幸せの島


鬱蒼としたジャングルに、色鮮やかな花々が咲き誇る。
鳥が飛び交う湿度の高い密林を抜ければ、潮の香りを含んだ乾いた風が吹き渡る、白い珊瑚の砂浜と透き通った遠浅の海。
島のあらゆる所に大地に恵を与える太陽の光が降り注ぎ、人々は瑞々しい果実を手に微笑みを浮かべながら通りを行き交い、活気だった市場からは威勢の良い声が上がっていた。

―――ここは、人が水と光と森と共存する、楽園の島。




楽園の島のほぼ中央にある、さらさらと清水が流れる底が浅く幅の広い川の上に木々を用いて築かれた宮殿。
川底に埋められた宮殿の石の土台や支柱は、長い時を経て苔生していながら、しっかりと建物を支えていた。
そんな宮殿の渡り廊下を、濃紺の絹のクルタに身を包んだ官吏が唯一の主人を捜しながら渡っていく。

「陛下ー、女王陛下ー??どちらです!?」

木目が整然と並ぶ磨き上げられた床が広がる、屋根と窓辺にかけられた紗以外、外と中を隔てるもののない広々とした大広間。
大きな窓からは、花の香りのする風が流れてくる。
その大広間の奥には、向こう側が微かに透ける程度の紗の天蓋が垂れ下がる、鮮やかな色とりどりの糸で織られた布や、真珠翡翠などで飾られた、気高く美しい王に相応しい至高の座が据えられていた。
そこは本来、玉座の輝きを増す美貌の女王が座っているはずの場所である。
しかし、玉座は蛻の殻だった。

別段、急ぎの決裁があるわけではない。
この島は驚くほどに穏やかで、滅多なことでは事件など起きないから。
ただ、決められた執務時間の間だけで構わないから、国王に玉座に座って貰わなければ官吏達のやる気に関わる。
また何か厄介事を起こしていないか(女王は、決して何かに巻き込まれるような可愛げのある女性ではない)心配で、官吏達の業務が滞るのだ。

「はぁ・・・全く、あのお方は・・・」

官吏の吐いた困りきった溜め息は、吹き渡る風に乗って霧散する。




「行ったみたいだね」

そう言って、豪奢な寝台に寝そべったままクスクスと笑う女王の、豊かな胸元に顔を押しつけられていたツナはもぞもぞと顔を上げた。
いつもは、背の高い彼女を見上げることの方が多いので、女王の上に寝転んで上からその整った顔をまじまじと見つめられるのは最高に嬉しいのだが―――。
さすがに、この国を統べる至上の存在の上に寝転んだままというのもまずかろう。
たとえ、彼女の白く長い腕がツナの腰に回され、これまた長く形の良い右足がツナの左足に絡められていたとしても。

柔らかい胸が頬に当たる感触に、微かに赤面しながらツナは女王の上から退こうとした。
それを察知した女王が、良く通る声でその行動を制する。

「―――どうしたの」
「え、その、陛下の上にいつまでも乗っているのは・・・」
「別に、僕がそうさせてるんだから、構わないよ。―――ツナ、僕の名前は?」
「・・・きょ、恭弥様」
「様も付けなくて良いって言ってるのに」

恭弥は、ツナが敬語やらその他臣下としての礼を払うのを極端に嫌う。
現に、彼女の端麗な美貌に不機嫌の罅が入っていた。
どんな表情を浮かべても、全く損なわれないそのかんばせを見遣って、ツナは内心苦笑する。

いつまで経っても、彼女の中で、自分のポジションは可愛い“妹”であるらしい。

「さて、煩いのもいなくなったことだし、僕はもう一回寝るよ。ツナもね」
「はぁい」

ぎゅうと抱き締められて、恭弥の纏う華の香りがツナの鼻孔をくすぐった。





この島国の支配者である女王 恭弥とツナは、従姉妹関係にある。
ツナには双子の姉の京子がいて、彼女は今、この国の豊穣の巫女に選ばれて神殿に仕えていた。

双子の片割れは幸いの子、もう片割れは災いの子。

そういう考えが、この国にはあって。
ツナと京子は、島国唯一の双子で。
周囲の人間は否応なく、巫女に選ばれた京子を“幸いの子”、選ばれなかったツナを“災いの子”と見なした。

だから宮殿の人間達も、また島に住まう人々も、ツナが、彼らの至上の主の傍にいることを良くは思っていない。

それなのに―――。

恭弥は、昔と変わらずツナを妹のように可愛がり、甘やかしてくれた。

ツナは、自分の半身である京子が周りから蔑まれるよりは、自分が蔑まれる方がマシだと思っていた。
だから京子が巫女に選ばれた時、本当に嬉しかったのだ。
ただ一つ心配だったのは、本物の姉のように、時にそれ以上の存在としてツナに接してくれるこの国の統治者が、自分を蔑むこと。
恭弥に冷たくされたら、恐らくツナはこの国を出て行っただろう。

どれほど周囲から冷たい目を向けられても、恭弥がツナを受け入れてくれているから、ツナはこの国に留まった。
神殿から出ることの出来ない双子の半身からの暖かな手紙も、ここに留まる一つの要因ではあるけれど。



ツナの、甘く優しい香りに包まれた夢は、誰かが言い争う声によって終わりを迎えた。
ふっと瞼を上げれば、美しいかんばせを苛立たしげに顰めた恭弥と、毅然とした表情でとうとうと喋る彼女の副官が目に入る。

「また、ツナ様とご一緒だったのですか」
「そうだよ、急ぎの用がないのなら、さっさと出て行け。僕はまだ眠い」
「陛下、ご自分のお立場というものを御自覚下さい。ツナ様は―――」
「“災いの子”だって?―――そんなくだらない習慣に振り回されるほど、僕の副官は愚かだったかな?」
悪意に満ちた恭弥の声にも眉一つ動かすことなく、副官は言葉を続けた。

「習慣には必ず裏付けとなる事実がございます。何より、国の民の殆どがその習慣を受け入れているのです。わざわざ民を混乱させる必要もありますまい」
「裏付けとなる事実、ねぇ?・・・ただの生け贄だ―――人の悪意を向けさせるための」

誰もが賞賛する美貌の女王は、透き通る声で吐き捨てた。


光と緑に満ちあふれた、楽園の島。
豊かな自然と、穏やかな気候に恵まれた、富める大地。
人々がお互いに幸福な笑みを交わし合う、幸せの国。

“災いの子”は、それを維持するための予定調和。
人が、お互いを憎まぬようにするための、スケープゴート。

全ての痛みは、全ての恨みは、全ての憎しみは、“災いの子”へ向けられるように。


「例えそうであったとしても、我が国は、長い間、この習慣を維持することで存続してきました。この国を治めるあなたが、それを覆すというのですか」
「―――僕は、ツナと国のどちらかを選べと言われたら、迷うことなくツナを選ぶ」

だって、お前達は知らないだろう?

こんな、不自然な幸せに溢れた世界なんかより

ツナの中にこそ

ツナこそが、幸いだというのに。


fin.


尻切れトンボ。
でも、スッキリ☆(またかお前)
書いていて、目茶苦茶楽しかったですw百合ップルww


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