センチメンタリズムと夏の夕焼け


綱吉は、夏の帰り道が好きだった。

うだるような暑さは、その元凶が地平線に沈もうとしていても殆ど変わらなかったけれど、昼とは違うあの何とも例えようのない物寂しさが好きだった。

夏の帰り道の形容しがたい寂しさは、昼寝をして目覚めた夕方に似ている。
まるで、自分が世界の流れから取り残されたような。


夕陽がビルの間に徐々に姿を隠していくのを眺めながら、久しぶりに一人で帰路に就く。

最近獄寺は頻繁にイタリアに飛んでいて、山本は高校生活最後の甲子園の真っ最中だ。
綱吉も、長期休暇にはイタリアに行って、大学に入学するための手続きやら、ボンゴレの仕来りやらをこなしていた。




―――本当に、良いんだな?

そう家庭教師に問われたのは、4月に入って、第一回進路調査を提出した日のことだ。
綱吉は希望の進学先にボローニャ大学(イタリアにある西洋最古の総合大学)と書いたのである。



中学時代からのダメツナの汚名は返上していたため、提出した日の夕方呼び出されたのは学力よりも言語力を心配されたからだった。

綱吉の3年時の担任はイタリアに留学した経験があったらしく、日常会話と簡単な筆記審問を綱吉に課した。
それに難なく応えるのを見て、担任は顔をほころばせた。

『ボローニャは良いところだよ』
『はい』

そんな遣り取りをいくつかして、彼は頑張れよと言って綱吉を解放した。



珍しく、綱吉からの接触を拒まなかった家庭教師は、伸びてきた手を叩き落とすことなく、頭を撫でることを許可した。
それに気をよくして、手触りの良い髪を撫でながら、苦笑しながら幼い家庭教師の問いに返事を返す。

―――良いもなにも、俺をイタリアに―――ドン・ボンゴレにするのがお前の仕事なんだろ?

だから、良いじゃないか。
綱吉の返答は、リボーンのお気に召すものではなかったらしく、撫でていた手を払われた。

『リボーン?』
『ふん』

家庭教師は、不思議そうに問い返す教え子に背を向けて、綱吉のベッドの反対側に置かれたベッドに潜り込んで眠りに就いてしまった。

『・・・おやすみ、リボーン』
『・・・ああ』

この就寝前のやりとりも、あと1年しかできないのか。
綱吉は、闇に浮かぶ子供用のベッドを見つめて、そう感慨にふけった。




夏の帰り道、校門を出ていつもの通学路を歩く。

半日を学校に拘束されているようなものだから、学校内と外の世界との時間の流れに多少のギャップがあるのは仕方がない。
綱吉達学生が、何の役に立つかも分からない授業を受けている間も、外の世界では刻々と時間が流れているのだ。

遠くの方で、風鈴の音が聞こえた。

河川敷で、少年野球の練習が行われている。
綱吉は、少年達のあげる元気な声に誘われるように歩道を降りて、緩く傾斜している草原に腰を下ろした。


「おい、ツナ」
「・・・リボーン、どうしたの、お前。こんなところで」
「別に、散歩だ」
「そう、隣、来る?」
「・・・」

しばらく白球の動きを目で追っていた綱吉は、慣れ親しんだあどけない声に振り返った。
そこには、いつもと変わらぬダークスーツ姿の少年が、憮然とした面持ちで佇んでいる。
自分の隣を示せば、無言で歩道から降りてきて、とさりと座った。

しばらく、夕方の喧噪と、少年達の歓声だけが響く。

「―――今日さ、編入の手続きの書類とか、色々渡されたから、後で見てよ。まあ、向こうで父さん達がやってるみたいだけど」
「・・・」
「でも、向こうの学校って、11月から始まるんだな。また11月から高校3年生やるのかと思うと、ちょっと気が重いけど」
「・・・大学入る前に、1年くらい高校にも通っとけ。どうせ、マフィアの息のかかった学校だしな。今からコネ作りぐらいしねーと」
「そういえば、あそこの学校、ディーノさんとかスクアーロとかが通ってた学校と系列校なんだっけ」
「そうだぞ」
「ふぅん」


11月から始まるのは

右を見てもマフィア

左を見てもマフィア

360°マフィアな学校生活。

今の生活からは180°異なる生活。


きっと、今以上に、何かに取り残されたような寂しさを感じることになるだろう。
この、黄昏時の澄んだ物悲しさとは違う、もっと、ドロドロとした世界特有の寂しさ。

立ち止まってしまいたくなるほどの孤独と。
叫び出したくなるような淋しさと。

逃げてしまいそうになるような現実と。

でも、きっと。

自分の横に座る最強のヒットマンが、それを許しはしないのだ。

何が何でも、それこそ、誰を殺してでも、綱吉の肉体を損壊してでも、闇の世界に捕らえようとするだろう。

それは、確信。
リボーンという、冷酷無比な漆黒の死神の懐に、唯一入ることを許された綱吉だから抱ける、確信。


この少年は、綱吉が自分から離れることを、決して許すまい。
一度懐に入れた人間は、一生飼い殺しにするつもりだ。

だから、そういう風に綱吉を育てた。

リボーンがいなくてはならないように。
リボーンから離れては生きていけないように。


それは綱吉も知っている。


だから、この胸を過ぎる寂しさの正体は。


そんなことしなくても、俺はリボーンの側にいるのに―――。
大好きだよ?


伝えたいことが伝わらない。
こんなにも近くにいるのに。
肝心なことがあなたに届かない。

言葉で伝えるには、もう二人の距離が近すぎて。

もどかしい。



どこかで、カナカナゼミの鳴く声が聞こえた。
もうすぐ夏が終わる―――。

「行こうか、リボーン」
「おぅ」

手を繋いで並んで歩く帰り道。

二人なのに寂しいと思うのは、不幸なことですか?

―――どうか繋いだ手から、この気持ちがあなたに伝わりますように。


fin.


お互いにお互いを雁字搦めにすると、逆に伝えられないことってあるよね、的リボツナ。


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