さらさらと小川の流れる、大きな中庭の、中心に生えた大きな木の木陰。
色素の薄い髪をした幼い少年が、そろそろ少年の域から脱そうとしている銀髪の少年の足の間に座って、微睡んでいた。

『ねぇ、俺が大きくなったら、俺をあなたのお嫁さんにしてくれる?』

とろんととろけた瞳で、幼い幼年は銀髪の少年を見上げる。
その表情は、どこまでも夢見るように幸福な笑顔で。

銀髪の少年は、自分の胸にもたれ掛かっている幼子が、いずれこの国の名を継ぐことを知っていた。
それでも、突っ慳貪に肯定の意を返したのは、決して子どもの口約束と侮ったわけではない。

銀髪の少年も、許されるのなら、幼い少年と、この世で最も神聖な儀式を取り交わしたいと願ったから。

『あ゛ぁ、お前が―――成人しても同じことを言ってたらなぁ―――』




Fiaba − Inconsolabile −




「・・・ツナ、追っ手だ」
「―――・・・うん、来た、みたいだね」

いち早く厄介なお客さんの訪れに気付いたリボーンが、今までの生活の痕跡を消す作業をし終えて、お父さんの部屋の扉から顔を出しました。
もう、コロネロやスカルも、ここを離れる準備を終えています。

お父さんも、大切な持ち物は三人の息子と古い万年筆だけなので、すぐに準備は済みました。

けれど、すでに、お客さんは家の中に入ってきていたのです。

その証拠に、階段を下りきる前に、リボーン達がお父さんの前に出て、殺気を放ちながら戦闘態勢に入りました。
階段の下には、白い軍服を来た兵隊さんが立っています。
向けられるだけで気を失いそうな濃い殺気にも、長い銀髪の青年は動じないまま、灰白色の瞳をお父さんに向けました。

「ツナヨシ」
「―――スクアーロ・・・」

懐かしいハスキーな声に、お父さんは戸惑ったような、それでいて何かを察したような声で返します。

「お前なら、わかるな。次に、俺がお前の前に立つときは、俺は軍人じゃねぇ、“ヴァリアー”のNo.2だ―――これが、最後通牒だぜぇ。次は、お前とそのガキどもを力づくで連れて帰るからなぁ。―――戻って、こい」

実は、このスクアーロがお父さん達の前に姿を現すのは初めてではありません。
今までも何回か、その時身を隠していた家にやって来ては、お父さんや息子達にお城に戻るように説得していたのです。

その説得に、お父さんも、3人の息子達も、決して首を縦に振りませんでした。

それでもスクアーロは、無理強いをしたりはしなかったのです―――今までは。

けれど、いつも軽い服装をして訪れていたスクアーロは、今、白い軍服を纏っています。
これは、スクアーロが王様の命令でお父さん達を尋ねてきたことを示していました。
このスクアーロの言葉に頷かなければ、王様の命令に逆らったことになります。
また、彼はこうも言いました。

次は“ヴァリアー”のNo,2として、お父さん達の元に来ると。

つまり、ザンザス将軍直属のボンゴレ国一番の精鋭部隊の、副隊長として、実力行使をすると言っているのです。

「ふん、俺たち“アルコバレーノ”に一人で勝てると思ってんのか、コラ」

コロネロが、スクアーロの言葉を鼻で笑いました。

彼ら“アルコバレーノ”は、この大陸では別名「神の子」と呼ばれています。
それは、生まれた時から言葉を話せ、様々な知識を生まれながら持っていたからです。
そして、なにより、動物や幻術を操ったり、自然の大きな力を借りることが出来たからです。

だから、どこの国も“アルコバレーノ”を欲しがりました。
生まれて国に届け出れば、生みの親にたくさんのお金をあげるくらいに。

コロネロが笑ったのは、そんな自分たちを、普通の人間が捕まえられるはずがないと確信していたからでした。

「お゛ぉい、ガキ、あんまり勘違いするんじゃねぇぞぉ。別に、お前達を捕まえるのに、お前達に勝つ必要はねぇんだぜぇ」

けれど、コロネロの言葉に、スクアーロも人の悪い笑みを返しました。
そんなスクアーロの手には、透き通ったおしゃぶりのような形をした水晶が握られています。

「・・・それは」
「お前達の能力を、無効にする“無色のおしゃぶり”ってやつだなぁ」

“無色のおしゃぶり”を持っている人には、“アルコバレーノ”のどんな攻撃も意味を成さなくなります。

「そんな国宝まで出してくるなんざ、よっぽど切迫してんだな、国王は」

リボーンが、綺麗な弧を描く眉を器用に片方だけ跳ね上げて、そう言いました。
そのリボーンに庇われるように立っていたお父さんが、ゆっくりと瞬きをしました。

「・・・―――ごめん、スクアーロ、でも、それでも、俺は、この子達をあの“鳥籠”の生活に戻したくないんだ―――例え、あなたや兄上に憎まれても」

そして口を開きました。
琥珀色の大きな瞳は、しっかりスクアーロの瞳を見据えています。

「―――・・・キョーコは、どうすんだぁ?」
「―――」

お父さんは、もう、何も言いませんでした。
琥珀色の瞳が伏せられるの同時に、お父さんと息子達の周りを黄金色の炎が包み込みます。

「―――Scusare mio diletto(ごめんなさい、私の最愛の人)」

悲しげな言葉と美しい黄金色の炎が消えた後には、暗い部屋とスクアーロだけが残されました。

「・・・馬鹿ヤローがぁ!」

どんっと壁を叩く音とともに、悔しそうな声が部屋に響きました―――。




「おとーさんっ・・・綱吉さんっっ大丈夫ですか!?」

先ほどいた小さな町から、ずっと離れた静かな森に、スカルの焦ったような声が上がりました。
4人を包んでいた黄金色の炎が消えた途端、お父さんが倒れてしまったのです。

お父さんの象牙色の肌は、夜の星光の下で見てもわかるほど、血の気が失せてしまっています。

「―――おい、リボーン、ここはどこだコラ?」
「ツナの炎で移動出来るってことは、まだボンゴレ国内だろーな」

倒れたお父さんを、近くにあった、苔のみっしりと生えた水辺の大きな岩の上に静かに寝かせながら、コロネロとリボーンは場所の確認を行いました。

森の木々は、リボーン達がいた小さな町と真逆の国境近くにある人里離れた森だと教えてくれました。

「・・・脈が弱ぇな・・・おい、スカル!薪拾ってこい!!」
「あ、はいっ」

お父さんの首筋に触ったリボーンは、川から水を運んできたスカルにそう言いました。
コロネロは、空の殆ど見えないくらいに生い茂った木の天井を見上げて、かすかに安堵の溜め息を吐きました。

「木の枝が密集してるから、煙は目立たねぇみたいだなコラ」
「ああ、ツナが目を覚ますまでは動けねぇしな―――まったく、無茶しやがって」
「あの銀髪、気に入らねぇぞコラ」
「―――同感だ」



リボーン達は、お父さんにとって、あのスクアーロがどういう存在かを知っています。

―――スクアーロは、自分たちをあの“鳥籠”に連れ戻そうとするばかりか、自分たちの一番大切なお父さんを取り上げようとしているのです。

息子達にとって、お父さんの綺麗な琥珀の瞳が、自分たち以外を映すことは、耐えられないことでした。

だから余計気に入りません。


「奪えるもんなら奪ってみやがれ。生まれてきたことを後悔させてやる」


ざわりと、リボーンの怒気混じりの殺気に木々が怯えてざわめきました。
それと同時に、夜の暗闇よりももっと深い闇が、森の中で震えました。


「当たり前だぞコラ。跡形もなく消し飛ばしてやる」


コロネロの言葉に応えるように、夜の森に野鳥の耳を貫くような鳴き声が響きました。


「ツナさんを悲しませるのは本意ではないんですけど―――絶対、手放したくないですしね」


いつの間にか戻ってきていたスカルの一言で、水が怯えたように震える音が、静かなせせらぎを遮りました。


「「「ツナは俺たちのもんだ」」」


fin.


何度も言いますが・・・童話口調は難しい・・・orz
ということで、お伽話、シリーズ化でございます。
にしても、国宝が「おしゃぶり」って・・・自分で書いておきながら微妙にお間抜けな感が否めません orz


Back