世界に名だたるマフィアの帝王ボンゴレ10世と、影のボンゴレNo.2であるスペルビ・スクアーロとが、何がどうなって所謂恋人同士になったのか。

その疑問の当事者たる綱吉は、誰にそう問われようとも、世間一般的な配慮から口を緘している。
彼は別に、口を開いたら最後、自分の口から寒気がするような惚気が零れ出るとは思っていなかった。
―――仮にそんなことになれば、実力派ぞろいの(そして綱吉狂愛者ぞろいの)ボンゴレ幹部間で、血で血を洗うファミリー間の抗争が勃発していたことだろう。
むしろ、スクアーロに関して口を開けば、極めて彼らしくない罵詈雑言に近い苦情のような愚痴が止め処なく流れ出ることを危惧して、沢田綱吉は自らの口を封じていた。

だって、もう付き合い始めて1年なのに。
それなのに・・・手さえ繋いだことがないって、どういうことなわけ?
いや、正確には俺が繋ごうとした手を、あの銀髪の長身ヘタレザメが引っ込めたんだけどさ。

―――あいつ、実は俺のこと嫌いだろ?

内心でグルグルとそんなことを考えているうちに、ボンゴレ10世の書類を処理する手つきは緩慢になり。彼の纏う空気は小春日和からツンドラのそれへと様変わりしていった。

思い返してみれば、酔った勢いで付き合い始めたようなもんだし?
ってか俺が迫って迫って、最終的に押し倒した気もするし?
・・・俺がピンクのハートオーラを飛ばしながらスクアーロの傍にいるから、周りは勝手に恋人同士だと思ってるけど、ぶっちゃけそんなこと一切ないんだよね。
まあ、好きだよって言って、否定されなかったところを見ると、恋人同士と言おうと思えば言えなくもないような気がしないでもない―――もちろん、綱吉がそう思い込むためには、告白した時点でスクアーロは洩れなく石化していたのでリアクションの仕様がなかった、という事実からは頑なに目を背ける必要があった。

べきょ、だか、ばきょ、だか、とにかく耳に優しくない音を立てて、綱吉の手の中に収められていた高価な万年筆が真ん中からへし折られた。
ぱたぱたとインクが機密書類(名も知れぬ部下の涙と徹夜の結晶)に雫となって落ちたが、完全に自分の思考回路に埋没している綱吉は気づかない。

いや確かに比率で言えば、押しかけ女房な俺7:押され気味のマスオさん的スクアーロ3って感じで、明らかに俺の強引さが目立ってるんだけれどもさ。
だからって、あいつもY染色体を持った男だろ!?
男に迫られて流されるほどのヘタレじゃないはずだよな!?
直接の上司にさえ口ごたえしてる(そして殴られてる)くらいなんだから、俺のパワハラに逆らえなかった(愛らしいOLならまだしも、あんな図体でそんなことを言うなんておぞましい)ってワケでもないだろうし?

ボッという音ともに、自分の額にデスクライトを凌ぐ光源が灯ったことに、自身の思考の海に沈む綱吉やっぱり気づかない。
先ほどこぼれたインクは、じんわりと書類から染み出て美しい木目の執務机にまで至っている。

うーん、そもそも俺はあのヘタレザメのどこが良くて一世一代の告白をしたんだろうな、酒の席で。

外見は、悪くない。
悪くないというか、特上品の部類に入るだろう、間違いなく(これは断じて惚れた欲目ではない)。
俺の周りに見目の良いヤツがい過ぎて目立たないけれど、街中に放り込んだらまず間違いなく注目の的にはなるだろう―――あのヴァリアーの制服自体がかなり人目をひく代物だということを差し引いても。
声も―――賛否両論あるが、俺は嫌いじゃない。
スクアーロの声は、低くかすれたセクシーな声だと、俺は勝手に思っている。
性格も、俺に輪をかけたような苦労性で、可哀想になるくらい周りに振り回されているのに、全くそれが報われないあたり、哀れの極致だろう。
でも、彼は懐に入れた人間をとても大事にする性分だ。
一度認めれば、何があろうと見捨てはしない、そんな度量のある人間だ。
・・・ヘタレだけど。
あのまっすぐな瞳で見据えられて、腰にクるハスキーボイスで名前を呼ばれ、あまつさえ優しく頭なんぞ撫でられた日には、告るしかないだろ、人として。

・・・酒の勢いなんかじゃない、多分きっと。

だが、まぁ、しかし。
今一番の重要事項はそんなことではなく―――。
綱吉は厳かに溜息をついて瞼をゆっくりと閉じ、次の瞬間には光速で両手を挙げて目の前に音もなく立つ年少の家庭教師に嘆願した。

「リボーン先生、勢い余って万年筆壊したもの、まかり間違って大事なファミリアが徹夜で作成した重要書類を汚したのも、あまつさえたっかそうな机を汚したのも俺だけど、少しの間違いも訂正もなく俺だけど!!今は心から反省してるんでその冷たくて硬くて危ない感触の筒状のものをどけてくださいぃぃ!!!!!」
「うるせぇ」

それは一つの微かなる銃声。(+昼下がりの断末魔)


いや、だから、本気なんだってば。