君の視覚を僕の姿で満たして
君の聴覚を僕の声で満たして
―――君の五感を僕で満たして。
僕の世界が君だけであるように
君の世界も僕だけであればいい。


ぼくのせかいはきみがはじまり


僕の世界は、君が始まり。
君が僕の世界に色を与え、僕の世界は時間の連続ではなくなった。


携帯の着信イルミネーションが、大理石の重厚なローテーブルの上で無愛想に明滅した。

「Pronto?」
『・・・』
「・・・ツナ、どうした?」

大きなソファにしなやかな体を沈めた黒髪の青年は、無言のままの通話相手に向かって穏やかに声をかける。

電話の向こう側にいる唯一の主人が、何の目的で電話をかけてきたのか。

青年はその理由をよく知っていたが、あえて口にすることはなく相手の返答を待った。

『・・・なんでもないよ』

久しぶりに耳にした悔しそうな愛しい声に、青年は口元で美しい弧を描いた。




リボーンが長期任務で綱吉の元を離れたのは、地中海の乾いた風がイタリアの大地に吹き渡る夏のことだった。
そして現在、ニューヨークのロックフェラーセンターには巨大なクリスマスツリーが飾られている。
つまり、半年ほど離ればなれなのだ。

そろそろ、淋しさを紛らわすための幹部との遊びに飽きた綱吉から電話がかかってくるだろうことは、簡単に予測出来た。
―――そういう風に、リボーンが育てたのだから。

綱吉にとって、自分という存在はなくてはならない精神安定剤(という言い方は、綺麗すぎるかもしれない。むしろ、麻薬と言った方が良いだろう)のようなものだから。

『3つのギャングを潰すためだけに、どれだけ時間をかけてるのさ。世界最強のヒットマンは』

不満そうな声音に、淋しさが見え隠れしている綱吉の声。
その声にぞくぞくとした愉悦と、満足感を覚えながら、リボーンは殊更甘い声で囁く。

「他の仕事もついでに片付けてたら長引いたんだぞ。―――雲雀たちと遊ぶのに飽きたのか?」
『・・・分かってて言ってる?』
「さぁな」

『早く帰ってきて。―――俺は、リボーンじゃないと、駄目なんだ』

リボーンの望む言葉を、自分の意思で言った綱吉は、そこでプツリと通話を切った。
恐らく、自分で自分の言った言葉に恥ずかしくなったのだろう。

綱吉のその言葉だけで、リボーンは自分の中に激しい情動が沸き上がっていくのを自覚した。
彼はいつだって、最強のヒットマンを最も翻弄し最も満足させる存在なのだ。

昔から、それこそお互いに子どもと呼ばれる年齢から傍にいた。

その頃から最も近い場所で、リボーンは綱吉を見つめてきた。
綱吉はその存在をもって、リボーンの灰色の世界に鮮やかな色を与え、世界を意味あるものへと変えた人間。

最強の死神の世界の全ては、マフィアの帝王に端を発しマフィアの帝王へと回帰する。

だから、「死神」は愛する「帝王」の世界もそうであればいいと願った。




随分と、年甲斐もなく恥ずかしいことを言ってしまった。
イタリアンマフィアの最高峰、ボンゴレファミリーを統べるゴッドファーザーは、年齢に似合わぬ幼い顔立ちを微かに赤らめながら受話器を置いた。

今年で35歳になるとは到底思えないほどの、若く瑞々しい容貌をしたドン・ボンゴレは、マフィア界の奇跡と賞賛されている。
影で男娼と嘲笑う声が無いわけではないが、それ以上に、彼の虜となった者達からの賛美の声は多い。

「アルコバレーノに電話ですか?」

僕を呼んでおいて、酷い人ですねぇ。

受話器を置いて机から立ち上がった綱吉は、拗ねたような声に軽く笑みを浮かべて守護者の名を呼んだ。

「ごめん、骸。もう少し時間がかかるかと思ったんだ」
「あなたに呼ばれたのに、僕が他の何かを優先するとでも?」
「いいや、骸はきっとそんなことはしないんだろうね」

くすくすと妖艶に微笑んで近寄ってくる主を抱き締めて、骸は切なさと諦めを多量に含んだ溜め息をついた。

我らがドン・ボンゴレは、彼の最愛のヒットマンがいない間の淋しさを、彼に忠誠を誓った守護者達に紛らわさせる。
今回のリボーンの遠征は長期に及んでいるから、すでに守護者全員が一度はドンのお相手をしていた。
―――守護者は全員が誇り高い男達ではあるのだが、その誇りを上回る感情を、彼らの唯一の主に抱いていて。
だから、身代わりと承知で綱吉の相手をする。
一瞬でも、彼の身体を征服出来るのなら、誇りを捨てるなど安いものだ。

今日も守護者は、帝王の淋しさの相手をする。

決して、帝王の世界を染め上げる死神には勝てぬと知りながら。

「本当に、酷い人だ」
「―――・・・うん、そうだね」

骸の囁きは、きっと綱吉がリボーンに向ける呟きと同じくらい、もどかしさに満ちた慟哭だった。




離れられない、離せない。

お前が傍にいないだけで、俺はまともに息さえ出来ない。

足りない、足りないんだ。

まるで、お前の異常な独占欲に侵されてしまったかのように。

お前の世界には俺しかいない。
一番も二番もなく、ただ俺だけ。
お前が求めるのは俺だけで、お前が見ているのも俺だけ。
俺以外なんて、お前には 「見えていない」 。

そんなお前に、そんなお前の想いに、自分の全てを捧げる以外で俺が応えられる筈もなく。

いつの間にか、俺はお前がいないと生きていけないヤツになっていた。

酷いヤツ。

俺をこんな風にしておいて、自分は何でもないような涼しい顔をして。
薄い皮一枚剥げば、俺と同じように執着心と独占欲でドロドロなくせに。
俺がいないと生きていけないのは、お前だって同じだろうに。

いつから、俺の世界はお前一色に染め上げられてしまったんだろう。

お前に出会う前の俺の世界は、こんなに狭く汚いものではなかった。

ああ―――これではまるで。




僕の世界は、君が終わり。
君が僕の世界の全てを奪い、僕の世界は君だけしか残らなかった。




「ツナ、俺を見ろ。俺を聞け。―――俺以外の何をも知るな」

死神の、世界の終焉を告げる声が、守護者の腕でまどろむ帝王の鼓膜を揺さぶった。


Fin.

10000Hitありがとうございました! そして、リクして下さった、はと子様ありがとうございます!
書き終わって気付きました・・・リボ様とツナ、直接会ってすらないよ!(ひぃっ)
はと子様のみお持ち帰り自由とさせていただきます。

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