Perche Lei e goffo.


「あのさ〜コロネロ、お前、結局何がしたいの?」
「別になんでもないぞコラ」
「そっかーならいいんだけどさー。・・・いい加減マフィアランドに帰らなくていいのか?」


綱吉は困ったようにそう言って、自分の右側にぴったりと寄り添っている金髪の少年を見遣った。

ここ数日、コロネロは綱吉の側から離れようとしない。
気付けば綱吉の高校にまで潜り込んでいるのだから、綱吉でなくとも困惑するだろう。
けれど、いくら聞いても、コロネロは何でもないとしか応えなかった。

ふぅ、と軽く溜め息をついてゲームの手を休め、綱吉はコロネロを膝の上に抱き上げる。
腕に重みを感じるようになったなぁと思いながら、あやすように何度かその背中を叩いてやった。
コロネロは、その扱いに腹を立てることもなく、黙ってそんな綱吉の肩に頭を乗せる。




最近は、スカルだけでなくコロネロも、綱吉が触ったり抱き上げたりすることに抵抗しなくなった。
リボーンは相変わらず、綱吉から触ろうとすると殺気立つけれど、それでも時折自分から綱吉の膝の上に乗って昼寝を始めたりするようにはなっていた。

みんな寝てる時は天使なんだよなぁ。

完全にお父さんの心境になりつつ、ぽすぽす、と迷彩柄の背を撫でてやる。
肩口にあるコロネロの金髪が日に当てられて、まるで飴細工のような透明な光を放っていた。
長い睫毛が光で透けて、すっと通った鼻梁にも影が落ちる。


コロネロは、多分綱吉が面識のあるアルコバレーノの中では、一番顔の作りが綺麗だ。
目つきが鋭いのは除いて、であるが。
目を閉じて眠っている姿など、まるで宗教画に出てくる天使かなにかのようで。

だから、コロネロの寝顔を眺めているのは結構好きだった。
もちろん、リボーンやスカルにしても小綺麗な顔立ちなので、彼らの昼寝の時間は綱吉の寝顔鑑賞時間でもあった。




「本当にどうしたんだ、コロネロ?調子悪い?」

抱き上げられたまま動かないコロネロに、綱吉は優しく語りかけた。

「しつこいぞコラ」
「いやーだって、ここまでお前がくっついてくるのって珍しいよなぁって思って」
「ふん」
「ま、別にコロネロが良いならいいんだけどさ。今の時期、俺も誰かといると落ち着くし」
「・・・」

お前暖かいなー、と抱きしめてくる腕の中で、コロネロは微かに満足げな笑みを浮かべていた。
そして1週間後、綱吉はイタリアの大学に進学するため、日本を離れることになる。




それから8年が過ぎて。

名実ともにボンゴレファミリーのボスに就任し、辣腕を振るってイタリアンマフィアの帝王に君臨した綱吉は、自身の居室で今にも崩れ落ちそうな書類の山を片付けながら、ちらりと横目で金髪の少年を見た。

今や身長が綱吉と並ぶ程度に伸び、美少年と言うよりは美丈夫と呼べそうな立派な体格に成長しつつある、アルコバレーノのコロネロ。
今日も今日とて相変わらずな迷彩柄の軍服に、肩にはこれまた成長したファルコを乗せて、腕を組んで壁に背を預けて立っているその様は、映画か何かの1シーンのように完成されている。
そんな少年を見ながら、綱吉はお伺いを立てるかのように慎重に言葉を選びつつ、声をかけた。
基本的に、アルコバレーノ達は、気に入らなければ暴れて一瞬のうちに執務室を灰燼に変えてしまうので、かける言葉に用心深くなりすぎると言うことはない。

「あのーコロネロー」
「何だコラ」
「いや、お前、仕事は?」
「今はマフィアランドは休業中だぞコラ」
「えぇっ」
「この間の抗争で、しばらく客足が遠のくからなコラ」
「あ・・・そっか・・・」


つい2週間前に起きたボンゴレと他ファミリーの抗争は、市街のビル2棟が崩落し数十人の死者が出るという、近年まれに見る大規模な市街戦だった。

そのため、未だに事後処理のために雲雀やリボーンは出払っている。
もちろん、急襲を受けたとはいえ、ボンゴレの威信にかけて無関係な一般市民には傷一つ負わせなかったし、崩落したビルはどちらも相手ファミリーの拠点ではあったけれど。
その抗争によって刺激された別のファミリーが、あちこちの水面下で活発に動き始めているのは綱吉も把握している。

そんな中で、多くのマフィアが集まるマフィアランドを運営するのは難しいのかも知れない。

不可抗力とはいえ、コロネロの縄張りに悪影響を与えてしまったことに気まずさを覚えた綱吉は、僅かに眉を顰めた。
だが、当のコロネロはそんなボンゴレの様子に軽く肩をすくめただけで。

「別に、ボンゴレの落ち度じゃねぇぞコラ。でかい抗争の後は、マフィアランドはいつも閉鎖するんだぞコラ」
「そうなんだ」
「ああ。じゃねぇと、いろいろ面倒が起きるからな」

あそこではいつでも面倒が起きているのではないか、という突っ込みを飲み込んで、綱吉はふぅん、とだけ言った。

「じゃあ、しばらく暇なんだ。だからこっちにいるんだね」
「・・・」
「・・・コロネロ?」
「ふん」

綱吉の言葉に、一瞬何か言いたげな顔をした少年に問い掛ければ、いつも通りの尊大な態度で顔を背けられてしまう。
綱吉は、自分が何か失言をしただろうかと考えたが、まあいつものことかと思い直して、再び書類を片付ける手を動かし始めた。

けれど、二枚ほど読み進めたところで、はたりと動きを止める。

抗争の度に作成される死亡者リストは、いつでも容赦なく綱吉の気分を叩きのめす。

彼らに死ねと命じる立場の自分が、抱く権利など無い罪悪感ではあるけれど。
それでも、死んでしまったファミリーのことを思うと、どうしても罪悪感と自責の念に責め立てられてしまう。
そんなものは偽善だと分かっていた。
死んでいった者達への冒涜だと知っていた。
それでも。

リストに掲載された名前を、一人一人顔を思い出しながら読み進めているうちに、いつの間にか噛み締めていた唇が切れてしまったらしい。
口内に広がった深いな鉄の味に、眉を顰める。

だが、そこで、綱吉は、不意に側に暖かい気配を感じて顔を上げた。
そこには、先ほどと同じようにコロネロが腕を組んで立っており、空色の瞳が静かにこちらを見ていて。
何故か、それが、泣きたいほどに安心感を与えてくれた。

「・・・コロネロ。ちょっと来て」
「・・・」

まるで猫科動物のように音も気配もなく近づいてきた少年を、綱吉は椅子に座ったまま抱きしめた。
ふわりと、少年からは太陽の香りがして、不覚にも体の力が抜けていく。

「・・・」
「・・・」
「・・・はあ、やっぱりお前って、暖かくて気持ちいいなぁ」
「俺はカイロかコラ」

不機嫌そうな口調のわりに、コロネロは綱吉を引き剥がすこともなく、なすがままになっていた。

「そういえば、昔、似たようなことがあったなあ・・・」

あの時はたしか、日本をおそらく永遠に離れなければならないことに、途方もない不安と寂しさを感じていた気がする。
そしてそれは、なぜかあの頃ずっと側にいてくれたコロネロのおかげで、いくらか軽減された。


・・・もしかしなくても、コロネロは心配してくれていたのだろうか。
だから、側にいてくれたのだろうか。


だとしたら、なんて不器用で遠回しな慰め方だろう!


「・・・コロネロ」
「なんだコラ」
「ありがとう」
「・・・ふん」

抱きしめているせいコロネロの表情は見えないが、耳の先が赤くなっているのは見えて。
綱吉は、微かに笑いながら、抱きしめる腕の力を強めた。



Perche Lei e goffo.
君は不器用だから。


fin.


リボーンはどこに行ったんでしょうね。


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