発展的アルゴリズム <3>


ひとしきり恐慌状態に陥った後、ついでに仕事を片付けて行けと言われ、ショックで朦朧とする頭で書類を処理し、雲雀の部屋を出た時には、すでに日が沈んでいた。

「ああ、部屋戻りにくいなぁ・・・」

自分がショタコンだという事実に綱吉の頭は占領されており、今のところ、恋の甘さが心に浮かぶ余裕など無い。

確かに、昔から、リボーンは綱吉の中で特別なポジションにいた。
生まれたばかりのくせに家庭教師で、一流の殺し屋で、でも、ときどき驚くくらい子どもっぽくて。
尊敬、というよりは憧れていたし、保護者じみた心配というか愛情も抱いていた。

だが。

いつの間に、それが恋愛感情にシフトチェンジしたのだろう。


ふと、あの時のリボーンの言葉を思い出した。
もう手加減はしない、覚悟しておけ、という、台詞。
あれは確か、京子の結婚式に出席して、帰還した日の夜のことだった。

あの台詞は、本気で落としにかかるからな、という、リボーンの宣戦布告だったのだ。

今更それに気付いて(あの時は、更にしごかれるのかと思った)、綱吉は再び顔に血が上っているのを自覚する。

何てことだ!
有り得ないじゃないか!!
あんな子ども相手に、そんな感情を抱くなんて。
これでは、リボーンの思い通りではないか。

と、理性が思いっきり反発していたが、それを上回る感情が

リボーンが好き。

と簡潔に囁いてきた。

「有り得ないよ、ホントに・・・。あいつの長い愛人リストに加えられるなんて」
「そーでもねーぞ?」
「ひぃ!?」
「よぉ、ツナ。半日仕事(むしろ俺)放って、どこにいやがった?」

背後からかけられた声は、微かに怒気を含んだもので、それに体を強張らせると、一層後ろから放たれる怒気が増した。
そのまま腕を引かれ、使われていない部屋に引き摺り込まれる。

そして、ばんっと勢いよく壁に叩きつけられ、長い腕で左右を囲まれ、完全に捕らえられる体勢となった。

「り、リボーン?」

暗さになれない目では、前にいる少年のシルエットしか見えない。
おずおずと声をかければ、何かを堪えるような声が返される。

「いい加減、気づけよダメツナ。俺だって、もう、子どもじゃねぇんだぞ」
「リボーン・・・」

苛立たしげで、でも、どこか切なさを含んだ声に、はっとする。

このヒットマンは、いつから、こんな大人びた声を出すようになったのだろう。

見れば、殆ど目線の変わらぬ位置に、リボーンの漆黒の瞳があった。

ああ―――。
「お前、大きくなったんだな」

目線の高さが同じになって、初めて、リボーンがその瞳に宿していた感情に気付いた。

そんな瞳で、いつも俺のこと見ていたのか?
そんな、必死で求める光を宿した瞳で。

最強のヒットマンに似合わない、そんな渇望する瞳で。

リボーンは何も言わず、ただ綱吉の両手を拘束したまま、直向きに見つめ返してくる。
そのリボーンの様子にふっと苦笑して、綱吉はゆっくりと、優しく声をかけた。

「ゴメンな、気付かなくて。お前は、ずっと待っててくれたのにな」
「ツナ―――」
「俺は好きだよ、リボーンが。もちろん、京子ちゃんより。―――俺、ショタコンの気はなかったんだけどさ」
「―――ふん、当然だ」
「ん!?・・・ん、ぅ・・・はぁ・・・」

綱吉の声に、一気にいつも通りのふてぶてしい態度に戻ったリボーンは、まるで噛み付くように口づけてきた。
やがて、口内を蹂躙していた舌が出ていくと、二人の間に細い銀色の糸が引いている。

「おまえ・・・上手いなぁ・・・なんかムカツク」
「はん、経験の差だ」

ほんのり頬を上気させた綱吉は、その言葉が気に障ったらしく、リボーンの拘束を解いて、少年のネクタイを掴んで引き寄せると、再び唇を合わせた。
そして今度は、綱吉が積極的にリボーンの口内に侵入して、思う存分嬲ってやる。

「・・・ふっ・・・ん・・・ふぅ・・・どう?」

散々舌を絡めて気が済んだらしく、綱吉は唇を離して満足げにリボーンに問うた
微かに頬が上気したリボーンは、その問いに苛立たしげな声を上げる。

「てめぇどこでそんなの・・・ふん、まあ、いいけどな。俺をここまで煽ったんだ、覚悟は出来てんだろーな?」

だが気を取り直し、ニヤリと獰猛に笑った。
暗闇ではっきりとは見えない綱吉も、それを気配で察したらしく、微かにたじろいだ。

しかし。

伸びてきた腕に、逆らうことはなかった。




「ねぇリボーン」

床に服が散らばる部屋で、床に座ったリボーンの足の間に座りながら、まだ微かに整っていない息のまま綱吉が問い掛けた。
初めてだったせいで腰は痛いし、散々鳴かされたせいか、声もかれている。
リボーンは華奢な体をさらに抱き寄せて、その耳元に囁いた。

「なんだ?」
「俺はちゃんと言ったけど、お前、まだ言ってないよな?」
「何を」
「え、その・・・」
「何だ?早く言えよ??」

ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるリボーンの声に、綱吉はリボーンの意図を察して口を噤む。
そう何度も、「好き」などと言えるわけがない。

「馬鹿。そりゃ、俺はお前の愛人?ってことになるのかも知れないけど・・・」
「馬鹿はてめーだ。俺は愛人にキスはしねぇ」
「え?」
「ついでに、愛人相手にあんなにがっつきもしねぇぞ」
「えぇ!?俺はてっきり・・・」

いつもあんなに激しいのかと思った。
何度、死ぬかと思ったか知れない。
今だって、泣いたせいで目が腫れぼったいし。

本当に、食べられるかと思った。

つまりそれは、それだけ―――。
「俺に飢えてたってこと?―――っ」

言ってから、自分がかなり恥ずかしい台詞を吐いたことに気付き慌てて口を押さえた。

けれど時すでに遅し。

「おぅ、だから、まだまだ足りねーな」

リボーンの声とともに、くるりと体が反転した。
そして、上から綺麗に鍛えられた肢体がのし掛かってくる。

「うわっちょっと、冗談だろ!?お前、なにその怪物じみた体力!!」
「うるせー。つべこべ言わず、喰われてろ」

再び床に沈められて、綱吉は思った。

俺は、もしかして、とんでもないのに捕まったんじゃないか、と。

ちなみに、それ以降、綱吉は何度もそう思うことになる。



「まったくさぁリボーン、そんなに簡単に殺すなよ。俺、ただ腰触られただけだよ?」
「どうせ殺す必要があっただろ。それが少し早まっただけだ」
「あっそう。それなら、コイツらもどうにかしてよ」

お前が殺したの、コイツらの上司なんだし。
ぐるりと囲まれた綱吉は、死に瀕した危機感など一切見せず、戯けたように背後の少年に声をかけた。

「当然だ、俺のものに手を出したんだからな」
「その割りには、まだ好きって言って貰ってないんですけどー」
「ふん、俺は出し惜しみするタチなんだ」

話ながらも、銃声とともに二人の周りの人垣は段々と崩れていく。

「じゃあ、俺が死ぬ時には、絶対に言ってよ?」
「・・・これが終わったら言ってやる」

だからそんなこと言うな。

リボーンの声なき声が聞こえた気がして、綱吉は頬を微かに緩めた。

「じゃあ、さっさと終わらせないとね」

リボーンの気が変わらないうちに、さ。

綱吉の言葉とともに、澄んだ銃声が大気を揺らした。


Fin.


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