思い出したくなくっても
忘れられない日々がある
明日があるよの一言を
ビタミン剤には使えない
希望は自分で探すだけ―――谷川俊太郎「昨日のしみ」より



My hope is you.



希望を知らない少年がいた。


彼は、世界の全てを生まれながらに知っていて、人の望む全てを生まれながらに持っていた。

だから彼は絶望した。

自分が生まれてきた世界に。

生まれてくる世界を間違えた自分に。

彼は、全てを知っていて、全てを持っていたから、何を望みに生きていけばいいのか分からなかった。




「はぁ・・・憂鬱だ・・・」

色素の薄いふわふわの髪の少年が、広大な敷地をもつ屋敷の前で、本当に気鬱そうな面持ちで溜め息をついた。
彼の目の前にある大きな屋敷は、この地方を治める領主のもの。

今年で14歳になる綱吉は、もともと母がこの屋敷で働いていたのが縁で、領主の息子のお側役に選ばれたのである。

本来なら、身に余る光栄と喜びこそすれ、世界の終わりのような溜め息とともに打ちひしがれる必要のない大抜擢。
しかし、周囲の人間にダメツナと言われる綱吉だとて、自分の土地の次期領主がどんな人物なのかくらい知っていた。

一目見たら、立ち止まらずにはいられないほど容姿端麗。
分厚い司法書や、古い膨大な量の詩集を完璧にそらんじ、若干15歳にしてさまざまな技術開発に携わるほど頭脳明晰。
加えて、他人に無関心で、常に美しいかんばせに無表情を貼り付けている。

―――はっきり言おう。
ダメツナと呼ばれて生きてきた綱吉にとって、これほど付き合いにくい人間はいない。

顔が普通で、頭が良いわけではなく、性格が社交的でない。
顔が良くて、頭が良くて、性格が社交的でない。

綱吉と領主の息子との共通項など、性格が社交的でないことぐらいだし、そんな共通項はお側役となるためにはただの障害でしかないのだ。

「なんで母さん、あんなに領主様のお気に入りなんだろう・・・」

母 奈々は、領主の屋敷で働いていた時分、とても屋敷の人間達に好かれていたらしく、それは主人の領主も同様だった。
そうでなければ、その息子である綱吉が次期領主の友人候補に選ばれることはなかっただろう。

「母さんは人が良すぎるんだよ・・・はぁ・・・」

泣きたい気持ちで母の性格の良さを非難しながら、綱吉は大きな正門をくぐって、領主の屋敷に足を踏み入れた。




まぁまぁ、あなたが奈々ちゃんの息子さん?そっくりねぇ―――。

屋敷に足を踏み入れて、玄関で待ち受けていたメイド頭の開口一番の一言を皮切りに、屋敷ですれ違う使用人の殆どに似たようなことを言われた。
自分の顔が、母に似て柔らかなものであることを気にしていた綱吉は、微苦笑を浮かべながらそれに応えつつ、メイド頭の後ろについて領主の部屋へと辿り着いた。

メイド頭に促されるままに艶のある大きな木の扉をノックすれば、中から優しげな声が返ってきて、領主に会うのだとガチガチに緊張していた綱吉は、少しだけ肩の力を抜く。

「失礼します」
「ああ、いらっしゃい、綱吉くん」

扉の向こうには、華美にならない程度の上質の調度品が置かれた執務室があって、扉の真正面の執務机に口ひげをたくわえた優しそうな初老の男性が座っていた。
下の身分の礼儀として、許されるまで口を開いてはならないことくらい知っていたので、綱吉は黙礼して次の言葉を待つ。

「そう固くならなくて良いよ、ここは君の家だと思ってくれて構わないんだから」
「は、はい」
「もうちょっと近くに来てごらん」
「はい」

優しい声に促されるまま、綱吉は重厚な執務机の前まで歩いてくると、領主の穏やかな瞳を見つめた。
琥珀色の瞳に見つめられた領主は、浮かべていた笑みを更に深いものにした。

「ああ、本当に奈々さんにそっくりだね。ねぇ、エゼルさん」
「はい旦那様。わたくしも先ほど同じようなことを思いましたわ」
「うん、君に息子のお側役を頼んだのは間違いではなかったようだね。―――私の息子は難しい子だけれど、決して悪い子ではないんだ。これから、よろしく頼むよ」
「は、はい・・・ご期待に添えるよう務めさせて頂きます」
「いやいや、私の期待に添う必要はないからね。嫌になったら、いつでも辞めてくれて構わない。私は、君に息子の友達になって欲しいとは思っているけれど、相性が合わなければ仕方がないからね」
「はぁ」



想像以上に優しい領主との面会を終えて、その足で、綱吉は自分の仕えることになる領主の息子の部屋へと向かった。
メイド頭のエゼルは、戻らねばならない仕事が出来たため、部屋の位置と行き方だけ教えてすでに姿を消している。

大きな屋敷の長い廊下を歩くこと5分。
先ほどの領主の執務室と似た大きな扉の部屋を見つけて、とりあえず迷子になることだけは避けられたと安堵の溜め息をついた。
そして、一度深く息を吸うと、分厚い扉をノックした。

「―――」

返事がない。
今日は部屋にいると聞いたのだが。

もしかして、普通にシカトされてる?

この部屋の主は、社交的でなく、どちらかと言えば人嫌いな気配のある領主の息子。
その可能性は決して低くない気がした。

さて、どうしようか。

このまま、気が合いませんでしたと言って帰ることも出来そうだが、それではあまりにも失礼だろう。
それよりなにより、あの人柄の良い領主のことを思うと、息子の顔も見ずにお側役を辞めるのは気が引けた。
そう思って、もう一度深呼吸をすると、先ほどより少しだけノックする力を強めて扉を叩く。

「―――」

返事がない、まるで屍の―――じゃなくて。
全く反応のない様子に、綱吉はこうなったら実力行使だと、ドアノブに手をかけて扉を開けようとしたが―――

「うるせぇんだよ、殺すぞ」

何やら物騒なことを言いながら、内側から扉が開かれた。
その反動で、ドアノブを握ったままだった綱吉は部屋の中―――というよりも扉を開けた少年に倒れ込むこととなった。

「わわっ」
「!」

避けようと思えば避けれたのだろう。
けれど扉を開けた少年は、一瞬躊躇したあと、倒れ込んでくる綱吉を受け止めてそのまま床に尻もちをついた。

「す、すいませんっ」
「てめぇ、良い度胸してやがるじゃねーか。俺が誰だか分かってんのか?」
「いや、あの、今のは不可抗力で・・・!!」

美しい漆黒の瞳を半眼にし、ドスのきいた声でそう問うてくる声に、起きあがろうとしていた綱吉は、少年の膝の上に乗り上げる格好のまま大あわてで否定した。

「重いんだよ、いい加減どきやがれ」
「は、はぃっ」

それが、綱吉とリボーンの出会いだった―――。



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