「遺失物預り所」。 そこには、人々が忘れたモノが保管されている。 どんなものも、回収された時から変わらぬそのままの状態で、ずっと大切に保管されている―――。 たくさんの忘れ物が保管され、たくさんの人が忘れ物を取りに訪れる場所。 遺失物預り所 ピッピッピッ・・・ 電子音が、規則正しく、音を刻む。 耳慣れたようで、聞き覚えのない音。 「いい加減起きろ、このダメツナ!!!」 唐突に耳元で怒鳴られて、俺は文字通り布団の上に飛び起きた。 眠い目を擦りながら横に立つ人間を見上げれば、全身黒づくめの、まるで死神のような格好をした男―――無駄に顔だけは良いリボーンが、綺麗な顔を不機嫌そうに歪めて俺を見下ろしている。 「・・・おは、よう?」 こてん、と首を傾げながら朝の挨拶をすれば、ぺしんと頭を叩かれた。 「いつまで寝てやがる。さっさと仕事しやがれ」 「うー・・・眠い・・・今何時・・・?」 叩かれた勢いで、もう一度枕にダイブしながら聞けば、すでにこちらに背を向けて部屋を出て行こうとしていたリボーンが低い声で返事を投げる。 「ここに時間なんぞねーぞ、何回言えばわかるんだ」 「ああ、そっかぁ・・・」 俺は、ぼんやりとその返事の内容を理解しながら、もぞもぞと布団から這い出した。 ここは「遺失物預り所」。 時間のない、どこにあるとも知れない空間にある、不思議な場所。 俺はある時、気付いたらその出入り口の前に立っていて、ここの管理者だというリボーンに声をかけられた。 遺失物預り所―――人々が忘れてしまったモノを保管する場所。 何も忘れた覚えの無かった俺は、本来ならここに来る必要のない人間なはずで。 だからすぐに立ち去ろうとしたのだが、ここの管理者であるリボーンによって引き留められている。 なんでも、「遺失物預り所に忘れモノがない人間は、ここに辿り着くことはできねー」らしい。 俺は、自分が何かを忘れたことさえも忘れてしまった、最悪な部類の人間なのだという。 そんなわけで、俺は自分が何を忘れたのかを思い出すまで、この不思議な「遺失物預り所」でリボーンの手伝いをしていた。 今日も今日とて、何かを忘れて彷徨う人々が「遺失物預り所」の扉を叩く。 「ああ、そうだわ―――そう、この指輪よ・・・」 上品な雰囲気を纏った老婦人が、俺の差し出したシンプルな真珠の指輪を見て、皺の寄った目尻を下げて懐かしそうに微笑んだ。 そして、大切な宝物を扱うような丁寧な手つきでその指輪を手にとって、静かに涙をこぼす。 「ここにあったのね・・・。どうして、忘れてしまったのかしら」 こんなにも大切なモノだったのに。 そう呟いて、老婦人は、何度も頭を下げながら去っていった。 「大切なモノなのに、忘れてしまうんだね」 小さくなっていく後ろ姿を見送って、俺はポツンと呟いた。 ここに来る人は、みんなそうだった。 大切な何かを忘れた人々が、それを探しにやってくる。 壁に寄り添うように置かれた小さなソファに座って、接客もせず優雅に珈琲を飲んでいたリボーンは、俺の呟きにちらりと視線を寄越した。 「大切だから、忘れちまうことだってあるんだ」 「・・・変なの」 「普通だろ。・・・あの指輪は、あの女が将来を誓った相手から贈られたモノだ。だが、あの女は、血縁者に言われて別の男と結婚させられた。・・・だから、忘れようとしたんだぞ」 それはまた、時代錯誤にドラマティックな昔話だ。 ふと気になって、遺失物預り所の管理者の、端麗な横顔を見つめた。 「―――リボーンは、忘れモノの由来を全て把握しているの?」 「当たり前だぞ。管理者だからな」 「じゃあ、俺が忘れてるモノも知ってるんじゃないのか?」 「本人が、自分の忘れモノが何かを覚えていなければ、「預り所」の中から「忘れモノ」が出てくることはねーぞ」 「そっか」 「まだ、思い出さねーのか?」 「うーん、全く」 「・・・ったく、忘れたモノを忘れた人間ほど、どうしようもないヤツはねー」 俺の返事に、心底うんざりしたような溜め息をついて、リボーンは再び視線を俺から外して珈琲を飲み始める。 「ツナ、次の客だぞ」 「あ、うん」 そう言われて、促されるままに扉を開けると、そこには長身で全身黒ずくめの男が立っていた。 手入れの行き届いた長い銀髪が、風もないのに靡いている。 「ようこそ、遺失物預り所へ。何をお忘れですか?」 俺は目鼻立ちのはっきりした青年の顔を見上げ、いつもと同じ出迎えの言葉をかけた。 少し釣り目の青年は、意志の強い瞳で俺を見下ろして、厳かに口を開く―――。 「―――お前だ」 その言葉が俺の鼓膜を揺らすのと、俺の頭のどこかで何かがかみ合う音がするのとは、ほとんど同時だった。 後ろに座っているリボーンの口元から、安堵したような残念そうな吐息が漏れる。 ピッピッピッ・・・ 電子音が、規則正しく、音を刻む。 耳慣れたようで、聞き覚えのない音。 ああ、あの電子音が刻んでいたのは―――。 「リボーン、ねぇ、リボーン!」 青年を戸口の前に立たせたまま、俺は勢いよく後ろを振り向いて、遺失物預り所の管理者の名を叫んだ。 「うるせーぞ、ダメツナ。そんなでけー声出さなくても聞こえてる」 俺は、リボーンの面倒くさそうな返事を半分聞き流しながら、言葉を続ける。 「俺、思い出したよ!」 「そーかよ」 「俺、俺が忘れてたのは・・・」 俺の身体の場所、だろ? 「Eccellente!」 ニヤリと笑った愉快そうな管理者の言葉と、腕をしっかりと掴んで力強く引っ張ってくれる青年―――スクアーロの腕に満足感と安心感を覚えながら、ゆっくりと俺の意識は遠くなっていった。 ピッピッピッ・・・・ 俺の心拍数を刻む電子音が、一定のリズムで音を立てている。 視覚よりも先に覚醒した聴覚でそれを認識しながら、俺はゆっくりと瞼をあげた。 視界に飛び込んできたのは、白い天井と、俺を見下ろす見たこともないほど真剣な顔をした愛しい人。 「すく、あーろ・・・」 しばらく使われていなかった俺の声帯は、少しだけ掠れた音を紡ぎ出す。 名を呼びながら、腕を伸ばしてスクアーロのなめらかな頬に手を当てれば、その手をぎゅうと強い力で握られた。 「いたい、よ」 そう抗議すれば、無言で手が外され、身体ごと抱き締められる。 さらさらの長い銀髪が、清流のように流れて俺の頬を撫でていった。 「馬鹿ヤローがぁ」 「うん、ごめんね、心配を、かけたよね。―――でも」 俺を探しに来てくれて、俺を見つけてくれて 「ありがとう」 お゛ぉぅ、当たり前だ、馬鹿ヤロー。 俺の首筋に鼻先をすり寄せているために、スクアーロの声はくぐもって聞こえてくる。 けれど、彼が、意識不明の重体だった俺を死ぬほど心配してくれたことは、痛いほど伝わってきた。 誇り高いスクアーロが、これほど素直に俺に縋って、甘えてくるんだから。 指通りの良い銀髪を指で梳かしながら、俺は迷子の子どものように抱き縋ってくる恋人の大きな体を、痛む傷を気にしないで力一杯抱き締める。 そして何度も、精一杯の愛しさを込めて、その名を呼んだ。 何よりも大切な、たった一人の人の名を。 「遺失物預り所」。 そこには、人々が忘れたモノが保管されている。 どんなものも、そのままの状態で、ずっと、大切に、保管されている―――。 たくさんの忘れ物が保管され、たくさんの人が忘れ物を取りに訪れる場所。 何か、忘れ物はありませんか―――? fin. 場繋ぎ的な蔵出しスクツナ(のようなもの?)・・・w うぅ、なんというか、漠然とした話になってしまいましたねorz Back |