太陽 空のライトが照らしてくれた。 ―――俺には少し眩しすぎた 「行かなくて、いいの」 薄暗い部屋に、ビアンキの囁くような声がした。 その声に、俺は窓に向けていた視線をベッドに向ける。 「どこへだ?」 「・・・いいえ、何でもないわ」 ビアンキは俺の問いに静かに目を伏せた。 それを見て、また視線を窓の外に煌く夜景に向ける。 俺だとて馬鹿ではない。 自分の生まれた日の翌日が、何の日かぐらい知っている。 ―――ツナ。 いつも、俺を日の光のように暖かい笑顔で迎えるマフィアの帝王。 闇の中で生まれ育った俺にとって、あいつの笑顔は少し眩しすぎた。 ツナが、自分にとってどれほど価値のある存在なのか、そんなこと誰に言われるまでも無く明らかだったが―――だからこそ、傍にいることが恐ろしかった。 俺の世界は、もともと、一筋の光さえ存在しないところだったから。 そこに出現したツナと言う光は、一度完全に受け入れてしまえば、今までの俺の世界は一瞬で不可逆的に崩壊するだろう。 そうなった後の世界で、あいつ無しには生きられない自分を認めるのは、俺にとって純粋な恐怖でしかない。 だから俺はツナと距離を置く。 あいつはそれでも笑っているから、それでも笑って俺を迎えるから、俺は眩しい光から逃れるかのように、さらに離れようとする。 その光の傍にいることを、恐らくこの世の誰よりも渇望しているというのに。 俺はため息をついて、上質の本皮ソファに背中を沈めた。 夜景のネオン以外に光源のない部屋は、薄闇の中にその調度品を浮かび上がらせている。 それを見るともなしに見ながら、蕩けるように柔らかな琥珀色の瞳を思い出した。 あいつは今頃どうしているだろうか。 最近、よく携帯を気にしているのだと、過保護な守護者から遠回しに非難されたことをついでに思い出す。 今も電話を待っているのだろうか―――どんな表情で、どんな思いで? 俺はツナの暖かな笑顔しか知らない。 情けないツラも見たことはあるが、基本的にツナは俺の前で笑顔しか浮かべないからだ。 それはきっと、ボスとしての意地と、俺に対しての配慮なのだろう。 だから俺は知らない。 あいつが何を考え、何を思い、何を願っているのかを、俺は知らない。 ツナの笑顔のその先を、俺は何一つ知りはしないのだ。 ―――知ったら、もう居心地のよい慣れた闇の世界に引き返すことはできないだろう。 ガラステーブルに無造作に置かれた、銀色の薄い携帯を眺める。 こちらからかけることのない、受信専用の電話。 だが、ツナのプライベートナンバーは知っていた。 かけてみようか。 きっと、俺が見たこともないような表情で、電話を待っているに違いない。 ツナが初めてこの携帯にかけてきた時のように、緊張して、それでも嬉しさを隠しきれない声音で応えてくれるだろうか。 一瞬そんな風に考えたが、そんなツナをどうしたら良いのかが分からず、結局伸ばしかけた手を引き戻す。 ツナは、もうこの携帯に自分からはかけてこない。 一度仕事中に電話をかけてきて以来、俺が仕事中であったり―――愛人とともにいることを考えて、引き下がるようになってしまった。 ツナは、決して自分を押し付けてこない。 自分の愛情も、願望も、感情も、何一つ押し付けてこない。 それがあいつの優しさなのか、弱さなのか、それとも強さなのか、俺には分からない。 俺が知るツナは、陽だまりのような笑みだけだからだ。 それ以外の、何をも俺は知らない。 君がライトで照らしてくれた。 暖かくて寒気がした。 ―――光の向こうのお前の姿は、俺には見えないのだと知った 久しぶりに会ったツナは、いつも通りの笑顔で俺を迎えいれた。 だが、お互いに向き合うようにソファに座って、暫く俺を見つめた後、ツナはくしゃりとその笑顔を歪めた。 「なぁ、リボーン。・・・さよなら、だよ、俺のセンセイ。・・・俺、もう、疲れちゃったよ―――」 それは、俺が初めて見る、泣きそうなツナの顔だった。 泣き出しそうなくせに、それでも、ツナは涙をこぼさずに泣き笑いを浮かべている。 ―――笑いながら、泣いている。 その涙を流さない泣き方は、かつてダメツナと呼ばれていたこいつが自分なりに編み出した、自己防衛手段なのだろう。 頭の片隅で、そんな泣き方しかできない教え子を冷静に観察しながら、俺は自分の思考が徐々に凍っていくのを自覚した。 俺は確かにツナの笑顔しか知らなかった。 だが、だからといって、泣き顔を見たかったわけでもなかった。 何も反応を返さない俺の態度をどうとったのか、ツナは顔を伏せて、少しくぐもった声で言葉を続ける。 「ごめん、ごめんな―――俺、離れたがってるお前に手を伸ばし続けるのにも―――ならない電話を待ち続けるのにも、疲れた。俺ばっかりお前を追いかけて―――俺ばっかりお前を好きなのが、寂しくて堪んないんだ」 再び顔を上げて、寂しそうに俺を見ながら笑うツナを見て、俺は唐突に、すとん、と納得した。 ツナは、俺の恐れに気づいていたのか? 光から逃れようとして、それでいて光を求める俺を。 それごと、臆病なところを含めて、俺を愛そうと―――受け入れようとしてくれていたのか。 だからいつも、俺が自分から動くのを待っていたのか。 君のライトを壊してしまった。 それが過ちだとすぐに理解した。 ―――俺を迎えに来てくれていた 混乱する頭のまま、ただ唯一思考に浮かぶ名を紡ぐ。 「ツナ」 「―――っあはは、俺って、意外と粘着質だったみたいで・・・自分でもびっくりだよ」 だが、俺の呼びかけを遮るように、ツナは乾いた笑い声を上げた。 その声は微かに震えていたが、確かに俺を拒絶する響きがあって、背筋を冷たいものが滑り落ちていく。 それを紛らわせるように、俺はもう一度その名を紡いだ。 「ツナ」 「呼ばないで・・・もう、呼ばないでくれよ、リボーン・・・。俺、悔しいけど、それだけで嬉しくなるからさ」 だって、お前がどう思おうと、俺はお前が大好きなんだから。 ふわりと、見慣れた無償の愛に満ちた微笑が、ツナの言葉とともに口元を彩った。 だが、もうツナは俺へ手を伸ばしてはいない。 俺を迎え入れるための腕は、もうおろされてしまっていた。 「さよならだ、リボーン。―――お前にとって俺がどういう存在だったか、なんてことは、もうどうだっていい。どうだって良いんだ。・・・ただ、俺は・・・俺は、お前を―――愛していたよ」 きっと、この世の何よりも。 きっと、お前が思う以上に。 そう言って、ツナは本当に優しく慈しみに満ちた微笑みを浮かべた。 それを見た途端、ぱたん、と、どこかで何かが閉ざされる音を、俺は聞いた気がした―――。 君のライトを壊してしまった。 光の向こうの君の姿が、永遠に見えなくなってしまった。 ―――それが見たかったんだと気づいた。 fin. BUMP OF CHICKEN 「太陽」より。 嘉月の心のリボツナソングでございます。 Back |