被食捕食の関係成立 「で、でかー」 蔦の絡まった煉瓦造りの壁と、一本一本彫刻が施された鉄柵で出来た校門を見上げて、少女の上げた第一声は間の抜けた感想だった。 校門の先には、桜の並木道が見えて、その先に噴水とこれまた煉瓦造りの校舎が見える。 「じ、時代錯誤な所だなぁ・・・」 都内とはいえ、都心からは少し離れた山の麓にあるため、大きさはこぢんまりとして見えるけれど、これが都内にあったら土地代だけで相当なものだろう。 そんな庶民的なことを考えつつ、少女はしばらく城門と呼んでも構わないほどに荘厳な校門を見上げた。 ―――閉まっている。 ホーホケキョ。 少女―――ツナが住んでいる所では殆ど聞かなくなった鳴き声が、門を前に立ち尽くす姿を笑うかのように聞こえてきた。 色素の薄い癖のある髪は、整髪剤をつけていないせいか春風に吹かれてほわほわとなびき、真新しいとすぐに分かる、パリッとしたプリーツスカートからは、まだ幼い真っ直ぐな足がぴんと伸びている。 着慣れていないのか、ブレザーの肩が少し浮いていた。 「って、閉まってるじゃないかーーー!!!!どーいうことさ爺ちゃん!!!」 風が桜の花びらを舞上げるのと同時に絶叫して、ツナは肩にかけたバッグから携帯を取り出した。 校則に引っ掛かるかも知れないが、そもそも校内に入れていないので、この際気にしない。 プチプチと履歴を呼びだして、祖父へと繋ぐ。 「―――しかも出ないし・・・」 鳴りやまないコール音にがっくりと膝を折って、頭を抱え込んだ。 どう考えても、この校門をよじ登るのには無理がある。 けれど、今日から新学期の筈で、ということは、今日からここに通うツナは校内に入らなければならない。 「あーもーどうなってるんだよー」 これは、やっぱり地元の都立高校に行けっていう虫の知らせ―――じゃない、神のお告げか何かじゃないのか。 微かに涙目で見上げた空は春の陽気に満ちていて、徹夜明けの目に沁みた。 そもそも、ツナが地元の高校ではなく、全寮制のボンゴレ女学院に入学したのは、祖父が理事を務める学院だったからである。 祖父と言っても、父が家出同然で母と駆け落ちしたために、最近までツナは一切面識がなかった。 だが、最近になって親たちの間で和解が成立したらしく、中学三年の夏、ツナは初めて自分の祖父と対面した。 まあ、向こうは写真などでツナの顔を知っていたため、会った瞬間猫可愛がりされて驚いたが、そう悪い人ではないと認識している。 けれど。 何故自分の学院に孫娘を呼びたがったのか。 しかも、日本でも有数のお嬢様学校に。 自慢じゃないが、ツナは保育園から中学校まで公立に通ってきた、生粋の凡人である。 実家だって、祖父の家こそそれなりの名家かも知れないが、ツナの父など職業不明(不定ではなく)な人間だ。 そんな学校を受験しろといわれた時には、三半規管が狂うほどに首を左右に振った。 結果として祖父の熱意に押されて頷かされたが(しかも彼は、ツナのために家庭教師まで契約していた)。 半年契約でやって来た家庭教師が、これまた有り得ないほどスパルタ鬼畜な人間だったために、偏差値だけならなんとか女学院の底辺に滑り込んだけれど、家柄ばかりはどうしようもない。 「はぁ・・・地元がいいなぁ・・・やっぱり」 今日初めて学校を見て、ツナは改めてそう呟いた。 ちなみに、ボンゴレ女学院は入試も合格発表も入学式も、都内の高級ホテルの大ホールを借り切って行われるので、新学期が始まるまで自分たちの校舎を見る機会はない。 ツナが鉄柵を掴むと、かしゃん、と金属音を立てたけれど、扉が開く気配はなかった。 そのまま向きを変えて、背を校門に預ける。 「もう帰っちゃおうかな・・・」 「君、新入生?」 「ひぇ!?」 空を見上げたまま、諦めを含んだ声で呟いたツナの背後から、凛とした涼やかな声がかけられる。 それに慌てて振り向けば、ツナとは違うセーラー服を着た少女が、校門の向こう側からこちらを見ていた。 漆黒の髪に、漆黒の瞳。 雪のように真っ白い肌が、濃紺のセーラー服に映えていて、いっそう引き立って見える。 僅かに色づいた唇は憮然と結ばれていたけれど、形が良い。 ボンゴレ女学院は、もともとセーラー服だったのだろうか。 そんな風に思いながら、ツナはそちらに向き直って勢いよく返事をした。 「はい!あの・・・俺、じゃない、私、高等部に入ったばっかりでよく判らないんですけど・・・今日は何時からなんですか?」 「・・・はぁ、そう。じゃあちょっと待ってて、そこ開けるから」 少女は、呆れたように嘆息して校門に歩み寄ると、無造作にスカートのポケットから鍵束を取り出して門を開く。 古そうな造りのわりに、門は不快な音一つ立てることなくスムーズに開いた。 「学年、クラス、名前は?」 「あ、一年C組の沢田ツナです」 「そう、じゃあ着いてきて」 「え?」 「君は馬鹿?クラスに行くんでしょ?道分かるの?」 心底馬鹿にした言葉に言い返す言葉が見つからず、再びがっくりと肩を落として、ツナは颯爽と歩いていく少女の後にとぼとぼと続いた。 歩きながら、少女は唐突に口を開く。 「朝の7時30分」 「え?」 「さっきの校門が閉まる時間」 「えぇ!?そんなに早いんですか!!?」 「・・・君、入学式で何を聞いていたの?」 それとも、帰国の子?日本語分からないの? 辛辣な言葉がぽんぽん聞こえてきたが、ツナはなんとか折れそうになる心を踏みとどまらせた。 そして、逆に問い返す。 「なんでそんなに早くに・・・」 「うちは土日に学校がないからね。その分を補うための課外授業だよ。ちなみに、朝課外は7時45分から」 「うわぁ・・・もがっ」 朝に弱いツナにとっては、悪夢のような時間である。 思わず呻けば、桜並木から舞い落ちる花びらが開いた口に入ってきた。 突然のことに対応出来ず、そのまま飲み込んで軽く咳き込む。 「・・・君、本当に馬鹿なの?」 その様子に、前を歩いていた少女が足を止めて、呆れを通り越した表情でツナを見下ろした。 咳き込んだせいで涙目になったツナは、少しだけ上に目線を向けて、そんな少女を見返した。 「そんな、こと、ないです・・・たぶん」 「ふぅん」 興味なさそうにそう言って、少女はいきなり身を屈めると、ツナと鼻先が触れそうなほどに顔を近づけてきた。 「な、なんですか」 急接近してきた綺麗な顔にドギマギして頬を染めるツナに、少女はどこか満足そうに軽く笑って、ごく自然にツナの目元に口づけた。 そして顔を上げると、風に髪を靡かせながら不遜な態度で口を開く。 「うん、君は馬鹿だね」 でも、泣き顔とかは悪くない。 ツナが雲雀にいたぶり甲斐のある獲物として認定された瞬間だった。 fin. 人として、ちょっとやっちまった感が拭えません。 でも、スッキリ(爽やかな笑顔 今、一番ネタが降ってきます、百合ヒバツナwww(それもどうだ Back |