クラウディオ


クラウディオはラウラの良き夫でした。
クラウディオはルーカの素晴らしい父親でした。
クラウディオは真面目に働く部下でした。
クラウディオは上司に忠実な部下でした。
クラウディオは組織に忠誠を誓った男でした。
クラウディオは組織に命をささげた男でした。

クラウディオは、聡い人間でした。

だから。

「ねぇ、どうしてうらぎったんだい、クラウディオ?」

暗闇に、無邪気で純粋な疑問の声が響きました。
冷たい石の床に跪いた、太っても痩せてもいないどこにでもいそうな体型をしたクラウディオは、闇に響くその声によりいっそう身を縮こまらせます。

「きみは、とてもゆうしゅうなヒトだったじゃぁないか」

再び、歌うような声が闇の中でしました。
声の主は、クラウディオの前の大きな王座に傲然と腰掛ける、いとけない表情の青年でした。

「・・・ドン・ボンゴレ」
「なんだいクラウディオ」

まるで古くからの友人の呼びかけに応えるかのような、親しげな声がクラウディオのうめき声に応えます。
けれども、青年の瞳には親しさも悲しみも怒りもありません。
青年の瞳は、凪いだ海のように平坦な、感情が欠落した瞳でした。
その瞳を見ることができずに、クラウディオは下を向いたまま搾り出すように言いました。

「あなたはいずれ、このボンゴレを食い潰す」

その連綿と続く絶対の血と、死神に磨かれた比類なき多能をもって。
哀れな傀儡という仮面に覆われた、獰猛で凶悪な鋭利なる意思によって。

「くいつぶす?おれがこのボンゴレを?」

クラウディオの言葉に、青年は、とても面白い冗談を聞いたかのように快活に笑ってから、きょとんと幼子のように小首を傾げました。
そして琥珀色の目を猫のように細めます。

「ボンゴレに囚われて抜け出せぬ、この俺が?」

細められた青年の瞳の奥に、残忍な獰猛の炎がチロチロと燃えています。
青年から発された言葉は、クラウディオの耳を真っ直ぐに貫いて、彼の本能の奥底に深い深い傷を残しました。
―――恐怖という、傷を。

いったい誰だ。
こんなにも恐ろしいボンゴレ10世を“ボンゴレの下僕”などと呼んで蔑んでいるのは!

クラウディオはガタガタと震える体を抑えながら、そう思いました。
ダラダラと冷や汗が滲み出てきて、握り締めた掌がじっとりと汗ばんできます。

そんな風に怯えるクラウディオの姿に、再び青年は愛らしい微笑を浮かべました。

「どうしたんだい、クラウディオ。かおいろがまっさおじゃぁないか」

恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい。

恐怖に彩られたクラウディオの思考回路に、ころころと鈴の転がるような笑い声が突き刺さりました。

「何を怯えることがある?今お前は、ボンゴレの中で限りなく正しい答えの近くにいる、それだけだろうに」

目の前に膝を折るクラウディオの姿に、青年は楽しそうに語りかけます。
自分の正体に気づいた聡い部下を、だからこそ哀れな部下を、まるで珍しいものを見るような瞳で見ながら。

「あなたは・・・」
「おれは、ボンゴレがきらいだよ」

クラウディオが問う前に、青年は答えを示しました。

「しにゆくきみにはおしえてあげる。・・・おれは―――ボンゴレなんて、大嫌いだ」

いつも幹部に囲まれて、何の意思も灯さない琥珀色の大きな瞳に、明確な意思の光が浮かびます。
その美しい瞳に、クラウディオは息を呑みました。

消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ。

青年の瞳は、そう絶叫を上げています。

「ボンゴレはおれのすべてをうばいつぶした」

どこか独白めいた台詞が、幼さを残す顔立ちの青年から闇へと零れました。
そんな言葉をつむぐ青年の表情は、相変わらず能面のようにいとけないものです。

「だから俺も奪う。だから俺も潰す。この組織を」

誰にも気づかれないように、ゆっくりと。
誰も抗えないように、確実に。

「俺の意に従わぬものは要らない」

クラウディオは、最早青年の話を聞いていることができませんでした。
青年の言葉は虚ろで、それなのに強靭な刃のようにクラウディオの脳髄を突き刺していくのです。

哀しい哀しい哀しい哀しい哀しい哀しい哀しい哀しい哀しい哀しい哀しい哀しい哀しい哀しい哀しい哀しい。

脳髄にそんな言葉が次々と浮かんでは消え、クラウディオの中に溶け込んでゆき、彼の中の何かを変容させようとしました。

これが、死神の最高傑作。
絶望と虚無を糧に育った最高の悪夢。

「あなたは、あなたは・・・何を望んでいたのですか?」

それほどまでに、あなたが欲していたものは何なのですか?
恐怖にわななく唇でそう問えば、青年は再びきょとんと首を傾げて―――にんまりと笑いました。

「それはあいされることだよ、クラウディオ」

おれは、あのしにがみに、あいされたいのさ。
まるで台詞を読み上げるかのような、平坦な言葉。

「だけどねクラウディオ」

このボンゴレがある限り、決して俺は死神の一番になれない。
このボンゴレのために生まれたあの死神の一番には、なれないんだ。

まるで罪人が上げる慟哭のような、悲痛な言葉。

「しにがみがいちばんあいしているのは、まぎれもなくこのボンゴレだから。―――だから、ボンゴレなんて消し潰してしまえばいい」

そしてボンゴレを俺のものにしたならば。

「それはかんせつてきに」

ボンゴレのものである死神をも、

「手に入れたことになるだろう?」

だから青年は道化を演じます。
道化を演じながら、ゆっくりとボンゴレを咀嚼して、細切れにしていくのです。
そうして、ボンゴレを自分へ同化させるのです。

「君は聡いねクラウディオ。だからこそ」

きみにはしんでもらうよ?




クラウディオはラウラの良き夫でした。
クラウディオはルーカの素晴らしい父親でした。
クラウディオは真面目に働く部下でした。
クラウディオは上司に忠実な部下でした。
クラウディオは組織に忠誠を誓った男でした。
クラウディオは組織に命をささげた男でした。

そんなクラウディオが最期に見たのは、絶望に染まる“少年の”悲しげな琥珀色の瞳でした。

哀しい人だ。

そう呟いたクラウディオの言葉は、銃声にかき消されて青年に届くことはありませんでした。

「ねぇリボーン。俺を見てよ」

そう嘆いた青年の言葉は、眉間を打ち抜かれたクラウディオに届くことはありませんでした。


fin.


ツナは、実はボンゴレが嫌いなんじゃないかと。


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