ずっと、ずっと、電話を待っているよ。
―――少しでもいい、声が聞けるのなら。



「綱吉?やけに今日は携帯を気にしてるけど、どうかしたの?」

報告書を出しにきた雲雀さんに声をかけられて、俺は自分がずっと携帯を見つめていたことに気がついた。

「え、あ、いや、なんでもないんです」
「ふぅん・・・赤ん坊かい?」
「・・・あははは、かかって来ないのはいつものことなんですけどね」

いつものこと。
一生分のその言葉を、今日で使い切ってしまいそうだ。
それくらい、俺はさっきから何度も自分に言い聞かせてきた。

“リボーンが遠出して、電話をよこさないのはいつものこと”

そう言い聞かせないと、寂しくて腹立たしくて、やってられない。

「一週間の任務だったんだっけ?」
「今回はボンゴレとは関係ない仕事です。・・・また、どこかで道草してるんでしょう」

世界中、至る所に愛人を持つ俺の家庭教師サマは、いくらでも道草できる場所がある。
ボンゴレにいるからと言って、ボンゴレに所属しているわけではないのだから、リボーンがどこで何していようと俺の関知するところではない。
―――ああ、そうだとも、気にすることはないじゃぁないか。

例え今日が俺とアイツが付き合い始めた(始まっているのか定かではないが)日だったとしても。

28歳にもなってそんな日を大切に思っている俺のほうがおかしいんだ、きっと、そうなんだ。

「・・・いい加減、僕にしといたら?」

自問自答を繰り返していた俺に、いつの間にか顔を近づけていた雲雀さんは、極上の微笑でそう言ってくれる。
何度もそれに縋ろうと思ったけど・・・やっぱり、リボーンの声を聞くだけで幸せになれてしまう俺だから、いつもみたいに苦笑して首を振った。

「ダメですよ、俺は雲雀さんも大好きなんです。そんな理由であなたのモノになるわけにはいきません」
「そう、まぁ、別に僕は構わないんだけれどね」

そう言って雲雀さんはふわりと笑って、俺の頭を撫でてくれた。
その優しい感触に、少しだけ涙が出そうになる。

「雲雀さん、ひばりさん、俺、格好悪いですね」

イタリアンマフィアの帝王、ドン・ボンゴレが、年下の家庭教師に振り回されているなんて。

「別に。ちゃんと仕事してるからいいんじゃない?」

いつだって綺麗に笑う雲雀さんは、しばらく俺をよしよしした後、優雅な動きで部屋から出て行った。
残された俺はと言えば・・・書類に目を走らせて、内容を確認して承認印を押し、また携帯に目をやってしまっている。

こんなに気になるなら、俺がかければいいんだけど。
万が一仕事中だったら大変だから、かけられない。
・・・自分からかけるなって、リボーンの愛人の誰かにも言われたし。
それがリボーンの愛人の決まりなんだそうだ。

―――つまり、俺も、リボーンにとってはたくさんいる愛人の一人にすぎなくて。
教え子だとか、そんなことは特別なことでもなんでもなくて。

ベッドの中でどんな言葉をかけられても、勘違いをしてはいけないわけで。

そんなことを考えながら、俺は本日何回目かのため息をついた。


たしか誕生日も、こんな気持ちで携帯の前に座っていた気がする。

リボーンは、自分の誕生日にも、その次の日―――つまり、俺の誕生日にも、ボンゴレにいないことがある。
たいがいは、愛人の家で祝われているから。

俺もお祝いをしたかったんだけど、電話は繋がらないしどこにいるか分からないしで、結局祝いことを諦めた。
別に俺一人から祝われなかったからといって、気にする家庭教師サマとも思えなかったし。
もちろん、次に顔を合わせたときには「おめでとう」と言ったけれど。

自分の誕生日に電話にも出なければ帰ってもこないリボーンだ。
俺の誕生日に電話をよこすなんて、ましてやここに帰ってくるなんて、ありえないと分かってはいたけれど。
それでも携帯の前に座って、ずっとかかってくるのを待っていた。
電話をかけることは、愛人のところだったり仕事中だったりしたら悪いので、やっぱりできないまま夜を明かした。

さすがにあの時は、凹んだ。
次に会ったときには文句を言ってやろうとも思った。
でも、実際に顔を合わせて、遅くなったがおめでとう、と言われてしまえば、二の句が継げない。



ずっと、ずっと、電話を待ってはみたけれど。
―――やっぱり、勘違いみたいだ。





ずっと、ずっと、君を大好きなんだけど。
―――少し、うまく笑えないよ。



「おかえり、リボーン」
「ああ」
「怪我は?」
「あるわけねーだろ」
「そっか、良かった」

久しぶりに帰ってきたリボーンを、俺はいつものように笑って迎え入れる。
昔は、この家庭教師を見たら自然に笑みがこぼれてきたのに、今は、意識しないと笑えない。

そんな自分が悲しかった。

そんな俺に気づくはずもなく、リボーンは机にある書類を片付けている俺の横をすり抜けて、俺の後ろの窓辺に座って、いつものように愛銃の手入れを始めた。
俺は何とか会話をしようと話を振るけれど、返ってくるのはそっけない返事ばかりで、最終的には鉛玉が返ってきた。
―――鬱陶しかったらしい。

「ちょっ酷いなリボーン!ちょっとコミュニケーションを図ろうと・・・」
「うっせーぞ、さっさと仕事しやがれ」
「うぅ、虐待だ・・・」
「教育的指導だぞ」

冗談めかして言いながら、内心で重いため息をつく。
ここ数年で、俺も読心術を回避する技術を体得していたから、リボーンには気づかれない。
それが嬉しいやら悲しいやら・・・。
女々しい思いを知られたくはないけれど、この寂しさは知って欲しくて。

あーでも、確実にウザがられるな・・・。

せっかくリボーンが傍にいるのに、俺の心を占めるのはどんよりとした薄暗いもやもやで。



一緒にいるとなぜか哀しい。

嬉しい、はずなんだけど



そして、それから数日後、リボーンはいつものように唐突に姿を消した。
ボンゴレの次の依頼が入っているのは1ヵ月後だから、それまでは帰ってこないだろう。

「はぁ・・・俺って一体何なんだ・・・」
「振り回されてる愛人・・・100何号じゃない?」
「うぅ、順位的に3桁の愛人なんですね、俺」
「さぁ?・・・そんなに落ち込まないでよ綱吉」

雲雀さんとのティータイム。
最近すっかり恋愛相談タイムと化しつつあるけど。

「そりゃ俺だって、リボーンには俺だけ、だなんて思い込みはしてませんけど・・・」

やっぱり、辛いですよ、そんなの。
ティーテーブルに突っ伏した俺の頭を、いつものように雲雀さんが撫でてくれる。

「綱吉は、本当にあの赤ん坊が好きだね」
「・・・はい」

でも、俺の好きは、リボーンのそれより、もっとずっと大きいんです、雲雀さん。

その大きさの違いに打ちのめされてしまうほどに。

「リボーンが、大好きなんです」

リボーンは、きっと、俺をどれくらい好きかなんて考えたこともないだろうけれど。

確信めいた予感がする。
俺は近い将来、きっと、その大きさの違いに耐えられなくなって、リボーンに縋っている手を離すだろうと。



ずっと、ずっと、君と歩きたかったけど。
―――俺は、ちょっと早足だったかな


fin.


19 「恋」より
嘉月の心のリボツナソングでございます。


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