You are mine !


「うぅーーー・・・」

ボンゴレの屋敷の廊下で、中庭を見ながら唸っているこの屋敷の主―――ボンゴレ10代目沢田綱吉の姿を認めて、リボーンは足を止めた。
見れば、中庭には蜂蜜色の髪をした元教え子のディーノと、綱吉の秘書であり守護者でもある雲雀がじゃれあっている。
もちろん、可愛げのあるようなじゃれ合いではなく、雲雀の限りなく本気に近い攻撃をディーノが楽しそうにかわしている、というものだが。

「お前、何してんだ?」

仕事もしねーで。
そんな突っ込みを入れながら、リボーンは容赦なく綱吉に蹴りをかました。
家庭教師の存在に気付いていなかったらしいドン・ボンゴレは、そのまま、“ふが”と“ぐえ”の間の悲鳴を上げながら絨毯の敷かれた廊下に沈む。

「リボーン、いきなり蹴り込まないでよ!今日のスーツは足型が目立つんだって!」

イタリア最大規模のマフィアのボスでありながら、足蹴にされたことよりもオーダーメイドの高級スーツの方が気になるらしい。
小庶民めと毒づいて、再びリボーンは足を振り上げたが、すでに綱吉は態勢を立てなおしていた。

「はぁ・・・」

そして再び窓から中庭を見下ろして憂鬱そうなため息を漏らす。
完全に自分が綱吉の視界から隔絶されていることに、自尊心の高い幼いヒットマンは愁眉を寄せた。
それほど気を引くような椿事が、中庭のどこにも見当たらない。
中庭にいるのは、何度見ても、綱吉の兄弟子のディーノと、綱吉の秘書であり守護者であり―――(認めたくはないが)恋人である雲雀だけ。

「そんなところに突っ立ってねーで、さっさと仕事に戻れダメツナ」

面白くない、と世界最強の死神の闇色の瞳が言っている。
その少年の瞳と、黒くて冷たい銃口で脅されて、マフィアの帝王 ドン・ボンゴレは後ろ髪を引かれながら豪奢な廊下を後にした。




さて、綱吉が、この世で最もその逆鱗に触れることを恐れる家庭教師の存在を無視してまで何を考えていたかというと―――話は1ヶ月ほど遡ることになる。

その日、同盟ファミリーのボスたちとの腹の探りあいに満ちた会食に出席した綱吉は、自分の兄弟子でもあるキャバッローネのディーノと歓談していた。
久しぶりに会ったということもあって、ごく普通に近況を話し合ったりしていたのだが、ドン・ボンゴレの護衛としてついてきていた雲雀に話が及んだところで―――おかしくなった。

『ああ、そういえばドン・ボンゴレ、秘書の雲雀恭弥を愛人ではなく本命にしたというのは本当ですか?』
『・・・え、えぇ、まあ・・・』

マフィアのボスになって培った分厚い面の皮のおかげで、突然振られた予想外の話題に対する動揺は表面化することはなかったが、一瞬だけ言葉に詰まる。
ディーノは、綱吉のようにむやみやたらに男にモテるというのとは縁遠い、美女に囲まれてもそれが似合うほどの美丈夫である。
実際、ほどほどに女遊びをしているようだし、彼の愛人にはかなり名の知れた大物女優もいるらしい。

綱吉にしてみれば、そんな兄弟子に、同性ばかりに迫られ、挙げ句押し倒されてしまっている自分の状況をあまり口にして欲しくない―――恥ずかしさで死んでしまう。

『それが、なにか?』
『いえ、そんな話を小耳に挟んだもので』
『・・・ずいぶんと大きな小耳ですね』
『お褒めに預かり光栄です』

ボンゴレ内でさえ、未だに雲雀が本命になったことを知らぬ者のほうが多いというのに。
瑣末なことを気にかけるものだと一瞬思ったが、ディーノがポツリと小さく続けた言葉に綱吉の思考はそれどころではなくなっていた。

『恭弥は俺も狙ってたからなぁ』
『―――』

あの時、アンティークの薄焼きのティーカップが乗ったティーテーブルを揺らさなかった自分を褒めちぎりたい。
それほどまでに綱吉の内心は動揺していた。
もちろん、おくびにも出さなかったが。
表面上は、いつも通りの柔和な表情のまま、綱吉は太陽のように爽やかに笑うディーノに笑顔で応える。

『それは初耳ですね』
『でしょうね、ははは』

ははは、じゃねぇ。
普段ならば、兄弟子に対して絶対につかないであろう悪態を内心でついて、綱吉は落ち着くために紅茶を口にした。

確かに、雲雀は、綱吉が言うのもなんだが美人だ。
麗人という言葉は、彼のためにあるのだと、馬鹿のように思ってしまうことがある。
整った風貌は言うまでもないが、真に雲雀が人を惹きつけるのは、彼の纏う空気のせいだ、と綱吉は思っていた。
東洋人特有の、儚さと強かさが混在する神秘的な雰囲気と、雲雀自身が持つ自信に溢れた他者を圧倒する威圧感が絶妙に混ざり合って、人目を否応なく惹き付ける。

それはいい。
それは全然かまわない。
雲雀は潔癖症だ。
自分の気に食わない者が寄ってきたら、一瞬で叩き伏せてしまうだろうから。
なにより、雲雀がどれくらい自分に溺れているかを、綱吉は正確に認識していた。

だから、誰が雲雀に近づこうとも気にしたことはなかったのだ。
自分に言い寄ってくる男達の相手で手一杯、というのもあったけれど。

だが―――。

ディーノはまずい。

ボンゴレの血が告げるまでもなく、綱吉の本能がそう警鐘を鳴らしている。
なんだかんだ言っても、雲雀はディーノを嫌っているわけではない。
それだけでも極めて稀なのに、雲雀はディーノが自分のファーストネームを呼ぶことを黙認していた。
単にそれを、ディーノに押し切られたと思う人間は、雲雀との付き合いが浅い者であろう。
雲雀は、気に食わなければ殺してでも修正を入れる人間だ。
決して押し切られるような可愛げのある人間ではない。

『ドン・ボンゴレ、あなたの秘書を私に譲る気はありませんか?』

冗談めかして言ってはいたが、あの時のディーノの瞳は確実に本気だった―――。




「うぅぅ・・・・」

バキリ。
一ヶ月前の出来事を思い出していたためだろうか。
綱吉の手の中で、ドイツ ペリカン製のトレドが哀れな悲鳴とともに真っ二つに折れた。
―――手にインクが飛び散ったが、それ以上にサインしかけていた重要書類の被害のほうが甚大である。

「あ、しまった・・・」
「何してんだこのダメツナ」

間髪をいれずに背後の窓辺に腰掛けている少年の蹴りが、椅子の背もたれに容赦なく放たれた。

「いたっ!痛いって」
「さっきから上の空で何やってんだ、犯すぞ」
「言いながらもう机に押し倒してますけどリボーン先生!!?」

ぎゃー止めて止めて、俺には恭弥さんがいるんだー!!
まるで間男に抵抗する新妻のような台詞をはきながら抵抗する主人の姿に、リボーンは呆れたようなため息をついて身を起こす。

「で、何だってーんだ、さっきから」
「・・・」
「あぁ?俺がわざわざ尋ねてやってんのにシカトか?いつからそんなに偉くなりやがった」
「―――っ言います、言いますからシャツを剥かないでーーーー!!!」

目を見張るような速さで剥かれていく上着を必死で掴みながら、綱吉は諦めたように若干涙目になりつつぽつぽつと事情を話し始めた―――。




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