ヴァンパイアの生活苦。


気持ち悪い・・・本当に。
お腹が空きすぎて、気持ち悪いぃぃ・・・。
あ、やばい、世界が回り始め・・・。

ガタン。

「先生ー沢田くんが倒れましたー」
「お、またか。誰か保健室まで連れてってやれ」
「はーい」

二時限目の途中。
教室の右端の机から、色素の薄い髪をした少年がスローモーションのように床に倒れた。
だが、誰もそれに対して騒ぐことなく、近くの男子生徒達が慣れた様子で華奢な少年の体を支えながら、教室から静かに出て行く。
そして、他の教師や生徒達は、何事もなかったかのように授業を再開した―――。

並盛中学2年A組の、日常茶飯事。
それは、沢田綱吉が授業中に貧血で倒れること。




パカリと目を開けると、見慣れた白い天井と、嗅ぎ慣れた消毒液の匂いがして、俺はまた保健室のお世話になっているという状況を認識した。
ああ、まったく、俺というヤツは。
どうして結局、ここに至ってしまうのか。

「目が覚めたか、ダメツナ」
「―――・・・リボーン」
「先生をつけろ、先生を」

自己嫌悪しながら俺が溜め息をつくのと、白衣に縁なしメガネをかけた、顔は良い(本当に目茶苦茶良い)のに意地の悪い養護教諭が声をかけてきたのは、ほぼ同時だった。

並盛中学 養護教諭 リボーン。

すっと通った鼻筋に、切れ長の瞳、やや皮肉げにつり上がった形の良い唇と、きめ細やかな象牙色の肌をした、校内で知らぬ者はいない美貌を誇る男。
医師免許を持ちながら、学校医ではなくあえて養護教諭をやっている奇特な男。

そして―――。

「意地を張らねーで、倒れる前に俺に縋れば良かっただろーが」

俺のように、人の血液を栄養源にするヴァンパイアに、対価をとって血液を供給する“契約者”の候補。




強盗だの殺人だの銃撃事件だのと、最近は何かと物騒だ。
そのせいで、人の警戒心は研ぎ澄まされ、暗い夜道は少なくなり、最近のヴァンパイアは食糧入手に四苦八苦している。
そのご多分に漏れず、俺も血液不足に泣かされるヴァンパイアの一人だ。
仲間の中には、思いあまって献血車を襲う人非人(もともと人じゃないけどさ)もいるけれど、俺には一応良識があるし、そんな度胸もない。

ということで、最近のヴァンパイアの多くは、ヴァンパイアに理解があって、なおかつその血液を提供しても良い、という人間と契約して食料を得ている。
ちなみに、ヴァンパイアは、血液を貰う代わりに“契約者”に対価を支払うのが決まりだ。
ほとんどの人間は富や名声なんぞを求めてくるもんなんだけど―――。

俺の“契約者”候補(今のところ、あくまで候補。血は貰ってるけど)は質(タチ)が悪い。
彼の求める対価は、“俺自身”だとかぬかすんだから。




「・・・―――はぁ・・・」

しんと静まりかえった保健室に、体液特有のくちゃりとした音と、俺の喉が血液を嚥下する音だけが響く。

どれだけ嫌がっても、本能はリボーンの放つ極上の血の臭いに正直に反応してしまうのが、とてつもなく悔しい。
傷一つ無い男の首筋に牙を立てて、一ヶ月ぶりの食事にありつきながら、俺はそんなことを思った。

リボーンの血は美味しい。
最上級の味だと断言出来る。
だから、初めはその極上の香りに惹かれて近づいたんだ。

なのに―――

「―――こんなに底意地の悪いヤツなんだもんなー」
「てめぇ、思う存分人の体液啜っといて何言ってやがる」
「うげ、体液とか言わないでよ、生々しいだろ」
「血液ならいーのか」
「食糧、とか・・・?」
「ほーう」
「いたたたた!!!」

俺が首を傾げながら言った言葉に、リボーンの万人が認める美貌が引きつり、次いで大きな手が俺の左右の頬を引き延ばし始めた。
自分の椅子に腰掛けたリボーンの膝を、俺が跨ぐかたちで向き合っていたから、さぞ引っ張りやすいことだろう。

「ちょっと、痛いってば!!」
「人様の血液を言うに事欠いて“食糧”だ?お前の語彙力はどーなってやがる、このダメツナが」

その後しばらく引っ張ってから、満足したらしいリボーンは頬から手を離した。
ひりひりする頬を撫でながら、俺は膝に乗り上げているため、いつもよりも近い視点でそんな男を睨み付ける。
けれど、涙目になっているだろう俺の睨みが、傲岸不遜傍若無人を地でいく男に対して効を奏したことは一度もない。
案の定、鼻で笑い飛ばされた。
ああ、まったく、本当に嫌なヤツだ。

それなのに、こんなに極上の血と―――最高に俺好みの顔をしているなんて。

現に今だって、久しぶりに至近距離で見たリボーンの顔に見惚れている。
そんな俺を、リボーンはもう一度鼻で笑って、ゆっくりと抱き締めた。
抱き締められて肩口に顔を埋めると、消毒液の匂いに混じって彼自身の香りが鼻を掠める。
それがまた俺を安心させる香りで。

「ダメツナのくせに、意地なんて張るんじゃねー。また倒れるぞ」
「・・・だって」

なぜ、こんなにも俺が自分の“契約者”候補のリボーンに反発をするかって?
それは、こいつが。

「ヴァンパイアハンターと契約しかけてるってだけで、十分常識外れなのに・・・」

ヴァンパイアが“契約者”に惚れるなんてことになったらどーしてくれる。
普通なら逆のはずなのに。
リボーンの顔が俺の好みにクリーンヒットするのがいけないんだ。



―――そう、リボーンは代々続くヴァンパイアハンター一族の人間だ。
本来は敵対こそすれ、ヴァンパイアと契約関係になるはずがない人間だ。

それなのに。

「いーだろ、別に。俺一人ヴァンパイアハンターにならなかったからって、困るわけじゃねーんだから」
「―――ヴァンパイアを野放しにするだけじゃなくて、助けてさえいるくせに?」

俺の頭を撫でながら、本当にどうでも良さそうにリボーンは言い放った。
肩口に顔を埋めたまま、俺がそう言っても、彼はいつもの食えない笑みを浮かべるばかり。

「真面目にハントするより、生活苦に悩んでるヴァンパイアが人様に迷惑かけねーように食い止める方が、よっぽど生産性があると思うぞ?」
「・・・確かに」
「最近は人が多い。どれがヴァンパイアかなんて、目をこらして探さねーと分かんねーんだ。それなら、ピンポイントでヴァンパイアを自分の側に置いてた方が良い」
「ふーん・・・?」

じゃあ一応、俺の“契約者”候補になったのは、ハンターとしての義務感からなのか。
何故だろう。
そう思ったら、とても胸が痛くなった。

やばい、泣きそう。

俺が肩口に顔を押しつけたのを不審に思ったのか、リボーンが顔を覗き込んできた。
そして、俺の顔を見て、珍しく当惑したような表情をする。

どんな表情を浮かべても、リボーンの顔は格好いい。
・・・とか思うあたり、俺ってどーなんだろう、一端のヴァンパイアとして。

「なんだ、何泣きそうな顔してやがる」
「別に」
「・・・―――ああ、なるほど」

ぶっきらぼうに応えると、リボーンはしばらく考えた後、ニヤリという効果音がピッタリな意地悪そうな笑みを浮かべた。

「お前、勘違いしてねーか」
「何をだよ」

「俺の血は、義務感だけで他人にやれるほど安くねーぞ」

そう言って笑ったリボーンの顔は、掛け値無しに美しかった。
思わず赤面して黙り込んでしまうくらい。




そろそろ認めなきゃいけないって、わかってる。
どれだけ意地を張ったって、どれだけ空腹を我慢したって、曲がらない純然たる事実を。

血を飲まなきゃ生きていけない。
血液不足に悩んでる。
“契約者”が必要だった。

そんなの言い訳だって。

俺は

俺は―――

「好きだよ、リボーン。お前がいないと生きていけないくらい」

生きていけない。
物理的にも、精神的にも。

「だから、俺の物になって。―――対価に俺をあげるから」

そう正式に契約する言葉を紡ぎながら、俺は初めて自分の“契約者”を抱き締めた。




生活苦、ねぇ。
まあ、最近の生活苦は、食事を散々焦らされたり、次の日立てないくらい色々されたりしてることかな。
あと、時々ものすっごくからかわれたり意地悪されたりもする。

でも。

とりあえず、お腹は一杯。
ついでに、胸もいっぱい。

あー、俺、そろそろ幸せ太りしそう、とか思うくらいに。

だってほら、何だかんだ言っても、リボーンは相変わらず格好いいし、(最近気付いたけど)実は優しいし、何よりとっても美味しいから。


Fin.

10000Hitありがとうございました! そして、リクして下さった、桜華様ありがとうございます!
ご期待に添えたかは分かりませんが、桜華様のみお持ち帰り自由とさせていただきます。

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