Prima il dovere poi il piacere


リボーンが珍しく子どもらしい行動を取ったのは、暑さが過ぎて少しだけ肌寒くなった頃のことだった。

その頃綱吉は、本格的に大学受験を目標に据えた勉強体制に入っていた。
毎月どこかの大手予備校で全国模試が行われ、校内でも模試が行われている。
模試の結果が返却されるたびに、綱吉は一喜一憂しながらリボーンの顔色を窺っていた。

あの勉強嫌いだった綱吉も、最近では勉強に対してかなりストイックになり、リボーンの逆鱗に触れるような惨憺たる結果は出さなくなってはいたけれど。

何しろ、相当な無理を言って、日本の大学に通わせて貰うのだ。
九代目を初め、ザンザスやヴァリアーの面々、果ては同盟ファミリーのディーノの手まで患わせることは目に見えている。
それでも日本の大学に通いたいと願い出た以上、浪人など以ての外。
第一志望に受からないことには、綱吉の(もともとあるかどうかすら不明な)面目が立たない。

そんなわけで、綱吉は学校から帰れば机に向かい、休日も(家にいると子ども達の相手を強制的にさせられるため)図書館の自習スペースの常連となっていた。
つまり、それだけ家にいる時間も短くなれば、家の子ども達とゆっくりする時間も短くなってしまうわけで。


「・・・―――リボーン?」

意外と重いんですが。
お前も成長してるんだな。

参考書やプリントで埋まった勉強机ではなく、低い折りたたみ式の座卓で勉強していた綱吉は、無言で背中に寄り掛かってきた子どもの名を訝しげに呼んだ。

「なんだ」

背後から綱吉の腰に腕を回す格好でへばり付いている子どもは、教え子の問い掛けに平素と何も変わらぬ平坦な声で応える。

「どうかした?」

体温調節が上手くできないせいか、子どものわりに低めの体温をシャツ越しに感じながら、綱吉は身体を捩ってリボーンへと顔を向けた。
しかし、背中に顔を押しつけているリボーンの形の良い頭しか見えない。

ぐりぐり。

子どもの小さな頭が、そんな効果音付きでさらに綱吉の背中にすり寄せられる。

ぎゅう。

しかも、華奢な子どもの腕は、綱吉の腰をしっかりと抱き締めていて。

「どうしたの?」

もう一度問うても、リボーンからの返事はない。
それを見て綱吉はシャーペンから手を離すと、身体ごと後ろを振り返って膝の間に子どもを抱えるような姿勢をとった。
そしてあやすように優しくリボーンの背中を叩く。
すると、小さな身体から力が抜けて、こてん、と綱吉の太股あたりに頭を寄せて寝転んだ。

珍しい。
リボーンがこんなに素直に綱吉との接触を許すなんて、天変地異の前触れでは無かろうか。
そんな風に思いながらも、こんなに甘えてくるリボーンが嬉しくて、自然と頬が緩んでいく。
綱吉は、細くて柔らかい子どもの髪を梳いてやりながら、久しぶりに思考から勉強を追いだしてリボーンの顔を見下ろした。

気持ちよさそうに下ろされた瞼。
頬に影を作るほど長い睫毛。
安心したように弧を描く口元。

どのパーツも小さくて、でも、とても綺麗な造りをしている。

ああ、可愛いなあ。
出会った頃は恐怖の対象でしかなかった家庭教師が、どうして今はこんなにも愛しく思えるのだろう。

さらさらと指の間をすり抜けていく黒髪さえ、綱吉の微笑みを誘う。

そして気付いた。

「リボーン、俺・・・最近お前とあんまり話してなかったな」
「―――」

無言の返事に、更に笑みを深くして、綱吉はリボーンの額に口づけた。

ごめんな、放って置いて。
寂しかったんだろ?

そんな謝罪をすれば、誇り高いリボーンの怒りを買うことは目に見えていたので、口づけに全てを込めて。
ちゅ、と優しく降ってくるキスに、膝の上の子どもはどこか面映ゆそうに、しかし幸福そうに微笑んだ。

そのまま眠りに就いてしまった子どもを膝に乗せたまま、綱吉は勉強を再開する。

イタリアに行けば、専任の家庭教師による教育カリキュラムが組まれていて、受験勉強以前に大学に行く必要すらなかった。
だから、これほど追い詰められた気分で勉強をする必要もなかったのである。

けれど、専任の家庭教師はリボーン一人ではない。

綱吉はそれが嫌だったのだ。
良くも悪くも、綱吉にとっての家庭教師はリボーンただ一人。
それ以外の人間に勉強を強要されるなんて、出来れば御免被りたい。
何より、今まで以上にリボーンと一緒にいられる時間が少なくなるなんて、寂しすぎる。

そんな利己的な理由で、綱吉は日本に残ることを希望した。
―――もちろん、周囲を説得した建前は違ったけれど本音なんてそんなものだ。

この受験を無事に終えれば、今までよりはリボーンや他の子ども達の傍にいることが出来る。

たとえ4年間という限られた期間でも、一緒に。

山本や獄寺にしてみたってそうだ。
イタリアに渡れば、今のような平穏さは希少なものになってしまうだろう。

「ねぇリボーン、俺は、お前ともっと一緒にいたいんだ。もっと一緒に、色んなことがしたいんだ」

それは例えば、のんびり散歩をすることだとか、一緒にどこかに遊びに行くとか、そんな些細なもので構わない。

「―――あぁ。勉強が終わったらな」
「・・・うん、頑張るよ」

綱吉の独り言に、膝の上から返事が返る。
いつの間にか開いていた漆黒の瞳を見下ろして、綱吉はにっこりと微笑んだ。

「そんで、もーっとイチャイチャしような」

語尾にハートマークが付いていそうな、教え子のうきうきした言葉に、家庭教師は無言で愛銃を突きつけた。

「馬鹿言ってねーで、さっさと勉強しやがれダメツナ」

そんで時々は俺に構え。

素直になれない子どもの言葉にならない声を、リボーンに対してのみ鋭い綱吉の心の耳は聞き逃さなかった。
にへらっと愛想を崩して、膝の上から起きあがったリボーンを抱き締める。
ジャコッと黒い鉄の塊が頭に向けられたが、そんなものは幸せな気分に任せてスルーして。

「あーもう、大好き」

「死ね」

その後しばらく、綱吉の部屋から銃声と悲鳴が上がったが、そんなものは沢田家では日常茶飯事なので誰も気にも留めない。

高速で飛んでくる銃弾を、必死で避けてる綱吉の表情がどこか楽しそうなものだとか、容赦なく正確に急所を狙って撃っているリボーンの耳が、微かに赤くなっているだとか、そんなことには誰も気付かなかった。




Prima il dovere poi il piacere
義務が先、お楽しみはそれから。

「あー早く終わらないかなぁ〜」

リボーンやランボ達を構い倒して、ごろごろ一緒に日向ぼっこしながら眠る。
もはや綱吉の頭の中は、勉強のことと、呑気で平和な願望で占められていた。

最近、勉強中の綱吉の膝では、時分の場所だと言わんばかりにリボーンが眠っている。

時々その髪を梳きながら、綱吉はマークシートを塗りつぶしていった。


Fin.

10000Hitありがとうございました! そして、リクして下さった、トイロ様ありがとうございます!
甘みよりもほのぼのが強く出てしまいましたが・・・いかがでございましょう??
トイロ様のみお持ち帰り自由とさせていただきます。

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