僕を呼ぶ声、君の声


“リボーン”

あいつが呼ぶ俺の名は、どこまでも暖かくて。
カプチーノの泡みたいに柔らかくて、微かに甘い。

俺は、あいつに名前を呼ばれるのが好きだ。




「―――、リボーン?寝ちゃった?」

珍しく本を読んでいた綱吉は、いつの間にか自分にもたれ掛かってきた小さな体を見下ろした。
大きな帽子のせいで顔は見えないが、二の腕に寄り掛かってくる小さな頭からは、微かな寝息が聞こえてくる。
綱吉はそれを見て、そっと頭の下から腕を引き抜くと、小さな頭を自身の伸ばした膝の上に静かに寝かせた。

もちろん、リボーンはそこで目覚めたのだけれど、あんまり気持ちが良かったから、されるがままになってやる。

「寝てるときくらい、帽子は外しても大丈夫・・・かな?」

そう誰にともなく呟いて、レオンの乗った帽子を外すと、自分の背後にあるベッドに置いた。
そしてまたベッドに寄り掛かって、本を読み始める。

部屋にはしばらく、一定の寝息とページを捲る音だけがあった。


今日は、奈々が子供たちを連れて遊園地へと行っているため、沢田家は珍しく静かである。
リボーンは昨日から先ほどまで外出しており、綱吉も休日まで育児に駆り出されたくないと断ったため、家には二人しかいない。

ランボもイーピンも、小学校に入学したというのに、未だに一日中騒ぎを起こしては綱吉を振り回していた。
その綱吉はと言えば、家の近くにある県立並盛高校に、獄寺や山本など相変わらずのメンツで通っている。

高校生になったらと言って、何が変わることもなく、いつも通りの日常が連続していた。

―――ただ、長期休業の間、イタリアに行く回数が増えただけだ。
付け加えるなら、超スパルタ鬼畜家庭教師が、乳児(はたして乳児と定義して良いのか不明だが)から幼児に成長したくらいだ。

そして、少しだけ、綱吉からの接触を許すようになった。
時折寝惚けて、ハンモックからずり落ちそうになっているのを綱吉が発見して、自分のベッドで一緒に寝ようと誘えば頷くくらいには。
―――ちなみに、一緒に寝る時に感じる、幼い子ども特有の、ふにふにしたマシュマロみたいな手触りは、密かに綱吉のお気に入りだったりする。


まだ成長期の綱吉の膝は、肉が薄くて、骨張ってて、決して寝心地が良いわけではないけれど。
リボーンは、その場所が嫌いではなかった。

安心する。
胸の辺りがほわりと暖かくなる。


でも、足りない。


「―――ツナ」

「ん?リボーン、なぁに?起きちゃった?」

小さな声で呼べば、あのリボーンお気に入りの声が静かに降ってきた。
しばらく黙っていると、綱吉が微かに頬笑んだ気配がして、本を閉じる音がする。
そして、優しい手が頭を撫で始めた。

「眠いんだね、リボーン」

あまい

あまい

ツナのこえ

おきにいりの、あまい、こえ

だから

もっと―――よんで?

「ツナ」
「うん、リボーン」

まるでリボーンが望むことを知っているかのように、何度も何度も、綱吉はリボーンの名を囁いた。
夢の世界で微睡んでいる幼子を、無理に起こしてしまわぬように、静かに、穏やかに。

綱吉の紡ぐ名前の1つ1つが、まるで幸福の羽根のようにリボーンを包んでいく。


あったかい、な。


本格的に寝入ってしまった幼子を見て、綱吉は優しく頬笑むと、側に置いてあった子供用のブランケットを引き寄せた。




「なーんてこともあったよなぁ・・・」

あの頃のお前は可愛かった。
ほんとーーっに可愛かった。

寝台の上で握り拳を作って力説する綱吉の隣には、今年で14歳とは思えぬ身長と、大人びた端麗な容姿をした黒づくめの少年が寝っ転がっている。
形の良い唇には、ニヒルな笑みさえ浮かべて。

「いまでも十分可愛いと思うぞ?」
「自分で言うなよ。まったく、14歳のくせに、身長なんてそろそろ俺に追いつきそうじゃないか」
「そりゃてめーが小せぇんだ」
「うっ、ホントに可愛くないなー。あの頃はふにふにのプニプニで、あーもうっ可愛いなコンチクショーって感じだったのに」
「お前は変態か」
「失礼な!」

「―――ツナ」
「・・・っ卑怯者」

最近気付いたことがある。

ツナは、俺に名前を呼ばれるのに弱い。

どんなに騒いでも、俺が名前を呼べば、今みたいに顔を赤くして黙り込む。


その事実に気をよくしたリボーンが、綱吉へと覆い被さった。

「卑怯?どこがだ??」
「別にっちょっと、リボーン、今日はもうしないからね!!明日早いんだから!!!」
「・・・っち」
「可愛い子は舌打ちしなーい。ほら、もう寝るよ」

存外素直に引き下がったリボーンに、綱吉はクスクスと笑いながら枕元の灯りを消した。
そして再びシーツの中に潜り込むと、すぐに少年の手が伸びてきて引き寄せられる。

「ツナ」
「なぁに、リボーン?眠くないの?」
「ん」

欲望の色がない、純粋に甘えだけが含まれた声に呼ばれるまま返事をしてやる。


この少年が眠くなると素直になるのは、幼子の頃から変わらない。


そのことを少し嬉しく思いながら、首筋に鼻先をすり寄せてきた少年を抱き締めた。
そして何度も名前を呼んでやる。

リボーンが、名前を呼ばれるのを気に入ってることを知っているから。

優しく

穏やかに

子守歌のように。

「リボーン」


あいつが呼ぶ俺の名は、どこまでも暖かくて。
カプチーノの泡みたいに柔らかくて、微かに甘い。

ああ―――やっぱり、俺は、あいつに名前を呼ばれるのが好きだ。


fin.


ふわふわ、マシュマロみたいな、甘いリボツナが書きたかったんですorz


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