お父さんは職業不明


綱吉が、嫌がらせかと思うほどの量の課題を、父親に見て貰いながら終えたのは、夕食を挟んだ深夜のことだった。

「終わったー!!」
「・・・ま、ダメツナの割りには頑張った方なんじゃねーのか」

歓声を上げて体を伸ばした綱吉に、リボーンは彼なりの労いの言葉をかけて、静かに立ち上がった。

「ツナ、先に風呂入ってこい」
「あ、はーい。教えてくれてありがとうリボーン」
「・・・ま、たまにはな」

息子の、潤んだ瞳が付加された勉強教えて教えて攻撃に、これまたしっかり撃沈したリボーンは、少しだけ複雑そうな顔をしながら部屋を出て行く。

パタン、と扉が閉じると同時に、綱吉は机に突っ伏した。

「不毛だ・・・」

血が繋がっていないとは言え、綱吉がときめいている相手は父親である。
しかも、かなり女性受けの良い端整な顔立ちをした。
―――時々、女性物の香水の香りを纏って深夜に帰ってくる父を、綱吉は見て見ぬふりをしている。

「でもなぁ・・・好きなんだよなぁ・・・」

久しぶりの外泊のために、通常の倍以上の速度で課題を終わらせてしまうくらいに。

「お風呂・・・入ろ・・・」

稼働限界を迎え始めた頭が重い。
そんな頭を抱えて、綱吉はよろよろと立ち上がると、覚束ない足取りで部屋を出た。




「ったく・・・あのダメツナ、俺の忍耐を試してんのか」

電気がついていない、暗い居間。
大きなプラズマテレビの前に置かれた、上質な本革ソファに身を任せて、リボーンは静かに毒づいた。
遠くから、シャワーの音がしている。

その音だけで、邪な妄想をかき立てられるあたり、仮にも父親を名乗る人間としてどうなのだろうか。

いつからか、自分の、綱吉を見る目がおかしくなっていた。

あの親友が大切にしていた息子。
そして、自分にとっても、かけがえのない、大事な、愛すべき息子―――だったハズだ。

いつから、欲望を持った目であの息子を見るようになったのか。

何度も自分に問い掛けた疑問を、無駄に回転効率の良い自分の頭に投げる。
けれど、リボーンの、明晰な頭脳が弾き出す答えは、いつも決まった単純なもので。

―――いつの間にか、そうなっていた、と。

一緒に眠る夜の、ふと目覚めた夜中の寝顔。
仕事で疲れ果てた時の、何も知らぬ無邪気な笑顔。
安心しきってもたれ掛かってくる、子どもらしい心地よい体温。
迷い無く伸びてくる、白い小さな手。
好意と憧憬の光に満ちた、琥珀色の大きな瞳。

綱吉の存在そのものが、リボーンの気付かぬ間に胸の深い場所にするりと滑り込んできて、いつの間にかしっかりと根付いてしまったのだ。
初めは、同業者だった親友の息子だったから、引き取ったに過ぎなかったのに。

「リボーン?どうしたの、電気もつけないで」

珍しく、気配に気付かないほど考え込んでいたリボーンは、思考の大半を占めていた息子の声にはっとした。
振り返れば、廊下の眩しい電気を背に、風呂上がりらしき綱吉が訝しげにこちらを見ている。

「―――いや」
「・・・電気、つけても良い?」
「ああ」

息子の遠慮がちな声に返事を返すと、すぐに部屋に煌々とした光が満ちた。
それを一瞬だけ眩しそうに瞳を眇めることで受け入れて、リボーンは可愛い息子を見る。
いつもと違う父親の気配を感じ取っているのか、いつもならベッタリとくっついてくる息子は、所在なさ下に扉のところに立ったまま。

「どうした?」

努めて優しく問うてやれば、やっと安心したのか、綱吉はふるふると首を振ってソファに座ったリボーンの首に後ろから手を回して抱きついてきた。

綱吉はスキンシップが好きだ。
それは、早くに母親の体温を喪った彼の癖のようなものなのだろう。

まだ全然乾いていない髪から雫が落ちて、リボーンの首筋を濡らす。

「・・・風呂から上がったら、髪を乾かせと言っているだろう」
「―――うん」

でも、リボーンに乾かして貰うの、気持ちいいから。

鼻先を甘えるように首筋にすり寄せながら、綱吉はポツンと呟いた。
すると、リボーンは仕方がないと言いたげな溜め息をついて、綱吉が肩にかけているタオルを手に取る。
そのまま、身をよじって息子の脇に手を入れて抱き上げ(自分の息子は中学生にもなって、どうしてこうも華奢なのか)、前を向かせつつ膝の上に座らせた。
そして、柔らかいタオルで、水分を含んでしっとりとした薄茶の髪を拭っていく。

優しい、けれどどこか息苦しい沈黙が、居間に満ちた。



リボーンに髪を拭かれるのは、とても気持ちが良い。
大きな手と、長い指が、とても丁寧に頭を行き来する感覚は、とても眠気を誘う。

その優しい手つきに、いつもと同じくうつらうつらとし始めた綱吉は、自分の背中をリボーンの広い胸板に任せた。

「拭きにくい」
「だって、眠いー・・・」

父の突っ慳貪な言葉に、ろれつが回らなくなり始めた口で答えて、瞳を閉じる。
不平を言いながらも、リボーンは決して綱吉の眠りを妨げようとはしない。
それどころか、髪を乾かす手つきはより一層優しいものとなった。

とくん、とくん、と規則的に聞こえてくる耳慣れたリボーンの鼓動。
全身を包み込むような、体に馴染んだリボーンの体温。
まるで宝物を扱うかのごとき、頭を行き来する繊細な手つき。

リボーンに大切に守られているんだと実感する、至福の時間。

だんだんと眠り始めた綱吉は、その全てに満たされて、ふんわりと幸福な笑みを浮かべて呟いた。

ああ、やっぱり、好きだなぁ・・・。

「りぼーん・・・だいすきぃ・・・」

そのまま意識を手放した綱吉は、その言葉にピタリと動きを止めた父の手に気付くことはなかった。



「はぁ・・・」

くーくーと、膝の上で無邪気な顔をして眠る息子を抱えて、リボーンは深い溜め息をついた。

昔から、綱吉は何度もリボーンに向かって大好きだと告げてきた。
それは父親に向けるもの、というよりは、この世で唯一自分を無償で愛してくれるであろう人間に向けた言葉。
無邪気で、甘くて、優しい、親愛の言葉。

けれど、いま、綱吉が口にした言葉には、隠しようもない情愛の色が含まれていた。
―――伊達に女を渡り歩いてはいない、それくらいはわかる。

「・・・ツナ、・・・綱吉」

無意識のうちに、腕の中の華奢な体を抱き締めて、リボーンはその名を呼んだ。
彼にとって、この世で最も愛しい―――世界と引き替えにしても構わないほどに大切な存在の名。

その名を、まるで尊い何かに祈るように口にしながら、今まで、どれほどの地獄をくぐり抜けてきただろう。
―――今は亡き、綱吉の実の父親と同じように。

「―――お前がいるから、俺は、生きているんだぞ」

血に濡れた己の人生に絶望することなく、紅が染み込んだ己の手に打ちのめされることなく。
自分の仕事の無残さに発狂することなく、ただ、生き残るために―――生きて、愛息の元に帰る、それだけを胸に刻んで。
何を犠牲にしてでも、生きようとしてきた。

それほどに、今でも十分リボーンの中で大きな存在だというのに。

「これ以上、お前が“特別”になったら―――」

俺は、確実にお前を不幸にする。

きっと、喪うことを恐れて、今以上に綱吉を外に出さなくなるだろう。
下手をすれば、鎖をつけて部屋に繋ぎかねない。

「それでも―――」

リボーンが、いつか息子に見せるだろう、彼の汚く暗い部分を見ても、尚、綱吉がリボーンを好きだと言うのなら―――。
その時は

「俺が、目茶苦茶に愛してやるよ」

息子の細い首筋に、吐息のように囁いて、リボーンは静かに口づけた。


Fin.


10000Hitありがとうございました!そして、リクして下さった、イチ様ありがとうございます!
親子パロ風味・・・味わって頂けたでしょうか??(かなり不安げ)
ご期待に添えたかは分かりませんが、イチ様のみお持ち帰り自由とさせていただきます。


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