03 違う友達、違う付き合い


中学時代の友人と街中を歩いていた綱吉と、同じように街に出ていた雲雀とが顔を合わせたのは、まったくの偶然だった。

地区外にある野球の強豪校に推薦入学した山本は、今は並盛を離れて寮で生活しているため、夏休みでないとこちらには帰ってこない。
それは交換留学の期限が切れてイタリアに戻った獄寺も同じで、今日は久しぶりに3人全員が集まることができたのだ。

商店街を歩く綱吉の左右には親友である山本と獄寺がいて、雲雀の後ろには当然のように風紀委員が従っていて、お互いに一瞬目を合わせただけですれ違う。

「おー相変わらずなんだなぁ、雲雀」
「けっ胸糞ワリィもん見たぜ」

悠然と暴力と言う文字を従えて通り過ぎる雲雀に、山本は苦笑し、獄寺は悪態をついた。
けれど綱吉は、何のリアクションもせずにいつまでも雲雀の後姿をずっと見つめていて、そんな様子の親友を、山本が訝しげに呼んだ。

「―――ツナ?」
「え?」
「どうかしたか?―――雲雀って並盛だろ?何かされたのか??」
「う、ううん!そんなこと無いよ!ただ、目立つから・・・」
「あーまぁな」
「悪目立ちっすね」
「あははは」

中学時代に、制服のままタバコをくわえて商店街を歩いていた獄寺が言えたことではない、とはあえて言わずに綱吉は乾いた笑いを浮かべるだけに留める。
けれど相変わらず視線は雲雀の後姿を追っていた。




「委員長?」
「何?」

雲雀の後にしたがって歩いていた草壁は、微妙に歩く速度を上げた主人の名を呼んだが、いつもと同じような素っ気無い返答に口をつぐむ。

「―――いえ」
「そう」

雲雀は、自分の副官の瞳に一瞬だけ浮かんだ問いたげな色に気づきはしたが、あっさりと黙殺して歩を進めた。

自分にも自分の世界があるように、綱吉にも雲雀の知らぬ付き合いがある。
それに違和感を覚えること自体がらしくない。

そう思いながらも雲雀の脳裏に浮かぶのは、小柄な体つきの綱吉を守るように左右に立っていた二人の男で。
そして彼らが、中学時代にも綱吉と一緒にいた人間達だと遅まきながら気づくと、綺麗に弧を描く眉が微かにその形を崩した。

綱吉は人見知りが激しくて、母親の奈々や雲雀がいなければ見知らぬ人間とは喋ろうともしない子どもだった。
いつも雲雀の後ろに隠れて、チラチラと顔を覗かせていただけだったけれど、彼が知らぬ間にそれなりの人付き合いが出来るようになったらしい。
もう16になるのだから当たり前である。

そう考えれば考えるほど自分の機嫌が下降していくのを自覚していた雲雀は、その事実にさらに機嫌を下降させるという悪循環を静かに繰り返していた。

―――そんな記録的に不機嫌な風紀委員長に見つかってしまった本日のチンピラは、不運としか言いようがあるまい。
不意に視界の端に引っかかった“群れ”に、雲雀はゆっくりと歩みを止めて、口角を吊り上げる。

「気に入らないね」

その言葉を脆弱な得物の群れに向けたのか、年下の幼馴染みに向けたのかは、言葉を紡いだ雲雀自身が誰よりもよく知っていた。

気に入らない。
君を知らない僕も、僕を知らぬ君も。




雲雀の見ている世界は、自分が見ている世界なんかとはかけ離れている。

ファーストフードのポテトをやや機械的に口に運びながら、綱吉の思考は凛とした無駄の無い動作で歩いていく雲雀の後姿が延々とリピートされていた。
雲雀と綱吉が幼馴染みであることを知る山本と獄寺は、そんな親友の様子にまたかと肩をすくめると、それぞれ手にした昼食を黙々と口に運ぶ。

綱吉にとって雲雀は鬼門だ。
それは、山本と獄寺の間では中学の頃からの暗黙の了解で、雲雀と接触した後の綱吉にいつもどおりのリアクションを期待してはいけない。

でもまさか、すれ違うだけでトリップするなんてなー。

モグモグと口の中のものを咀嚼しながら、山本は完全に自分の世界に飛んでしまった親友を眺める。

中学時代は、遅刻してボコられただとか、カツアゲの被害に遭って加害者ともどもまとめて噛み殺されたとか、そういう接触がきっかけで、昔と今の雲雀について考え込んでいた。

だが、今回はただ街中ですれ違っただけなのだ。
学校の廊下ですれ違うのと、なんら変わらぬ現象だったはずなのだ。BR> 自分が別の高校で過ごしている間に、何か二人の間であったのだろうか。

山本は、いつもそれほど深刻なことを考えるのに使われない頭をフル回転させつつ、横でコーラを啜っているもう一人の親友に視線を走らせた。

“なー何か高校であったのか?”
“日本にいなかった俺よりてめーのが知ってんじゃねぇのか?”
“いや、知らね”
“使えねー!果てろ!!”

そんな視線と軽い仕草だけの無言のやり取りを経て、山本は苦笑すると、片手をひらひらさせながら、空になったポテトのパックを潰している綱吉に声をかけた。

「ツーナ、またあっちの世界に行ってるぜー?」
「・・・ぅえ!?あ、ご、ごめん!!俺ボーっとしてて!!」

かけられた声と、視界の端で揺れる大きな手によって、綱吉は夢から醒めたような表情を浮かべて慌てたように謝罪した。

「んー別にそれは構わないんだけどなー・・・」
「雲雀のヤローと何かあったんすか?」

山本の言葉尻に繋げるように言葉を紡いで、獄寺は灰白色の瞳で真っ直ぐに琥珀色の瞳を見据える。
そこには、ただ綱吉を心配する光だけがあって、綱吉はへにゃりと嬉しそうな困ったようような表情を浮かべた。
そして、気恥ずかしそうに小さな声で呟いた。

「最近さ、よく夢を見るんだ」
「「夢?」」

綱吉は、親友二人が綺麗にハモって問い返してきたので、それに少し笑いながら、下らないことなんだけど、と前置いて話を続ける。

「昔の夢。まだ、小さかった頃の。前は全く見なかったのに、最近になってよく見るようになって・・・」

そうしたら哀しくなった。
昔は何をするのも一緒で、彼について知らないことなど何一つ無かったのに。





今では彼の何をも知らない。
どんな知り合いがいて、どんなことをしているのかなんて―――欠片も知らない。
彼が自分のことを知らぬように。

だって二人はもう別々だから。




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