3.The movement of a fetus



ず・・・んっ

地響きが空気を揺らした。
机の上に置かれた書類が、その地響きによってややずれる。
それを見て、綱吉は溜め息をついた。

「今日は獄寺君?ルース?どっち?・・・ああ、大穴でコロネロとか?」

投げ遣りな教え子の言葉に、リボーンは窓の外を見た。

「獄寺が投げたダイナマイトをルースが撃ち落とした所にコロネロのショットが入ったみたいだな」
「どんな奇跡的な確率での出会いだよ!?え、なに、そんなこと起きてたら中庭吹っ飛んでんじゃないの!?」
「まあな」
「うわあぁ!あれ九代目が俺のために作ってくれた庭だよ!!?」
「直せ」
「だあ!もうっ!!」

慌てて立ち上がった綱吉は、書斎を全力で出て行った。
それを見送り、リボーンは再びもうもうと煙の上がる中庭を見遣る。
その口元には、穏やかでない笑みが浮かんでいた。

「もう5年か」




「あーもう、なにやってるんだよお前達は!獄寺君!君いくつ?今年で28歳だよね!?いい加減落ち着きを持ちなよ!!!ルースも、こんな大人に取り合わない!ってかコロネロ!久々に来たと思ったらいきなり激しすぎるよ!」

年甲斐もなく廊下を走り、見るも無惨に焼けこげた中庭で睨み合う三人を怒鳴りつけ、綱吉はテラスの柱に寄り掛かった。
完全に息が荒れている。

「よおボンゴレ、久々だなコラ」
「じゅ、十代目ぇ」
「・・・ふん」

綱吉の叫び疲れたようなその様子に、中庭を荒野に変えた三人は三様のリアクションを返した。
予想通りの返答に、綱吉の肩が落ちる。

「はあ・・・九代目に何て言って謝れば良いんだよ・・・」
「まあ良いじゃねぇか」

混沌とした中庭とは完全に別世界だと言わんばかりに、上の書斎からリボーンの声が降ってきた。

「リボーンっ!」
「そんなもん、業者に言えば明日には元通りだぞ。いちいち五月蠅い」
「・・・う、五月蠅いって・・・。あーもう!みんなもっと協調性とか常識とかそういった人間性を身につけようよ!」
「ダメツナが」
「かなりまともな意見だよ!」

もはや状況の収拾がつかなくなった本部中庭に、綱吉の切実な声が響く。
もちろん、その声に耳を傾ける人間は建物のどこにもいない。




歴史あるボンゴレファミリーのボス執務室。

書棚には様々な書物が隙間無く並べられ、床に敷かれた毛足の長い絨毯には汚れ一つ無い。
大きな仏蘭西窓からは日の光が穏やかに差し込んでいる。
重厚な執務机にはやや乱雑に書類が置かれているが、周りの雰囲気を壊すほどではない。

長い歴史を経た、荘厳なるボンゴレ中枢部。

だが、磨き抜かれた家具や調度品が厳かな雰囲気を作り出すその部屋には、空気を完全にぶち壊す人間達がいた。


向かい合った、それぞれ三人がけのソファには、コロネロがどっかりと腰を下ろしている。

「コ、コロネロ!ファルコがソファ食べてる!」
「おい止めろファルコ。腹壊すぞ」

コロネロは、自分の友人を自身の広い肩に乗せただけで、ふわふわと綿の飛び出たソファを綱吉が嘆こうと、特に気にしない。

その向かいに腰掛けた綱吉は、あーあ、と落胆したような溜め息を漏らしながらも、コロネロを穏やかに見ている。
14歳というには立派すぎる体躯、日の光を透かしたように煌めく金髪、どこまでも続く空のごとき蒼い瞳。

性格は変わらねど、外見はすっかり大人びていた。

「大きくなったねぇ」

感慨深そうな綱吉の言葉に、コロネロはやや満足そうに腕を組んだ。

「当たり前だぞ、コラ。今更縮むか」
「まあね、そうなんだけど。最後にあったのは・・・5年前か」
「おう」
「・・・あの時は、迷惑をかけたね」

穏やかなその声を聞いて、コロネロは綱吉が立ち直っていることを確認した。
そこへ、軽いノックの音がして、扉の向こう側から部下の声がかかる。

「ボス、間もなく約束のお時間です。車の手配ができました」
「え?・・・あ、ディーノさんと会う約束だったんだ!ゴメン、コロネロ!せっかく来てくれたのに・・・今日は泊まっていきなよ」
「フン、気が向いたらな」
「じゃあね、ちょっと行ってくるよ。リボーン、今日の護衛は獄寺君連れて行くから!コロネロとゆっくりしてて!」

わたわたとスーツの上着を羽織り、綱吉は言うだけ言うと部屋から出て行った。

「ゆっくり・・・お前と、か?」
「どっちかってーと、ガッカリだなコラ」

微妙な空気が執務室に流れたが、ふと、コロネロの口が開かれた。

「あのガキは何だ?」
「ルースか。ベルザー財団のガキだ」
「ああ、あの「幸運な生き残り」か。リボーン、珍しいじゃねえかコラ。なんで生かした?」

ルースを生かすようボンゴレに進言したのは、目の前の世界一のヒットマンである。
なぜ、リボーンともあろう者が、動きを一目見てそれなりの腕があるとわかるような使い手を、自分の主人の側に置いておくのか。
しかもルースはボンゴレに敵意を持つ人間である。

「さぁな」
「ふん、まあどうでもいいけどな、コラ」

空の宝玉と闇の宝玉が、詰めたくも激しいぶつかり合いをした後、漆黒の死神は視線を外してうそぶいた。
予想通りの反応に、コロネロも表情を変えないままソファに身を沈める。

「で、お前の用件は何だ?わざわざローマまで、物見遊山でもねぇんだろ」
「まあな、コラ」
「マフィアランドで仕入れた情報は、決して外部に流してはいけない。その不文律を忘れたか?」
「依頼された練兵中に小耳に挟んだだけだぞ、コラ。ちなみに、情報源の裏は、もうアイツが取ってたからな、コラ」
「ハル・・・いや、雲雀か?」
「そうだぞコラ」

表情は無いものの、リボーンはやや意外そうに、ボンゴレの死呼ぶ神鳥、と呼ばれる男の名を呟いた。

雲雀は、ボンゴレで、きな臭い、というか血生臭い内部のもめ事を専門的に(好んで?)担当している。
つまり、コロネロの耳に挟んだ話を、雲雀が裏を取れると言うことは、ボンゴレ内部での話に相違ない。

さしずめ、内部の反乱分子が不穏な動きをしているということだろう。

ルースのように、面と向かってではなく。

「まだ、表だっては動いてないみたいだけどな、コラ」
「・・・随分と、お前もボンゴレびいきになったもんだな、コロネロ」
「マフィアランドへの献金、いつも払いが良いからな」
「そうか」




緑の庭に囲まれた、日光に良く映える、柔らかな乳白色の外壁の屋敷の二階。

瀟洒な屋敷の中で、最も厳重に警護された一室で。
ヨーロッパ最大規模のファミリーを統括するドン・ボンゴレと、ボンゴレと勢力を二分する同盟ファミリーのドン・キャバッローネは、およそ3年ぶりに再会した。

「お久しぶりだ、ドン・ボンゴレ。元気そうですね」
「ええ、本当にお久しぶりです、ドン・キャバッローネ。またお会い出来て嬉しいですよ」

お互いに、ファミリーの統治者としての挨拶をし、すぐに表情を身内に向けるそれに変える。
部屋にいるのは、二人と、お互いの腹心だけなのだから、取り繕う必要もない。
出会った時から変わらない仕草で、ディーノは綱吉の頭をぐしゃぐしゃと嬉しそうに撫でた。

「ツナ、本当に元気そうだな!聞いたぞ、ベルザーの孫息子をボンゴレに住まわせてるんだって?」
「ええ、まあ、行きがかり上・・・。あ、それよりディーノさん、ヴェルヴェロッチ・ファミリーとの抗争、話し合いで片付けてくれてありがとうございます」
「可愛い弟分の頼みぐらい聞いてやるさ。まあ、ツナがベルザーを潰したから、それで勢いを削がれたんだろう」

上質の革張りのソファに腰を下ろして、ディーノは肩をすくめながら笑った。



キャバッローネのテリトリーに近接する、ヴェルヴェロッチ・ファミリーは、ベルザー財団傘下の、最近代替わりをした中堅クラスのファミリーである。
このヴェルヴェロッチの先代と、キャバッローネは、お互いのテリトリーの境界線上にあるワインの名産地のある地区の主導権を争い、3年ほど睨み合いを続けていた。
そして、ヴェルヴェロッチのボスの代替わりと共に、睨み合いから実力行使の抗争に発展したのである。

しかし、ヴェルヴェロッチが資金面で頼りにしていたベルザー財団が、ボンゴレによって潰されてしまったため、怖じ気づいたのか、結局は話し合いで地区の七割をキャバッローネが統括するという協定に同意した。
もちろん、ディーノとしても、綱吉から私的に抗争は出来るだけ回避して欲しい、という文書を貰っていたので、それほど大事にする気もなかった。



「にしても、なんでわざわざ止めたんだ?まあ、俺も抗争は好きじゃないが・・・」
「いえ、しばらくは、ヴェルヴェロッチには独立した勢力でいて貰わなくてはいけない必要が生じたので」

ディーノは、少し言葉を濁した綱吉を見て、やがて合点がいったように頷いた。

「・・・ああ、なるほど、俺が注進するまでもなかったか。さすが、ドン・ボンゴレ。もう気付いていたのか」
「ええ、まあ」
「で、ヴェルヴェロッチを利用・・・いや、この場合は協力かな?させる、つもりなんだな?」
「ヴェルヴェロッチに損はさせませんよ、いずれは、キャバッローネの重要な資金源になるでしょうから」

にっこりと、まるで天使のように微笑んだ綱吉の表情を見て、ディーノはややあってから、吹き出して笑い始めた。

「やっぱり、そこまで読んでたな。ほら、ロマーリオ、言っただろう?ドン・ボンゴレは真実の目を持っている、隠し事なんかできないって」

愉快そうにボスから話しかけられて、扉の横に立っていたキャバッローネの懐刀は、苦笑しながら「そうですな」と答えた。
そして、ディーノはすぐに弟分に視線を戻すと、こほんと空咳をした。

「まあ、ほとんど勘付いてるんだろうが、言うだけ、言っとくか。・・・ボンゴレ内で、今、恐らく、不穏な動きがあるようだ。まだ、表立ってではないようだが。そして、それに少なからずヴェルヴェロッチが絡んでいる」
「ええ」
「その様子じゃ大丈夫なんだろう?ま、気をつけろよ」
「はい、ありがとうございます、ディーノさん」

ドン・ボンゴレは、いつまでも変わらない無邪気で太陽のような微笑みを浮かべた。



Next
Back