07 友情じゃなかった


友情、とは何を持ってそう呼ぶのだろう。

慕わしさ?
互いへの信頼?

綱吉について思うことを考えたとき、雲雀にはそんな言葉は浮かばない。

手間がかかる。
世話が焼ける。
無関心ではないが、どう接していいのかわからない。
誰かと一緒にいるのを見ると、違和感を覚える。

―――もし、こう思うことが友情なら、“親友”なんて一生いなくていい。

雲雀は、泣きそうな顔で帰っていった幼馴染みのことを考えながら、いやに広く感じられる居間のソファに腰掛けていた。
口を開けば溜息が出てきそうで、くっと唇を結んで背を完全に背凭れに預けて瞼を閉じた。

『僕は―――僕の君への感情はね、友情じゃなかったんだよ、きっと』

そう言ったときの綱吉の、驚きと悲しみと寂しさの入り混じった、本当に泣きそうな顔が、雲雀の閉じた瞼の裏で幾度となく再生される。
そのまま飛び出していってしまった幼馴染みを追うこともせずに、雲雀はただ座って考えていた。


昔、まだ幼い子どもの世界には、家族のほかにお互いしかいなくて、それだけで十分だった頃、互いに向ける感情が何なのかを定義する必要などなかった。
雲雀には綱吉がいて、綱吉には雲雀がいて、お互いが一番大切で。
それ以外に興味を持たなかったから、それ以外の感情と区別する必要など、きっとお互いになかった。

けれど二人はいつしか大きくなって、自分の世界が、相手の世界が、どんどん大きくなって、その目にお互い以外を映すようになって―――それに比例するように、お互いの距離は離れていった。
それでも、互いに無関心になったわけではなく、雲雀は綱吉の、綱吉は雲雀の存在をいつも視界の片隅に納めてはいた。

親しかった分、離れた距離に戸惑って、その戸惑いを割り切れるほど二人とも大人ではなくて、結局距離は更に離れてしまう。
その繰り返しが重なって、気付けば近づこうとするほどすれ違うばかり。

「君にとっての僕は何?」

それはそのまま、自分にとっての綱吉が何なのかという問いになることに気付いて、ついに雲雀の唇から溜息が零れる。

雲雀にとっての綱吉は、昔からの幼馴染みで、世話と手間ばかりやたらかかる存在で、今となってはただの後輩に過ぎない。
―――そう、思っていた。

それならば、何故いつも視界の端にあの細い姿を捉えていたのか。
興味がなければ一瞬でその存在を忘れ去ってしまう自分が。

答えなんて、きっと最初から知っていた。

そうでなければ、近所に住んでいるという理由だけで、世話と手間ばかりやたらとかかる幼馴染みの面倒なぞみるはずがない。

友情、なんて綺麗なものじゃなかった。

すっと、流れるような動きでソファから立ち上がった雲雀の歩みは、真っ直ぐに玄関へと向けられた。




日が落ちて、人影のまばらになった公園のブランコに腰掛けて、綱吉は先ほど雲雀に言われた言葉を反芻していた。
綱吉自身が予想していた以上に、あの言葉は大きなダメージを与えたらしく、彼の大きな琥珀色の瞳からは今にも涙が零れんばかりに潤んでいる。
気を紛らわせようとブランコをこげば、キィキィ、と錆びたブランコの鎖が、金属のこすれあう独特の音を出した。

昔、綱吉が誰かに苛められてこうしてブランコでいじけていると、必ず雲雀が仕返しをしてからやってきてくれた。
彼はあの頃から喧嘩は強かったけれど、上級学年とやりあうにはまだ少し早くて、服に砂がついていたり、時には頬に擦り傷を作っていたりした。
それでも、尊大でも優しい態度で、綱吉の頭を撫でて慰めてくれた。
あの頃の綱吉は、それを知っているから、この場所で雲雀がやってきてくれるのを待っていた。

「―――そりゃ、面倒にもなるよなぁ・・・」

世話と手間がやたらとかかるだけで、何の見返りもない幼馴染み。
そんな人間にいつまでも構っていられるのは、よほどのお人よしか暇人ぐらいだろう。

何かしたから嫌われたんじゃない。
いつまでも何もしなかったから、呆れられたんだ。

友情じゃなかった。
雲雀が綱吉と一緒にいてくれたのは、ただ家が近所だったからで―――。

「そう、面倒だから、いちいち外でいじけるクセは直してくれる?」

静かな公園に、凛としたよく通る声がして、綱吉は慌てたように顔を上げた。
その衝撃で堪えていた涙が零れたが、それに気付いたのは綱吉本人ではなく、正面に立っていた雲雀の方で。
眉を顰めながら綱吉の前まで歩み寄ってきた雲雀は、呆然と見上げる綱吉の涙で濡れた目元を呆れたように見下ろす。

「高校生になってもその泣き癖は直らないの」

っていうか、あれぐらいで何で泣くの、君。

繊細な指先に、ぐいぐいと多少乱暴に目元をぬぐわれて、綱吉はきょとんとしながら雲雀の混じりけのない黒い瞳を見た。

「雲雀、さん?」
「なに」
「えっと・・・」

どうしてここにいるんですか、と言いかけて、綱吉は言葉に詰まる。

まさか。

「来て、くれたんですか」
「だって、僕が迎えに行かないと帰ってこなかったでしょ、綱吉は」

綱吉には、この数十分で、雲雀の心境にどのような変化が訪れたのかを知る術はない。
だが、確かに雲雀の中で何かが変わったのだと、雲雀の口元に浮かぶかすかな笑みから理解する。

それが自分にとって良い変化なのか、悪い変化なのかは別にして。

「ほら、帰るよ」

伸ばされた雲雀の手は、いつかのように、少しだけひんやりとしていた。




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