監禁ゲーム


例えば、きっと、愛していると言っても、大空は信じない。
彼は十年来の付き合いから虹の素行を知っている。
だから、そんな言葉は無意味だ。

例えば、きっと、きつく抱きしめたって、大空は驚かない。
彼は十年来の付き合いから虹の扱いには慣れている。
だから、そんな行動は無意味だ。

ならば、どうする?

あの空を、虹が独占するために。




変だなと、綱吉が思い始めたのは、今は家庭教師の仕事を終えてフリーのヒットマンに戻ったリボーンが、1ヶ月以上姿を見せなくなった頃だった。
次に違和感を覚えたのは、2ヶ月間隔で入れ代わり立ち代り姿を見せていた他の虹の子ども達が、姿を見せていないことに気づいたとき。

「―――まあ、あいつらも仕事あるだろうし、仕方ないか」

そんな一言で、特に気にしないことにしたのが、虹が姿を見せなくなって3ヶ月目のこと。

歯車が、少しずつずれていっていた事に、このときの綱吉は気づかなかった。

あぁ、しまった。

綱吉がそう思ったのは、炎上するボンゴレの本城の執務室で、黒光りする銃口を向けられたときのことだった。

ゴウッと、あちこちで焔が燃え上がる音がしている。
熱風が頬に吹き付けてくるのを感じながら、綱吉は状況に合わない表情を浮かべていた。
うっかり何かを見落としていた、とでも言いたげな、表情。
その表情こそが、綱吉の心を代弁してはいたが。

「みんなは無事なんだろうね?」
「まぁな。さすがにそこまで悪趣味じゃねーぞ」
「いや、今の状況も十分悪趣味だと思うけど」
「そうか?城が燃えたぐらいじゃ、ボンゴレの財布は傷まねーだろコラ」
「やぁ、コロネロも久しぶり。随分過激な挨拶をありがとう」

いつの間にか背後に立っていた、迷彩柄の軍服姿の顔なじみに、綱吉は至って平然と挨拶をした。
さすがに、正面で愛銃を構えている漆黒の死神の瞳から目をそらすことはしなかったけれども。
リボーンの銃口は、急所を外れた綱吉の腹部に向いている。
一瞬でも目を逸らせば、あの元家庭教師は容赦なく引き金を引くだろうことが容易に想像できて、本当に笑えない冗談だと内心で自嘲した。

「で、お前達は何がしたいの。なんですか、今更反抗期ですか、万年反抗期のクセに。あ、でもお前ら、今14ってことは思春期まっしぐらか!」

これが所謂、中2病!?
深刻かつ、かぎりなく切迫した状況でありながら、綱吉の思考はまったく恐怖を感じていない。
それが気に食わないのか、綱吉を挟むように立っているリボーンとコロネロの周囲に明らかな殺気が立ち上る。
けれど、それぐらいでは綱吉も動じない。
なにしろ、イタリア全土のマフィアを掌握しているマフィアの帝王を現役でやっているのだ。
目的は分からないにしろ、自分を本気で殺すつもりのない相手に怖気づくほど柔な心臓ではない。
それが、幼い頃から知っている人間なら、なおのこと。
―――とはいえ、腕やら足やら肋骨やら、その辺の骨くらいはへし折られる可能性はある。

「で、本当にどうしたんだよ。お前ら全員が共同戦線張るなんて」

いつの間にか、ボンゴレ10世の執務室には、裏の世界で恐れられる呪われた子ども―――虹の子ども達が7人とも揃っている。
火の回りも、恐らくこの執務室の周り取り囲みはしても、部屋自体には回らないように計算されているのだろう。
警備の人間の救援は望めない状況になっているに違いない。

「マーモンもラルも、ザンザスと家光になにか雇用上の文句でもあるの?」
「別に。給料はいいと思うよ」
「特にないな」
「雇用者側としてはそう言ってもらえて嬉しいね。―――じゃぁ、なんでボンゴレに刃向かってるの」

ヴァリアーや門外顧問などの独立部隊は、ある程度ボンゴレと言う組織から独立している。
だからといって、ボンゴレを統べる支配者に危害を加えようとして許されるような部隊でもなかった。


「大空が欲しいから」


ピタリと異口同音に言われた言葉に、綱吉はきょとんとした顔をしばらくして―――納得したような、驚いたような、複雑な表情を浮かべた。

「欲しいって・・・そりゃ、強烈な口説き文句だな。時と場合と―――相手によっては」
「そーだろーな。言っても、お前には通じねー。だから、実力行使に出たまでだぞ」
「だろーね」

溜息とともにそう言って、綱吉は肩をすくめて両手を挙げた。

「お前らが本気なら、あえて抵抗はしない。抵抗して、大事な守護者を傷つけられるのも、俺のファミリアが失われるのも真っ平ごめんだ」
「随分聞き分けが良いんだなコラ」
「一応お前らとは十年以上の付き合いだし?お前の性格も実力もある程度把握してるつもりだよ」

お前達は、不必要な殺しはしない。
でも、必要なら―――俺を従わせるために必要なら、いくらでも殺すつもりなんだろ。

穏やかな、いつも通りの調子で、綱吉はそう答えた。
それを受けて、リボーンの形の良い唇がニィッと満足げに弧を描く。

「良い答えだ」

まんてんだぞ。
そんなリボーンの言葉と同時に、首筋に衝撃を受けて、綱吉の意識は急速に闇の中に沈んでいった。




あれから幾日過ぎたのだろうか。
いや、もしかしたら、数ヶ月くらい過ぎているのかもしれない。

任務から帰還したのだと思われるコロネロに後ろから抱きしめられつつ、腕に抱えたラルの髪をぼんやりと梳いてやりながら、馬鹿でかいベッドに寝転んでそんなことを考える。
他の虹たちは出払っているらしく、部屋の中には安心しきった二人分の寝息だけがあった。

ここに連れてこられてしばらくは、何とか逃げる術はないかと考えていた。
そして、自分と京子の間の娘が3歳という幼さでボンゴレ11世の名を引き継いだ、というリボーンの言葉にブチ切れて大暴れして、虹たちに両足の腱を切られ、いつでもボンゴレを崩壊させることが出来るのだと脅されてからは、非常に大人しくなった。

―――諦めたとも言う。

虹たちは、異常に綱吉に執着しているが、綱吉が逆らわない限り無邪気に甘えてくる大きな子どもだった。
もちろん、体を求められたこともない。
ただ、今のコロネロやラルのように、べったりと綱吉を独占したがるだけで。

あっさりと人の足の腱を切り裂いて、人質をとって脅してくる卑怯な残酷さと、今こうして全身で甘えかかってくる無邪気さとのギャップが、どんどん綱吉の思考を混乱させる。

バタン、と部屋の外でドアの開閉する音がした。
やがて解錠される音がして、綱吉が開けることのかなわない扉が開く。
姿を見せたのは、フルフェイスのヘルメットを外したスカル。
音もなく鍵をかけ直して、スタスタと部屋の中央のベッドに歩み寄ってきた。

「・・・お帰り」

何となくそう言ってやれば、眠そうな焦げ茶色の瞳を一瞬綱吉に走らせて、スカルはぱたりとラルの横に転がった。

「ラル、良いな・・・」

本当に眠いらしく、寝ぼけて若干かすれ気味の声が、スカルの唇から零れる。
それを聞いて、綱吉は無意識のうちに、ラルの頭を撫でていた手をスカルへと伸ばした。
すぐに、スカルの柔らかな頬が掌に擦り寄ってきて、そのままの格好で動かなくなる。

「・・・なんだかなぁ」

アルコバレーノたちを憎んでいないといえば、それは真っ赤な嘘だ。
だが、彼らが、全身全霊で綱吉を独占しようと必死になる彼らが、可愛くないというのも真っ赤な嘘だ。
それを伝えるつもりなど、綱吉には毛頭ないけれど。
もっと早くにそう言っていれば、今の状況は少しは変化していただろうか。

ありえないIFを考えながら、綱吉はゆっくりと目を閉じた。




掛け違えたボタンは、気づかなければ戻せない。

意図的に目をそむけ続ける限り、終わらない。


fin.


77770キリリクをしてくださいましたお方に捧げます・・・!!
虹っ子の執着の方向性を著しく間違えた気がしますが・・・これはもう貴方の物です、煮るなり焼くなりお好きになさってくださいませ・・・!
余談ですが、書いてる嘉月はめちゃくちゃ楽しませていただきましたw(ぇ)
ではでは、リクエストありがとうございました!!


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