追憶



去年の春は何をしていたっけ。

ああ、隼人が桜を日本からまた数本持ってきて、ハルが張り切ってお花見の準備して、恭弥さんが桜は嫌いだとか言ってなかなか部屋から出てこなくて。
リボーンがまた何かよく判らないボンゴレのゲームを始めて、酔ったコロネロが絡み始めて・・・花見というか花火みたいに銃撃戦になったんだっけ。

それから。

それから?

・・・山本が笑っていた。


いつもの、あの豪快で優しくて、全てを包んでくれるような笑顔で。
10年以上側にあった、親友の笑顔で。



そんな春はもうこない。

昨日、正式に彼はボンゴレファミリーから除名され、制裁対象として追われる立場になったのだから。
美しい景色を見上げ、直ぐに俯いてしまった綱吉に、雲雀は労りとも確認とも取れる言葉で問い掛けた。

「寒いの」
「あ、いいえ、大丈夫です」

口ではそう言いながら、表情は全く大丈夫そうでない上司をしばらく眺めて、秘書は再び口を開く。

「懐かしんでも、時間は戻らないよ。時間は直線的だからね。引き返す事なんて出来ない」
「・・・はい」


回り始めた歯車は、静かに糸を紡いでいる。
人の命数という糸を。





『あははは、出た、山本節』
『なんだそれ、炭坑節かってーの』
『炭坑節・・・山本、お前幾つだよ』
『24』
『・・・あーお互い年取ったねぇ・・・』
『おいツナ、そんなに遠い目してんなよ』

秋の夜長、今日は空が澄んでいるからと酒を持って、屋根で飲みながら星を見たことがあった。
他愛もない話をしていたときに、ふと、ツナが口をつぐんだ。

『山本と知り合って10年かあ・・・意外と直ぐにやってきたねぇ。ランボもホントに伊達ランボになっちゃったし』
『ああ、ま、たまにちっせぇ方が出るけどな』
『そうそう。ちっちゃいランボが来ると、思わず構っちゃうんだよね。お菓子とかあげたりしてさ』
『構い過ぎて、5分たったの忘れてビビったりな』
『あー突然大きくなられると心臓に悪いねえ』

そこでくいっと酒を飲んで、ツナのおしゃべりは続く。

『10年・・・山本は、後悔していない?こっちに来たことを』
『今更だぜ、ツナ。オレはお前の右腕じゃない、お前の親友なんだから。お前の側にいて後悔するなんて、ありえねぇ』
『・・・そっか、ありがとう、山本。オレは・・・』



そこで、ふっと意識が戻った。

「・・・夢か」

豪華ながら殺風景な部屋で目を覚まし、山本はポツリと呟いた。

当然ながら、酒を酌み交わしていた綱吉の姿などない。

「・・・ホント、未練たらしいな、オレも」

未だに最愛のボスの幻影を追いかけている自分を嗤い、山本はベッドから降りてシャワー室へ入った。
お湯を出しっぱなしにして頭からかぶる。




決めたことだ。

ファミリーを、ツナを裏切ることは。
自分で、決めたことだ。
それがどれほど、あの優しい綱吉を傷つけることになっても。

もう、引き返せない。

それなのに、夢の中で見たあの屈託のない笑顔に、胸が苦しくなる。




山本は、綱吉を愛している。

好きな理由なんて、それこそ掃いて捨てるほど。
綱吉のためならば、死すらも厭わないだろう。

だからこそ、ボンゴレを、綱吉を裏切った。

綱吉が、山本をそう言う意味で好きなことも知っている。
面と向かって言われたこともあれば、可愛く寝言で囁かれたこともあるから。

いつだって、山本を見る綱吉の瞳は甘く優しい光を宿していて。

だからこそ、裏切ったということがとてつもなく苦しい。


「ハハ、馬鹿じゃねぇの、オレ」

自嘲の笑みを浮かべたまま浴室から出ると、タイミング良く携帯が鳴った。

「Hello?」
『Ciao!』

耳に当てた受話器から少年の声がして、山本は僅かに瞠目した。
耳慣れた、ある意味神の寵愛を受けた黒衣の死神の声。

「・・・坊主、か?」
『そうだぞ。ホテル・ベイシェラトン最上階の眺めはどうだ?』
「居場所も確認済か、で、目的はオレの処分?」
『事と次第によってはな』
「ふうん、なんだ、ボンゴレからの依頼じゃねえの」
『さあな』

復活の名を持つ最強のヒットマンが話をはぐらかすのはいつものことで、山本はタオルで頭を拭いながらヒットマンの話を待った。

『簡潔に言おう。お前はボンゴレを裏切ったか』
「ああ」
『ツナもか』
「・・・ああ」
『その裏切りは、ツナにとって有益か?』
「・・・」
『・・・』
「・・・」
『ふん、じゃあな』

無言のうちに了解したのか、少年の声をした死神はそのまま回線を切った。



「ごめんな、ツナ・・・」

言葉にならない慟哭を、懺悔の言葉に乗せて。





「・・・おかしい」
「はひぃ?」

もうかれこれ10時間以上パソコンの画面に向かっていたハルは、その横でなにやらごそごそと調べ物をしている獄寺に目をしばしばさせながら生返事を返した。

「・・・てめえは、自分が分析した情報ぐらい覚えとけっ」
「はひぃ〜痛いです〜女の子叩くなんてっ」

ドツキ漫才に近い遣り取りをしながら、獄寺はハルの前に十数枚のデータを広げた。
そのデータは、ここ数年の麻薬の流出経路、種類、使用者の分布などが打ち出されている。

「・・・獄寺さん」
「やっぱりそう思うか」

そのデータが示すある事実を、自分以外の幹部も認めるならば間違いあるまいと頷きかけた獄寺に、ハルは眠そうな目を向ける。

「ハルは眠気がMAXです」
「果てろ」
適当にその辺にあった書類の束で天才ハッカーをはたいて、獄寺はもう一度データに目を通した。

新種の麻薬なんぞ、年に十数種類と出回るが、南米大陸からの新種麻薬の発注量は少しおかしい。
しかも、麻薬の大消費地であるアメリカが直ぐ近くにあるというのに、わざわざ接点のあまり無いであろうロシアやヨーロッパ、アフリカなど、全世界にまんべんなく麻薬を流している。

まるで新種の麻薬の効果を試すかのように。

「(何考えてやがる、山本。そんなことをして、十代目が喜ぶわけがないっ)」

その事実を踏まえて浮上したある考えに、獄寺は戦慄とともに一種の哀れみを覚えた。

もし、獄寺が考えたことが正しければ、山本の裏切りは、どこまでも悲しい意味を持つ。

自分の考えが外れることを願いながら、ドン・ボンゴレの明敏なる右腕は南アフリカ近辺の麻薬ルートの探索を再開した。




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