殺し合いなんて見たくもない。 極め付けに、その理由が俺争奪戦なんて・・・悲劇を通り越して喜劇だ。 あーもう、と起き上がって天を仰ぐと、俺は呆然と(でも心の底から)呻いた。 「お前らもっと健全な恋愛しろよー(ちょっと無理そうだけどさー愛人とか愛人とか愛人とか諸問題で)」 「「「「してるだろ、純愛だぞ純愛」」」」 どこかだどこが!!! 綱吉の絶叫は、伸びてきた成長途中の少年たちの腕の中に消えた。 Fin. 10000Hitありがとうございました! そして、リクして下さった、陸様ありがとうございます! 争奪戦・・・水面下では争奪戦が行われているんですよ・・・(苦しい言い訳) 虹っ子達にもっと動いてもらおうと思ったんですが・・・当サイトの虹っ子は ご期待に添えられたかは分かりませんが、陸様のみお持ち帰り自由とさせていただきます。 Back |