ある日、 笑いながらキスをされた。 ある時、 深い孤独と寂しさを知った。 だから、 堪らなくなって抱きしめた。 あの、神様みたいに綺麗な顔をした、奇跡のような存在を。 少しでも、幸せになって欲しいと思ったから―――。 Happiness 神に愛されたとしか思えない、ずば抜けて優れた頭脳と整った美しい容姿のリボーン。 綱吉は、面と向かって接するまで、そんな彼のことをすべてに恵まれた幸せな人間なのだと思っていた。 そう、深い深い、絶望にも似た闇色の瞳を見るまでは―――。 彼は、リボーンは、良くも悪くもたった独りだ。 誰よりも優れ、誰よりも秀でているからこそ、誰も彼の横に並び立つことができない。 その、人智を越しているからこその主人の孤独に綱吉が気づいたのは、出会ってから1年が過ぎた頃だった。 その頃、リボーンの父である領主が体調を崩し、次期領主のリボーンが仕事を代行していた。 ―――日に日に領主の容態は悪化し、誰もが彼が死の床に就いたことを悟っていた。 そんなある日の夕暮れに、仕事に明け暮れていたリボーンがポツリと独白めいた言葉を綱吉に零したのである。 「じぃさんが逝ったら・・・誰もいなくなるな」 俺と対等に向き合えるヤツが。 主人の横の机で書類の整理をしていた綱吉は、傲岸不遜な主人の珍しい言葉に仕事の手を止めて顔を彼の方へと向けた。 ちょうど夕日を背にしていたリボーンの顔は影になっていて窺い知れない。 けれども、その姿に今まで感じたことのない寂寥を感じ取って、思わず椅子から立ち上がった。 そして、リボーンが座っている椅子の横に立てば、とん、と形の良い頭が綱吉の下腹部辺りに寄りかかってくる。 綱吉がそっと黒絹のような髪に指を絡めても、潔癖な主人のお咎めはとんでこない。 髪の影になって主人の表情はやはり分からなかったが、今、この主人に触れる手を引いてはいけない気がした。 淋しい、寂しいね―――。 唐突に、綱吉の胸にそんな痛いほどの孤独感が押し寄せてきて、思わず自分よりも成長速度の速いリボーンの体を抱きしめる。 「リボーン・・・」 名前を呼ぶことしか出来ないけれど。 お前と並び立つことは出来ないけれど。 傍にいることぐらいは、ダメな俺にだって出来るはずだよな。 主人の肩に精一杯腕を回しながら、綱吉は始めてリボーンに自分から近づけた気がした。 それから暫くして、綱吉にとっても第二の父親のような存在だった領主が亡くなった。 その2日後、リボーンは名実ともに広大な領地を治める領主となり、今まで以上に増えた仕事を黙々とこなしていた。 綱吉は文字の読み書きができ、ある程度の計算能力も有していたが、高次元の行政関係に関与できるほどの能力は持っていない。 だから、リボーンが領主になったことによって、行政や経済に関連した仕事の比率が増えたため、主人の傍にいる機会が少なくなっていったのである。 それでも、今まで通りリボーンの私的な時間の殆どは綱吉のために費やされていたけれども。 一緒にゴロゴロと寝台の上で過ごしたり、何を話すでもなくそれぞれ好きに本を読んでいたり、街に出かけて市場や広場で羽を伸ばしたり。 相変わらずリボーンは不遜な態度で、相変わらず綱吉は主人にからかわれて遊ばれていて、しかしそこには、以前にも増した心の繋がりがあった。 其処に在るのは、リボーンが一方的に綱吉を求めるのでもなく、綱吉がリボーンに寄りかかるのでもなく、お互いに伸ばし合った手を繋ぎ合っているような、曖昧で暖かな絆。 それは、リボーンが綱吉に見栄を張るのを止めたからで、綱吉がリボーンという特異な存在を正確に認識したからこそ築けた絆である。 リボーンにとって、綱吉は希望。 ずっと傍にいて欲しいと、ずっと笑っていて欲しいと願う唯一の存在。 自分のプライドを曲げてまで、弱い部分を晒すことの出来る、稀有な存在。 綱吉が幸せなら、それ以上の幸福は無いと言い切れるほどに、大切に想っていた。 綱吉にとって、リボーンは光。 ずっと傍にいたいと、ずっと幸せでいて欲しいと願う唯一の存在。 自分をどんなに卑下してもなお、近づきたいと切望する、眩い存在。 リボーンが幸せなら、それが自分にとっての至福だと断言できるほどに、大切に想っていた。 ―――それ故に。 「おめでとう、リボーン」 「―――ああ」 23歳になっても童顔な綱吉が微笑めば、同い年でありながら随分と大人びた雰囲気になったリボーンがぶっきらぼうに返事を返す。 見れば、主人の書類を捲る手つきは乱暴で、彼が今の状況をそれほど喜ばしいとは思っていないことが如実に伝わってきた。 変なところで子供っぽい、と苦笑しながら、綱吉は軽く肩をすくめた。 「駄目だろ、新郎になるヤツがそんなに仏頂面だったら。京子ちゃん、滅茶苦茶美人で頭が良くて―――お前にもったいないくらいのお嫁さんなんだから、さ」 「てめー、自分の主人に対して・・・」 「はは、まぁまぁ、俺とお前の仲じゃんか」 ひらひらと手を振って笑うお側役にため息をつきながら、リボーンは書類を読み進めていく。 「お前の幼馴染なんだってな」 「うん、そうだよ。町でも人気あってさーみんなのマドンナって感じ?」 「ふぅん。・・・で、これは失恋ってーことになるのか、お前にとって」 随分際どい質問を投げかけてくるな、と綱吉は内心で呟きながら、それでも柔らかな笑みを浮かべ続けた。 失恋? 俺が、京子ちゃんに? それとも――― お前に? そんな馬鹿げた話があるものか。 「さぁ、どうなんだろ?少なくとも、俺は憧れ以上の感情を京子ちゃんに持っていたつもりは無いけど」 「・・・そうか」 少しだけほっとしたような(外見上はあまり変化が見られないけれども)リボーンは、手にしていた書類を机の上に放る。 そして多少険のある眼差しで、もう10年ほどの付き合いになる自分のお傍役を見た。 「で、てめーは、俺が知らないとでも思ってんのか」 「え?・・・あー・・・ああ、はいはい。なんだ、知ってたんだリボーン」 「自分の側役の慶事を知らねーわけがねーだろーが」 なめんなよ、と言う主人に、綱吉は大げさな動作とともに琥珀色の瞳を眇める。 「わぁ、なんかリボーンに“慶事”とか言われるとすごい違和感」 「死にてーのか、ダメツナ」 「いや、結婚目前にハルを未亡人にするわけにもいかないって」 「ふん、生意気言いやがって」 「俺とお前って同い年だよな?」 「未だに10代に間違えられるお前と俺を一緒にすんじゃねーぞ」 「これは母さんの凶悪な童顔遺伝子を引き継いだからなぁ・・・まあ、それは良いんだけどさ、リボーン」 ポンポンとテンポ良く続く会話を、綱吉はふっと途絶えさせて、まっすぐな瞳で約10年仕えてきた主人を見つめた。 その真摯な眼差しを受けて、リボーンも、その奇跡のような美貌を真剣なものに変える。 一対の琥珀と黒曜石が、自分にとって唯一無二の存在をその瞳に映した。 「今更言うまでもないけど、俺はお前を愛してるよ、たぶん、この世の何よりも」 「―――ああ、当たり前だ。・・・俺だって、そうなんだからな」 「うん、良かった」 主人から返ってきた肯定の応えに、綱吉はにっこりと微笑んだ。 そして、いつかのようにリボーンの座る椅子の横に立って、その頭を自分の胸に抱き寄せる。 「俺はこれからも、お前の傍にずっといる。それは、お前が結婚しようが、俺に子供が出来ようが、変わらない絶対の事実だ」 「―――当たり前だ。俺はてめーが幸せならそれでいい」 「うん、俺も。リボーンが幸せなのが、俺の幸せ。だから、お前には色んな幸せを知って欲しい。奥さんがいて、子供がいて―――そんな普通の幸せ」 それは俺には与えることの出来ない類(たぐい)の幸せ。 もちろん、これは俺のエゴだってわかっているんだけどね。 「ふん、つくづくダメな思考回路だな」 「自覚症状はあるよ。―――まあ、おんなじ思考回路のヤツに言われたくないけどね」 「・・・」 お前が俺の結婚を黙認するのだって、おんなじ理由のくせに。 暗にそう言われて、リボーンはゆっくりと腕を綱吉の腕に絡ませた。 そして、多少拗ねたように言葉をつむぐ。 「だが、お前はそのハルって女を愛してんだろ?」 「当たり前。じゃないと結婚なんてするわけないだろ。ハルに失礼だ」 「・・・」 「そんな顔すんなよ、大丈夫、お前もきっと京子ちゃんを愛せるから―――だって、俺のマドンナだったんだぞ?」 「なおさらビミョーじゃねーか」 「失礼な」 そう応えながら、ぎゅう、と胸に主人を抱きしめて、綱吉は切なさと幸せと喜びが混じりあった泣き笑いを堪えた。 リボーンが腕の中にいる。 あの潔癖なリボーンが。 誰も寄せ付けないリボーンが。 俺の大切なあるじ。 「大好きだよ」 「愛してるぞ」 「「だから、たくさん幸せにならないと許さない」」 俺 が 傍にいるだけの幸せじゃなくて。 俺 の 傍にいるだけの幸せじゃなくて。 それはきっと、愛を超えた切なる祈り。 エゴにまみれた、純粋な願い。 ある時、 心の底からお互いを愛しいと思った。 ある日、 最高の笑顔でお互いの幸せを祝った。 それは、 互いの幸せが互いの至福だと理解していたから。 彼が幸せならば、誰を傷つけても、誰が傷ついても構わない。 そんなひとつの歪な幸せのかたち。 Fin. 10000Hitありがとうございました! そして、リクして下さった風音様、遅くなって申し訳ありませんでした・・・!! 続編と言いつつ、雰囲気が変わってしまう結果になってしまい・・・orz お互いのためにどこまでエゴを通せるのか、がテーマだったんですよ、最初は・・・。 ご期待に添えたかは分かりませんが、風音様のみお持ち帰り自由とさせていただきます。 Back |