美しき日々の追憶


「十代目―!」
「へ?」

ドガンッ

獄寺の声に振り向けば、黒い砲口が完全に綱吉の姿を捉えていた。


次の瞬間には軽い衝撃と共に白い煙に包まれ、微かに意識がぶれる。


まさか・・・と、嫌な予感を感じつつ再び目を開くと先ほどまで居た本部の大広間ではなく、見慣れたのとは多少異なる自身の執務室で。

「えーっと、あ・・・れ??」
「・・・十代目、ですよね・・・?」
「あれ、隼人、何か若返って・・・っだぁ!やっぱりか!!」

不審そうにキョロキョロと辺りを見回せば、目の前には戸惑ったような表情の獄寺が立っている。
ちなみに、綱吉が見慣れていた彼より若い。

「あーもう、ランボめ!いや、あれはどっちの所為なんだ??」

先ほどまでの記憶を反芻しながら、綱吉は呻いた。




ボンゴレの新年会の二次会。新年会一ヶ月後の2月1日に行われるそれは、無礼講と同義である。

そこに招待されるのは、ドン・ボンゴレと旧知の人間。
行われるのは、羽目を外した乱交パーティ。
多種多様な酒が振る舞われ、笑い声と共に鞭や白刃、拳が煌めき、静かな怒声と共に銃弾やトンファーが飛び交い、罵声が上がったと思えばダイナマイトが飛び、泣き声と共に砲弾が放たれる。

一体どの辺りが新年会なのか理解しがたいが、まあ、本人達は楽しそうなので良いのかも知れない。

が、羽目が外れすぎるというのも問題だ。

つまり、羽目を外した誰かが撃った10年バズーカ・リバースにあたって、綱吉は10年前に飛ばされたらしい。
参加者の平均年齢が三十路に達した(一部例外の若い奴らは黙殺)のだから、いい加減落ち着け。



そんなことを考えている間に、執務室には若かりし頃の幹部メンバーがそろっていた。

まだ体制が整いきっていなかったために、主要な幹部メンバーが揃うのが珍しかった10年前。
この日に限ってなぜ殆ど全員が揃っているのだろう。
先ほどまで飲んでいたアルコールで霞む思考を働かせてみるが、思いつかない。
仕方がないので、ひょいっと片手を挙げて挨拶をしてみる。

「や、やあ、みんな若いねー。いや、ちがうな、久しぶり??
あ、さっきまで会ってたけど・・・あー、もうどうでもいいや」

だんだんどうでも良くなってきた綱吉の言葉を聞いていた獄寺が、感極まったように声を上げた。

「十代目!めちゃくちゃ渋いです!!」
「それは老けたって言いたいの隼人?・・・ああ、この頃はまだ「獄寺くん」だったっけ」
「なに、綱吉、君はいつの綱吉なわけ?」
「恭・・・じゃなかった、雲雀さん・・・はあんまり変わりませんねって、
ええっと、元々老けてるって意味じゃないんで、物騒なものは下げてください」

ひゅんっという音共に首筋に当てられた冷たいトンファーを手で押さえつつ、綱吉は苦笑する。

若いって良いなぁ、最近の恭弥は睨みだけで人を黙らせるような、物騒な眼光になっちゃったし。

10年後の、書類を手に睨み据えてくる雲雀の姿を思い返し、やはり雲雀のような人間であっても、若い方が可愛げがあるということを認識した。
そんな綱吉の苦笑をどうとったのか、雲雀はどこか不満そうに眉を上げながら、ギリギリとトンファーに力を込めていく。

「わー雲雀さん、ちょっと、ほら、落ち着いてくださいよ!」
「・・・ふん、質問の答えは?」
「ああ、ええっと、10年後、ですかね。最近、といっても10年後なんですけど、10年バズーカ・リバースっていう珍妙な物を作った奇特な馬鹿がいたもので。それにちょっと当たっちゃったんですよ」
「へえ」
「ちなみに効果は1日です」
「ふうん」

そこまで聞いたところで、雲雀のトンファーが下げられる。
それと同時に、山本の、いつまでも変わらない明るい言葉が投げかけられた。

「いやーツナ、10年後ってことは、お前33?」
「山本・・・その点には触れないでくれる?」
「でもお前、全然見えないぞ?確かに、俺らが知ってるお前と並べたら老け・・・」
「山本?」

にっこりと笑って山本を黙らせる辺り、確かに10年後の綱吉はボスの風格を備えているのかもしれない。
褒めているのか貶しているのか微妙な山本の発言は黙殺し、綱吉は集まったメンバーを眺める。

雲雀、獄寺、山本。

今も10年後も変わらぬボンゴレの三強幹部。
主力であるが故に、大きな行事が無い限りこの三人が顔を揃えることはほとんど無い。

「んー一体、今日は何の日だったっけ?」


新年会二次会が企画されたのは、綱吉がボンゴレ十代目を襲名して10周年からだったので、まだ、この時には存在しない。
むー、と考えている最中に、ふわりと背後に気配を感じて振り返る。

ドン・ボンゴレの背後に断りもなく立つのは、ザンザスやアルコバレーノを除けば一人しかいない。

「骸さん、その癖、ホントに十年たっても治らなかったんで無意味かも知れませんけど、俺の後ろに立たないで下さい」
「おや、十代目、どうしました?雰囲気が・・・」

少しきょとん、とした顔を見せて綱吉の真後ろに立ったのは、予想通り六道骸だった。

「骸さんまで居るなんて、ホントに、今日は一体何の日なんだったっけ・・・」


基本的にボンゴレの裏方で暗躍しているか、自由気ままに放浪している骸。
つまり、めったに本部へ姿を現さない。
そんな骸まで居るなんて、本当に何があったというのか。


ふと、綱吉は、ある違和感を感じた。

雲雀、獄寺、山本、骸。

ありえない顔の揃い具合のわりに、殆ど本部にいるハルや了平、
そして、常に綱吉の背後にいるはずの死神がいないのである。
リボーンがいれば、まず間違いなく、骸は綱吉の背後には立てなかったであろう。
そして何より、夕方の執務室の机に、何故こんなにも酒が用意されているのか。
見れば、接客用の机にまで所狭しと置かれている。

まるで、今から夜を徹しての酒宴が催されるかのように。

2月1日、一ヶ月遅れの新年会。
何故か酒が飲みたくなる日。

―――――ああ。

そこでやっと思い至った綱吉は、ふっと微苦笑を浮かべた。



10年間、思い出すことのなかった思い出。
なんとも言い様のない安堵と切なさ、それは郷愁の思いも混ざり合って、綱吉の心の奥深くにひっそりと、しかし確実に存在していた。


今日は、笹川京子の結婚式。


だから、ハルと了平は結婚式に参列するために日本へ向かったし、リボーンにはついでに綱吉の両親へ顔を出すようにと命じたのだった。
23歳の、まだ青臭い感情を持て余していた綱吉は。
そして、仕事で各地へ飛んでいた幹部を(無理に)呼び戻し(もちろん、幹部達は喜んですっ飛んできた)、夜通し飲み明かすことにしたのである。


あれ、でも、結局飲み明かした記憶は無いんだけど。

少々首を傾げながらも、綱吉は、せっかくだからと10年前の友人達と酒を酌み交わすことにした。



そして、夕方から飲んで飲んで飲みまくって、結局、床に就いたのは午前3時を少し過ぎた頃だった。
未だに、隣の執務室からは獄寺達の声がしている。

うぅ、みんな、やっぱり若いなぁ・・・。

そんなことを思いながら、綱吉は、肌触りの良い毛布を肩まで上げて、体を丸めていた。



そうだった。
2月1日に無礼講が行われるようになったのは、この時からだった。

新年会二次会と呼ばれるようになったのが、十代目就任10年目だっただけで。
この年から、夜を徹しての飲み会が始まったのだ。

なんてことだ!
三十路を過ぎた野郎どもの飲み会の発端が、自分の失恋を慰めるためだったなんて!

あー恥ずかしいな、向こうに戻るの。
うわ、もしかしないでも、みんな知ってたのか、あの飲み会の始まりを!
なんで主催者の俺が知らないんだよ!!

思わず恥ずかしくなって、掛け布団を頭まで被る。

フワリ

そこへ、突然、布団から出た頭を撫でられ、布団から目だけを出してそちらを伺う。

確かめなくても分かっている。
暗闇に浮かぶ、闇より黒いシルエットは、綱吉が見慣れているものより華奢だけれども。
ベッドに腰掛け、綱吉の頭を撫でているのは。

「お帰り、リボーン」
「ああ」
「母さん達、元気だった?」
「ああ」
「イーピンも?」
「ああ」
「ハルと了平さん、大丈夫だった?」
「ああ」
「・・・京子ちゃん、美人だっただろ」
「・・・ああ。最高にな」

ふふ、リボーンのその言葉に、綱吉は花が綻ぶように笑った。
童顔だからか、ほとんどその笑顔は20代の頃から変わらない。
暗闇でも分かる綱吉の笑みを見て、リボーンも笑う。

「てめーは、10年経っても変わりゃしねぇんだな。相変わらず」
「あれ、リボーンもやっぱりわかる?」
「当たり前だぞ、何年一緒にいると思ってやがるんだ」

10年前の失恋を覚えているなんて、10年後でも、やっぱりダメツナだ。

「うん、まあ、まだ初恋の味ぐらいは覚えているよ」
「その次のは、味が濃いのに、か?」
「まあね。といっても、さっきまで思い出せなかったんだけど」
「ふん、当たり前だ」

この十年、いや、この先ずっと、俺は、しっかりお前に愛情とやらを注いでやるつもりだからな。
初恋の味?
いつか、思い出せない、じゃなくて、忘れた、にさせてやるよ。

挑発的な笑みを浮かべる死神をベッドから見上げながら、
綱吉はくすくすと笑い、少年の顔を引き寄せると口づける。


美しい日々の追憶をするだけ、今の日々が更に美しくみえるんだよ。


綱吉は、そう最強のヒットマンの耳に囁いて、その華奢な腕を軽く引き、ベッドの中に引き込んだ。




次に綱吉が目を覚ますと、眼前には、今年で21になるリボーンの顔があって。

「起きたかツナ」

先ほどまでよりも、やや低く、そしてより腰にくる声で、死神は綱吉へと呼びかけた。

「あ、れ、リボーンが大きく・・・ってことは、俺、帰ってきたの?」

起きあがってみると、其処は見慣れた執務室のソファの上で。
大きな窓からはさんさんと朝日が差し込んでくる。

「十年バズーカ・リバースの効果って、一日じゃなかったの?」
「試作品だからな、安定した結果は出なかったんだろ」
「えーっと、みんなは、というか、10年前の俺は?」
「さあ、さっきまで獄寺が何か喚いていたみたいだったけどな。
お前は、現れた途端その辺の酒を飲んで、ぶっ倒れた」
「まだみんな飲んでたの・・・。で、俺は、今現在まで、リボーンの膝枕を・・・」
「そういうことだ」
「あーそりゃ、俺も記憶にないはずだ」

久々に、人として真っ当な感情(普通の恋愛とか、失恋とか、やけ酒とか。
マフィアのボスになって12年くらい経てば、そう言うものは失せてしまう)に触れた気がする。
まあ、今となっては良い思い出、というヤツなのだが。

「リボーン」
「なんだ」

綱吉がころりと、起きあがったばかりのリボーンの膝に再び頭を乗せる。
そして、10年前よりも更に精悍さを増した死神の顔に手を伸ばし、ふんわりと笑った。

「お前の言うとおり、思い出す間もないくらい、俺はお前に愛されてたんだな」
「今更気付いたのか。だからお前はダメツナなんだ」

それから「愛されて“た”」じゃねぇ、「愛されて“る”」んだよ、ダメツナが。

そう言いながら降ってくる口づけを受け止め、綱吉は幸せそうに微笑んだ。

嗚呼、なんて、美しい日々。


fin.


リボは、ツナが京子ちゃんのことを吹っ切れるまで、絶対に口説かなかったし手も出さなかったと思います。


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