それを愛だと思うなら


あ、今撃ち抜かれてるな。

何でもない風を装って、了平さんが珍しいと言うか、初めて期限内に提出してくれた報告書に目を通しながら、俺は頭の片隅でそう思った。
俺の背後を自分の指定席にすることを許された、たった一人の家庭教師サマが、切れ長の漆黒の瞳で俺を見ている。
焦がれるような、観察するような、熱いのにそれでいて冷めた瞳で。


なんだかんだ言っても、俺は結局マフィアのドンなんて似合わない仕事を生涯の仕事に選んでしまった。
すでに“ボス”と呼ばれるようになって10年になる。
今、俺の後ろで、さり気なく(本当にさり気ない、俺も気づくのに時間がかかった)こちらを見ている、家庭教師改めドン・ボンゴレ専属ヒットマンも、今年で20歳になった。


さて、最近めっきり面の皮が厚くなったと噂の俺が、一体なぜリボーンに見られることを意識するかと言うと。

その視線に、まあ、世間一般様で言う“恋愛感情”とやらが含まれているからだ。
5年前に、初めてそれに気づいた瞬間、俺は叫んだね、心の中で。

ちょ、おま、待て、えーと・・・えぇっ!?10代で人生を棒に振るなよ!!!

って。
酷い?・・・酷いのか?いや、これって普通の反応だって。
だって俺、女の子といちゃいちゃしたりベッドの中で遊ぶのは好きだけど、男とどうこうなんて考えるだけで鳥肌が・・・。
あれ、俺、一体誰に弁解してるんだろう。

話を戻そう。
とりあえず、リボーンは、世界最強のヒットマンのリボーンは、どうやら俺が好きらしい。
それに気づいた時は、両刀の愛人に、男はでっぱりもへこみもあるから同性でも楽しめるけど、女同士はお互いへこみしかないから道具が要るのよ、とコトの後に言われた時くらいドン引きした。
いやーあの話をコトの後にされるのは正直おじさんキツかったよ、うん。
・・・話がまた逸れた。

色々言いつつ、しっかりリボーンを好きになってしまった俺が何を言えるわけでもないので、そろそろ話の遠回りは止めよう。
とにかく、リボーンは俺が好きで、俺はリボーンが好きと言う事実がある、のは確かだ。
悔しいことだが、俺の専属ヒットマンは、男の俺さえ惚れ惚れするほどに美しく成長してしまった。
美しいだけではなく、逞しく育ってもいるが、見た目はスレンダーで厳つい逞しさは微塵もなく、しなやかな逞しさがある。
・・・男に対してその外見をしらふで褒め称えるのは気分の良いものではないが、事実というか―――惚れた弱みだ、仕方がない。

さて、問題はここからだ。
恐らく、俺の愛する聡い家庭教師サマは、俺が彼の想いを知るように、俺の想いに気づいているだろう。

それでも俺たちは片想いから動かない。
正確には動けない。

マフィアなんて業界じゃ、特殊な性癖の一つや二つはさして問題にすることではない。
だから俺が、少なくとも俺が気にしているのは、そんな些細なことじゃない。

確実に、溺れてしまう自信があったからだ。
あの、10歳以上離れているくせに、酷薄な姿勢を保とうとしているくせに、恐ろしいほどに深い懐を持つリボーンに。
俺が溺れるのは、誰か特定の相手に、自分の心の一部を預けて一息つける心地よさであって、肉体的な快楽なんかじゃない。
だからこそ、厄介だと恐れている。
だって、心の一部なんて、一度預けたらすぐには回収できない―――もしかしたら、一生回収できないかもしれない厄介なシロモノだ。

そして同時に怯えてもいた。
始まれば、終わってしまう。
それは一ヵ月後かもしれないし、10年後かもしれないけれど、始まった関係には必ず終わりがある。
その、いつ来るかも知れない終わりに、俺は怯えていた。
臆病者と呼ばれてもいい。
今が全てと言い切れる単純さと情熱を、俺は年をとる代わりに失ってしまったんだ。

それに、今の関係で何が悪いのだとも思ってしまっている。
お互いに好きだと伝え合わずとも、今の関係で十分だ。
キスをしたり、セックスをしたりして、この気持ちが全てリボーンに伝わると思えるほど、残念ながら俺はロマンチストでもないわけで。
そう思うくらいには、俺はリボーンを愛しているんですよ、ええ、たぶんね。


きっと、俺と同じようなことを、リボーンも考えている。
というかむしろ、俺以上に、今の関係から一歩を踏み出すことを躊躇しているだろう。

なにしろ、マフィアの申し子、呪われた孤高のアルコバレーノだ。
誰かに依存するなんて、未知の体験に違いない。
リボーンにとっては、想像すらできない、屈辱的かつ恐ろしい現象なのだと思う。

彼の世界には、今まで、良くも悪くも誰もいなかった。
―――あ、自惚れたことを言えば、俺1割、ディーノさん5分ぐらいの割合で、リボーンの世界に存在していたかもしれないけれど。
さらに自惚れたことを言えば、その世界が壊れてしまうくらいには、リボーンは俺を愛しているらしい。

目が、俺を見る瞳が、言葉の端々に時折にじむ気配が、何よりもそれを雄弁に語っていた。

思うに、俺たちの想いは、必死すぎるんだよなぁ。
今までに積み上げてきた時間が、感情が、お互いの人生を占めすぎていて。

一度タガが外れたら最後、もう取り返しはつかない。

だから、怖い。




そんな感じで、俺たちは踏み出すか踏み出さないかギリギリラインで踏みとどまっている関係を、5年続けている。
それを長いと取るか短いと取るかは個人差があるだろうけれど、少なくとも、俺たち二人はそろそろ限界を感じていた。

睫が触れ合うほどの距離で額を合わせ、お互いの指や足を絡めあいながら、それでも唇には決して触れ合わない。
その先にだって進まないし、言葉なんて交わさない。
そんな夜を、どれだけ過ごしてきただろう。


「なぁ、リボーン。―――どうしようか」

書類をまくる手を止めて、俺は唐突にそう尋ねた。
―――尋ねた自分がびっくりするほど、唐突で、自然な問い。
それに、リボーンが微かに、けれどもしっかりと動揺したのが気配で伝わってくる。
どうやら俺の言いたいことは通じたらしい。

「―――」
「怖いよなぁ。俺、突っ走れるほど若くないし、お前はお前で潔癖だし、ってか孤高?独りでいるの好きだもんなーお前」
「―――まぁな」
「どーしようかー」

俺のノリは、内容の割りに最高にグダグダで、リボーンの失笑を買ったらしい。

「てめーはどうしたいんだ」
「んー?俺―?俺は今のままでも良いよー不都合はないし。ただ、ちょっと、もどかしいかな」

好きだとはっきり言えないことが。
さすがに恥ずかしくて、続ける言葉は呑み込んだ。
それでも、リボーンにはちゃんと伝わったらしい。
ぐるり、とリボーンの腕が俺の椅子を回し、俺は自動的にリボーンと向き合う位置へと移動した。

其処には、窓からの光を背負った、奇跡に等しい美貌のリボーンが、優雅に腕を組んでこちらを見ていて。
俺はしばらく阿呆みたいに、その絵画のような光景に見惚れてしまった。

そして不意に思った。

ヒトリジメシタイ。
この、賢く、美しく、しなやかな、この世でただ一人のリボーンを。

「お前、反則的に格好良くなったよなぁ・・・」

すっと右手を伸ばせば、そんな俺に応えるように、リボーンは少しだけ俺の方に前かがみになった。
手触りのよい、陶器のように滑らかな頬を撫でてうっとりしながら、俺は左手も伸ばして、リボーンの顔を挟み込むような体勢をとる。
鼻先が触れ合って、誰がどう見てもキスをする寸前にしか見えない。

けれど、俺たちは、今、其処から先に進むかで悩んでいた。

お互いの瞳に、文字通りお互いだけを映して見詰め合う。
そんな状況に満足しながら、俺はとびきりの甘い声で囁いた。

「なぁ、キスしたら、俺のものになってくれる?」
「その言葉、そのまま返すぞ」

不機嫌そうに、けれどその瞳に確かに情欲の色を灯して、世界最強のヒットマンはそう返事をした。

キスもセックスも、好きと言う言葉さえも、それ自体には何の意味もない、と俺は思う。
けれども、それでも人がそんなことを繰り返すのは、それによって相手を自分のものだと認識できるからなんじゃないだろうか。
ああ、だとしたら人間の、いやむしろ俺の愛は、なんて所有欲と独占欲にまみれているんだろう。

そうだ。
俺が何よりも思い至るべきだったのは、溺れる恐怖でもいつかの終焉でもなく。

この、俺にとってのカミサマを、唯一絶対のリボーンを、俺だけのもモノにできるという最高の誉れだ。

これまた唐突にその答えに行き着いて、俺は心の底から歓喜した。
そしてその喜びのまま、リボーンの形のよい唇にそっと自分のを重ね合わせた。
すぐに舌を絡めとられて、主導権と一緒に強い力で体ごと抱き寄せられる。

なんだ、踏み出して見れば、こんなにも簡単なこと。

5年目の口付けは、恋人同士の甘いものとは無縁の、砂漠の旅人が喉の渇きをを潤すような、飢えた狼が獲物に食いつくような、必死さと喜びに満ちていた。


どうやって移動したのか記憶は定かではないけれど、俺は気づけば隣の仮眠室のベッドに押し倒されていて、いつ終わるとも知れないキスの雨を受けていた。

「ん・・・ね、ぇ、リボーン」
「なんだ?」

互いの唾液でぬれた唇を、極度の酸欠と興奮でグラグラする頭で動かしながら、俺は今後の展開についての質問をする。

「どっちが男役なわけ、これって」
「別にどっちでもいーぞ」

どちらにしろ、お前は俺のになるからな。
ふふん、と嬉しそうに笑いながら、家庭教師サマは再びキスの雨を降らせ始める。

「ツナ、お前はどっちがいーんだ?」
「俺も、んっ、どっちでも良いけど・・・経験値的に考えると、最初はお前が男役のほうが良いような・・・」

ナニがドコに入るのかくらいは知識として知っているけれど、こんなエキサイトした思考であんな器用ことができるわけがない。
俺は自分の技術と経験を鑑みて、記念すべき最初の男役を年下の相手に献上することにした。

「そーか、じゃあ遠慮なく」

その時、にんまりと笑ったリボーンの顔は、俺が初めて見る“雄”の顔だった。


fin.


すいません、書いている最中で正気に戻りました・・・orz


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