4.Vongole Jack 綱吉がディーノと別れたのは、月が中天に差し掛かる時分だったから、本邸の自室に辿り着いたのはかなり夜も更けた頃だった。 いい加減眠いなぁと思いながら、自室の扉を開ければ、ソファに主人よりも居丈高に腰掛ける青年が座っていて。 「あれ」 珍しく国外任務に出ていたはずの人物の姿を、寝惚け眼に捉えた綱吉は、幼い仕草で首を傾げた。 「やあ綱吉。遅かったね。あの跳ね馬に何かされなかったかい?」 「雲雀さん!?いつこっちに帰ってきたんです?」 「さっきだよ」 驚いているボスの言葉にそっけなく答え、雲雀は綱吉を自分の隣に座るよう促した。 素直にちょこんと座った青年を見て、雲雀は、綱吉の色素の薄い髪を撫でつつ、悪戯めいた笑みを浮かべて耳元に唇を寄せた。 「ねえ綱吉」 「なんですか?」 「今回の仕事でさ、情報収集してたら面白いゲームを思いついたんだけど」 「えーっと、・・・その、内容によりますね」 「ボンゴレ・ジャック、してみたくない?」 学生時代から変わらない、冴え冴えとした美貌に、白刃のように鋭くも美しい笑みを浮かべ、雲雀はそうのたまった。 その笑みに応えるように、綱吉の口元にも、艶やかでありながらどこか酷薄な笑みが浮かぶ。 「ブラック・ジャックなら、雲雀さんに勝てる自信は無いんですけどね」 「そうだね。でも、残念ながら、ブラック・ジャックと違って、対戦するのは僕と君じゃない」 雲雀は軽く笑って、柔らかなソファから腰を上げて立ち上がる。 「新勢力(ボクら)と旧勢力(古株連中)さ」 「・・・」 「いつまでも、ご意見番の認可が必要なボスじゃ、身動き取りにくいでしょ?」 ねぇ、だから。 このボンゴレという、希有なる巨大組織を 「本当に乗っ取ってしまおう?」 猟奇的でさえありながら、蠱惑的な微笑みを浮かべて、誘いの言葉を喋る部下を眺め、ボンゴレもまた、微かに口元を緩ませた。 「ねえ恭弥、俺は、彼等をこのボンゴレの土台だと考えているよ」 「そうだね、僕もそうだと思うよ」 「今が、排除しなければならない時期だ、と?」 「その通りだよ。綱吉だって気付いていただろう?・・・土台が腐っていたら」 「いつか、根幹(ボンゴレそのもの)が倒れてしまう、か・・・隼人、武も同感のようだね・・・」 そう言いながら、にっこりと、ヨーロッパの帝王は目映いばかりの笑顔を、己の背後にいつの間にか控えていた忠実な腹心達に向ける。 「そろそろ、年配者にはご退場頂こうか」 さあ、大掃除の始まりだ! 箒はあるかい? ちり取りはあるかい? 綺麗な水を張ったバケツに 清潔な布きれ 道具はいくらあっても足りないよ だって 溜まった汚れは こんなにも淀んでいるから ピリリ、と無機質な電子音が、無音の部屋に響く。 パチンと音のもとである携帯電話を開いて、綱吉は静かに、豪奢な椅子に背を預けた。 「もしもし?」 『よぉツナ!』 「箒掃除は終わった?山本」 親友であり、腹心の一人である山本の、いつも通りの呑気な声に、綱吉の頬が自然と緩む。 『ああ、取り敢えず、ローマとベネチアの拠点と、空港の検問は押さえたぜ。ああ、あと、ヴァチカンのおっさん達も、黙らせておいた』 「そう、雲雀さんは?」 『・・・じいさん達の足取りを洗い直してるところだよ。ヴェルヴェロッチを含め、敵対ファミリーとの交友が盛んなようだね。 ・・・さすがに、ヴァチカンの尻尾は掴めなかったけど』 いつの間にか、電話口の声は、冴え冴えとしたボンゴレの影の支配人に代わっている。 「そうですか、ありがとうございます。・・・ああ、ヴァチカン関係は、余り深追いしないでくださいね。 老獪な狐を刺激するのは、都合上、あまり良くないですから。適当に餌をちらつかせる程度にしてください」 『わかっているよ。・・・取り敢えず、じいさん達の背信の証拠は掃いて捨てるほどあるし』 「あはは、でしょうね」 決して、ボンゴレの長老達は、ボンゴレを破滅させるために、他のファミリー達と結託して情報を操作・提供し合い、武器や麻薬の取引を行ったわけではない。 むしろ、彼等はボンゴレのためになると信じて行動したのであろう。 そう、伝統あるボンゴレにおいて、異色である十代目の発言力を抑え、長老達の傀儡にさせることが。 ただ、それが当人である綱吉にとっては不都合なだけで。 綱吉は、決して「ボンゴレ」という名の組織を動かすための歯車の一つになるつもりはない。 ボンゴレの名の下に動く傀儡の玉座など、初めから願い下げだ。 傀儡の王であったジョール・ベルザーのような立場など、死んでも御免被りたい。 綱吉にしてみれば、「ボンゴレ十代目」という地位に就きたくて就いたわけではないのだから、 今まで以上に以上誰かに何かを押しつけられるのは拷問に等しかった。 だからこれまでも、その考えに基づいて、ボンゴレ内部の改革・再編を行ってきてはいた。 しかし、これからもそれを続けていくためには、ご意見番の長老達は邪魔でしかないのである。 彼等は、「ボンゴレのボス」という型に、いや、傀儡の玉座というポジションに、綱吉をはめ込むことしか考えていなかった。 それが、彼等にとっての「ボンゴレの繁栄」に繋がるから。 綱吉にとっての王道は、長老達にとっての反逆でしかなく。 長老達にとっての正道は、綱吉にとっての障害でしかなく。 いずれ、対立することは分かりきっていた。 ただ、今回、先に動いたのがあちらだというだけで。 「それで?内部の長老派はどれくらいの規模になってます?」 『そうだね、ボンゴレ内部では3割ってところかな。どいつもこいつも、じいさん達の足下で何とか生きてるような馬鹿ばっかりだけど。・・・主要な同盟ファミリー・・・まあ、綱吉の友好範囲にあるファミリーが寝返った様子はないね』 「ええ、でしょうね」 そうでなくては困る。 雲雀の報告を聞きながら、綱吉はゆっくりと微笑んだ。 現在、ボンゴレの主な同盟ファミリーはほとんど代替わりをしており、どこも若いボスばかりである。 就任当初、綱吉も含め、ボンゴレの同盟ファミリーは、それを理由に軽んじられることもあったが、 キャバッローネを筆頭に、それぞれのボスの有能さは折り紙付きであった。 そして、キャバッローネを除いて、どのボスも、綱吉に対して借りがある。 もちろん、ディーノなどは借りなどなくても綱吉には甘い。 何しろ、それぞれのファミリーのボス達は、皆、綱吉のバックアップあってこそ、現在の地位に就けたのだから。 伝統と格式を重んじるボンゴレを始め、歴史あるマフィアファミリーは、外部からの新参者を嫌う傾向がある。 例え、血統的に正統であっても。 例に漏れず、綱吉がイタリアの帝王の座に就く時も、古くからの同盟ファミリーのボスや幹部達はあからさまに難色を示した。 が、そのほとんどが獄寺達や、ザンザス率いるヴァリアーによって潰されていったので、あまり問題ではない。 綱吉がボンゴレ十代目を襲名してからも、なお執拗に妨害工作を行ったファミリーもあったが、その工作が綱吉の逆鱗に触れ、ファミリー全員がことごとく制裁された。 それ以来、表立って綱吉の統治に逆らうファミリーは出てきていない。 決して力では勝てないから。 だからといって、日本人の青二才による支配への反感が消えたわけではなく、同盟ファミリーは綱吉を軽んじる姿勢を色濃く示していた。 全ては、伝統あるファミリーのために。 そして、それと同じように、ファミリーにはそんな保守的な風潮を嫌う人間もいる。 綱吉が目を付けたのは、そこであった。 自分が力で押さえれば、保守派の鬱屈した反感を募らせるだけであり、その反感はいずれ綱吉に刃向かうための結束力へと変じかねない。 それならば、同じ身内に粉砕して貰う方が、ボンゴレへの反感も少なく、新体制も作りやすく、効率がよいのは明白。 幸いにして、同盟ファミリー幹部クラスの何人かとは面識もあり、それなりに、いや、むしろ一方的に好意を持たれている綱吉である(非常識な人間に好かれやすいのは、最早、綱吉の体質と言っていいであろう)。 あとは、少し彼等を煽ればよいだけ。 才覚も力量も十分にありながら、伝統に阻まれて燻っているそれぞれのファミリー幹部を少し突っついて煽ればよいだけ。 “自分に続け”と。 “協力は惜しまない”と。 同盟内、いや、ヨーロッパ全土でも最大勢力を誇るボンゴレのバックアップ。 しかも、自分の采配を効果的に反映するのを阻む、あまりにも伝統や格式に固執しすぎるマフィアの悪癖を打破するための。 例えどれほどの愚者であろうと、乗り気にならないわけがない話である。 ましてや、野心と、それに釣り合うだけの才能を持った人間ならば。 同盟の中でも、キャバッローネとほぼ同等の勢力を誇るファミリー、バニーノ、アレッシオ、パラツォノーネ、ドルチェ。 そのような思惑によって、それぞれのボスが代替わりしたのは、今から三年前である。 『で、綱吉。どうする?』 雲雀の電話越しにも凛とした声で、ふ、と綱吉は意識を現在へと浮上させた。 「そうですね。恐らく、長老達も一筋縄ではいかないでしょう。・・・彼等だとて、五年前の二の舞にはなりたくないでしょうから」 綱吉の瞳に、一瞬だけ憤怒とも悲哀ともつかない、氷の光が宿る。 しかし、一回の瞬きでそれは跡形もなく消えた。 『そこまで耄碌してたら、殺す気も失せるけどね』 「あはは、それもそうなんですけど。まあ、長老達としては、僕らを反対勢力で囲い込んでじわじわと水面下で潰していこうとしていたんでしょう」 そのために、ボンゴレの――正しくは十代目ボスである綱吉の本城がある地域の、周辺ファミリー達と秘密裏に遣り取りをしていたのであろう。 念入りに探れば、すぐにでも尻尾が掴める程お粗末な秘密裏ではあったが。 しかし、気付くのが遅れれば、綱吉にとって致命的な事態を引き起こしていたかも知れない。 「ヴェルヴェロッチのドンが、せっかちさんで良かったですねぇ」 ベルザーという大きな後ろ盾を失ったヴェルヴェロッチのバックアップを申し出たのが、勢力拡大を目論むボンゴレ旧勢力だった。 その申し出で、ヴェルヴェロッチと長老一派が接触したところから、綱吉は旧勢力を打破する糸口を固めたわけで。 まあ、つまり、ヴェルヴェロッチがキャバッローネともめ事を起こさなければ、長老達の動きを完全に把握するのが遅れていたかもしれなかったわけだ。 『別にあの虫けらファミリーが、ベルザーの財力につけ上がって跳ね馬に喧嘩を吹っ掛けなくても、いずれ露見していたことだよ、今回の件は。じいさん達は、自分たちの持つ権力や才能を過信しているみたいだね』 「いえ、彼等は、自分たち自身の力と、ボンゴレの力とを取り違えて考えてしまっているんです。長い間、強大な力の側に居過ぎたからでしょうね」 ある意味、長老達は哀れな囚人であるかも知れなかった。 伝統、という名の鎖に縛られた。 『そう感傷的になるものじゃないよ。さて、じゃあ、僕らは網作りに専念するよ。コウモリを泳がせるのは綱吉でしょ』 「ええ。・・・雲雀さん」 『なに?』 「暴れるのは、最終手段ですからね?」 『・・・善処するよ』 その意味深な間が心配なんですけど。 一抹の不安を覚えつつ、綱吉は、冷徹でいて血気盛んな部下との電話を切る。 そして、自分の椅子の後ろ――つまり最強のヒットマンの定位置を振り返った。 「そういうことだよ、リボーン。俺は今からヴェルヴェロッチのボスに会ってくるけど、一緒に来るよな?」 「・・・あいつはどうする?」 すっと闇色の殺し屋が示した所には、ほとんど気配のないまま静かにソファに腰を下ろす少年がいた。 綱吉の首を狙うとか狙わないとか、そういった物騒な気配があったのは最初の数日だけで、最近のルースは、することが無くなると綱吉の執務室で本を読んでいることが多い。 雲雀に言わせると、厄介なネコに懐かれた、という事になるらしいが。 綱吉の穏やかな視線が、静かに、何やら考えているルースの横顔を捉える。 そんなドン・ボンゴレの視線を感じつつ、ルースは考えていた。 そのせいで、膝の上の本は機械的にページを捲られているだけで、内容は黙殺されている。 確かに、自分の祖父は「傀儡」と呼ばれても仕方がない立場だった。 幹部達に周囲を固められ、満足に身動きも取れないような立場にいた。 全てを手中にしながら、どれ一つとして自分の意思だけでは動かせない。 そんな地位にいた。 けれど、きっと。 抜け出そうと思えば、自らその周囲の壁を打ち破ろうとすれば、出来ないことではなかったはずだ。 この、ドン・ボンゴレのように。 しかし、祖父は、ベルザー家当主・ジョール・ベルザーは、それをしなかった。 何故かなど、自分に分かるはずもないことだけれど。 祖父がボンゴレに最期を任せたのは――――。 「ルース、君も来る?」 そんなルースの思考に横槍を入れたのは、ボンゴレの穏やかな声だった。 言葉の内容に怪訝そうな顔をして、ルースは顔を綱吉に向け、口を開く。 久々に開いたせいか、はたまた部屋が乾燥してるせいか、酷く喉がかさついた。 「・・・俺が行って、どうなるって言うんだ?」 「さあ?・・・まあ、好きにしたらいいよ」 少年の問いにあっさりと言い放って、綱吉は踵を返した。 そんなに適当で良いのだろうか。 年齢にしては華奢な綱吉の背中を見ながら、ルースさえ一瞬そんな風に危惧してしまうほど、ボスの答えは適当で。 それはつまり、ルースが居ようと居まいと綱吉の計画に支障はないと言うことの表れである。 ――――癪に障るヤツ。 そう思いながら、ルースはすでに部屋を出ようとしている綱吉とリボーンの後に続いた。 ドン・ボンゴレは変な男だ。 車の助手席に座り、流れ行く風景を見ながら、ルースはここ数ヶ月を振り返ってそう考えた。 初めは、本気で寝首を掻くつもりだった。いや、今でも見切りを付ければ殺せるだろう。 ただ、あまりにもルースの予測の範疇を超える人間性をドン・ボンゴレが有していたために、なかなか踏ん切りが付けられないでいたのだ。 十代目ボス・沢田綱吉は、平凡な、どこにでもいるような人間に見えることもある。 むしろ、そういう場合の方が多い。 そもそも、あそこまで部下に好き勝手にさせる―――というか幾人かの部下には頭が上がらなかったりさえする―――マフィアのボスがどこにいる? 獄寺はあの通り(つまり、綱吉崇拝が行き過ぎて歩くテロ状態)だし、山本にしたところで、獄寺のように表層に出ない分、一旦暴れ始めたら止まらない。 ある意味でその上を行く、服を着た非常識の雲雀や骸など、推して知るべしである。 ハルや了平などは、まだなんとか常識に片足を突っ込んだ状態であるが、それでも十分奇人変人に違いない。 ドン・ボンゴレ直属の部隊であるヴァアリーやその隊長のザンザスだって、負けず劣らずの個性派(というか変人)揃い。 アルコバレーノ達など、説明するまでもなく全てを超越した存在で、マフィアの世界の更なる闇の中でその名を馳せているくせに、ひょこひょこと頻繁に綱吉の元へ顔を出す。 いや、顔を出す、などという可愛い表現より、襲撃をかけてくる、という表現の方が的を射ている。 そして、彼らがどんな物騒なことを始めても、ドン・ボンゴレは最後には「大きくなったねぇ」で片付けてしまうのだ。 そんな濃い人間達に囲まれている綱吉が、あそこまで平凡でいられるのは、ある意味非凡な才能であるかも知れないが。 フォションの紅茶が好きで、日向ぼっこが好きで、喧嘩や仕事が嫌いで、街のおばちゃん達によく可愛がられてて。 実は子どもの時からゲーマーで(今でもよくランボやフゥ太とぷよぷよや格ゲーをやっている―――そして負けている)。 気が弱いのか、元々穏やかな性格なのかは知らないが、 綱吉ほど、子どもや動物に囲まれて長閑な風景を作り出すマフィアのボスを、ルースは他に知らない。 かと思えば、取引や交渉の手腕はもちろん、銃の腕前や研ぎ澄まされた洞察力、状況把握能力に決断力もあり、確かに、ヨーロッパの帝王の座に君臨するだけの器量を持っている。 一度抗争が起きれば(まだルースはその現場を目撃したことはないが)前線に立って行動するし、そのボンゴレ十代目の戦場での敵への容赦のない冷徹さは、マフィアの世界では暗黙の了解事項ですらある。 ボンゴレ十代目は、伝説のボンゴレ初代と同じ武器を用いて、100人を一度に焼き尽くし、灰に変えてしまうバケモノ。 ルースも、以前からその話は知っていた。だからこそ、日常生活での綱吉の様子とのギャップに驚いてしまったのだ。 ―――掴めない男だ。 ルースがそのような、綱吉を観察しながら、もう何度も達した結論に至ったところで、車は目的地へとたどり着いた。 ヴェルヴェロッチ・ファミリーは、ボンゴレ・ファミリーをライオンとするならば、ネズミほどの勢力しか持たぬ中堅ファミリーである。 まあ、比較対象の規模が大きすぎるので、仕方がないことだが。 さらに言えば、ヴェルヴェロッチが傘下に加わっていたベルザー財団はドン・ボンゴレの不興を買って制裁され、ヴェルヴェロッチ自体はと言えば、ボンゴレが親好を持つ同盟ファミリー、キャバッローネともめ事を起こしていた。 そのボンゴレ・ファミリーのボスが、直々に本拠地を尋ねてくる(しかも護衛はたったの二人)ことなど、誰もが太陽が西から昇るレベルで予想していなかった。 そう、ヴェルヴェロッチ・ファミリーのボス、カッシオ・ヴェルヴェロッチでさえも。 「こんばんは、ドン・ヴェルヴェロッチ。突然押しかけてすみません」 向かい合ったソファに腰掛け、柔和な笑みを浮かべながらそう言った青年が、ヨーロッパ全土を支配するボンゴレの王だと、きっと初見の人間には想像もつかないだろう。 カッシオは、頬が引きつるのを何とか堪えながら、他人事のようにそう思った。 「いえ、ドン・ボンゴレ、お気になさらず」 そう言うのがやっとだったのは、青年の背後に控える漆黒の死神の雰囲気に圧倒されたからか、それともボンゴレ自身の底知れぬ威圧感を感じ取ったからか。 むしろ、自分たちの行動にやましい点があるからかも知れない。 なんにせよ、それなりの胆力があるカッシオを動揺させるほどに、今夜の賓客は特別だった。 そして、マフィアの王の到来と同じ位カッシオを驚かせたのは、死神の横に佇む、亜麻色の髪の少年の存在。 そんな様子を察したのか、ボンゴレは少年をカッシオへと手短に紹介した。 「ああ、紹介をしておきましょう。私が保護者役をしているルース・ウィリアム・ベルザーです。調度良いお守り役が居なかったので連れてきたのですが・・・」 天下のドン・ボンゴレにご迷惑でしたか?と問われ、はい、と素直に頷けるヤツなど、少なくともこのヨーロッパに存在し得ない。 それを噛み締めながら、カッシオは弱々しく首を左右に振った。 そして本題を聞くために話を促す。 「それで、ドン・ボンゴレ、一体本日はどのような用件で・・・?」 「いえ、それほど大した用ではないのです。先日はウチの同盟ファミリーと一戦やらかしたとか。 一応、盟主として挨拶に来たというところですかね」 穏やかな笑顔に、微塵も怒りや殺気を感じないことに安堵しつつ、カッシオはキャバッローネとの抗争に及んだ、失策を思い返した。 あれは、完全にベルザー商会のバックアップを期待して起こしたものだったために、ベルザー財団崩壊とともに講じる策を失してしまうお粗末な物だった。 そのおかげで、ボンゴレの保守派とパイプを持つに繋がったのだが。 この時期に、ボンゴレのドンがヴェルヴェロッチを訪れると言うことは、その保守派との繋がりを看破されたと言うことに他ならない。 やはり、動くのが速すぎた、ということか。 保守派が計画していたドン・ボンゴレ包囲網は、ボンゴレ十代目にこちらの動きを察知されていない、と言うことが前提にあっての五分五分勝負である。 でなければ、主力勢力(日本組やヴァリアー)と十代目を、ヴァチカンなどからの圧力で多重の制限をかけて分断したところで、先回りした対抗策でいずれ破られてしまう。 いや、そもそも、すでにヴァチカンあたりの動きは押さえてあるかもしれない。 それに、ボンゴレ同盟ファミリーとて、保守派ばかりというわけではなく、最近頭角を現しているファミリーのボス達は、軒並みボンゴレ十代目派だったはずだ。 どこの世界であろうと、いつまでも古株が大きな顔をし続けることはできない。 それは、伝統と格式を重んじるマフィアの世界であっても例外ではない。 ということは、このヴェルヴェロッチがボンゴレ十代目にとって利用価値のある間に、ドン・ボンゴレのために働いておいた方が、このファミリーを存続させるためには良いのではないか。 うん、ヴェルヴェロッチはせっかちで馬鹿だが、現状が見れないほど愚かじゃない。 段々と怯えが消え、引き締まっていくカッシオの顔色と瞳を見て、その内心を的確に把握した綱吉は満足そうに微笑んだ。 それでこそ、コウモリ役にふさわしいというものだ。 「その様子だと、こちらの用件は察して頂けたようですね。こちらがあなたに要求することはただ一つ、一週間、保守派が行動を起こすのをそれとなく引き留めて下さい。それだけで結構です」 にっこりと微笑む綱吉の笑みに、カッシオは背筋が凍る自分を抑えられなかった。 今、ドン・ボンゴレは、自分に敵対する勢力(カッシオが把握するだけでも一千人を超える人間)を、一週間で掃討すると宣言したのだ。 それは、限りなく全員に「死」という名の制裁を行うという意味である。 恐ろしい人だ。 恐らく、こちらの動きを察してたった数日の間に、ほとんどの下準備を済ましてしまったに違いない。 ヴェルヴェロッチに働きかけてきたのは、最後の仕上げと言ったところなのだろう。 そして、同時に警告もしているのだ。 そちらの全ての動きは諒解している、反逆の意思あれば、容赦なく制裁対象にシフトする、と。 「わかりました。ご期待に添えるよう、努力しましょう」 「ええ、お願いします」 お互いのために、ね。 そう、愉快そうなドン・ボンゴレの声が聞こえた気がした。 その会談からきっちり一週間後。 裏社会のマフィアの、さらにその裏側で、血塗れた掃討が行われ、ボンゴレ十代目が名実ともにヨーロピアン・マフィアの帝王になったことは、ここに記すまでもなく明白なことである。 確かに、自分は居ても居なくても同じだったな。 ルースはヴェルヴェロッチの本部を後にする車内で、半分ふて腐れながらそう内心で呟いた。 その様子を見ながら、綱吉は、あ、と叫んでリボーンに顔を向ける。 「リボーン、今日何日!!?」 「17日だぞ」 「うああぁぁ!!しまった!ちょっと、しまったよリボーン!!」 「うるせぇ、俺の目は開いてる。閉まってねぇから頭をふるんじゃねぇ。ちゃんとハルに迎えに行かせてるぞ」 「その前に俺に教えてよ!ってか俺もなんで忘れるかなぁ〜!!!」 「ふん、ダメツナが」 先ほどまでの、背筋が凍るようなボスの姿など跡形もなく、綱吉は動転した様子でリボーンの細い首をつかんで揺らす。 もちろん、二回揺らしたところで、最強のヒットマンの冷たい銃口が綱吉の額に当てられたが。 「ちょっと、運転手さん!このまま空港へ向かって!」 「え、しかしボス・・・」 「いいから!」 「は、はいわかりました」 「だから、ハルを迎えに行かせたって言っただろう。お前まで行ってどうするんだよ」 「愛だよ!」 「・・・そうかよ」 真剣な瞳で即答した綱吉に、珍しく圧されたリボーン。 そんな珍しいものを見て、ルースは首を傾げる。 「誰を、迎えに行くんだ?」 「ん?ああ、ルース、そういえば言ったことがなかったっけ?」 「何を?」 「むっふっふ〜俺の愛娘のこと♪」 「は!?」 Next Back |