You asked for it !


「ねぇねぇ、沢田くん・・・今日の化学の、平衡のところなんだけど・・・」
「あのね、ちょっとわからないトコがあって」

ホームルームを終えて、どこの部活にも参加していない綱吉は、そそくさと帰り支度をしていた。
そんな綱吉に、クラスメイトの女子達が遠慮がちに声をかけてくる。

「んー?どこ?」

にっこりと穏やかな笑顔を浮かべて綱吉が振り返れば、彼女たちは微かに頬を染めて可愛らしいノートを差し出した。

「ルシャトリエの法則ところで・・・」
「うんうん、あそこ、面倒だよねー」
「そうなの。で、ここの問題なんだけどね」
「ああ、これはね、もともとの変数が体積だから、このままじゃルシャトリエが使えないんだ。だから、体積増加を圧力の減少と考えて―――」

綱吉はそう言いながら、さらさらとノートにシャーペンを走らせた。




中学校でダメツナと呼ばれ続けた 沢田綱吉は、現在高校2年生。
地区で一番偏差値の高い進学校、並盛高校に通っている。
ちなみに、中学時代の教師や知り合い達は、綱吉が並盛高校に合格したと聞いた時、そろって顎が外れるほどに驚いていた。

そんな彼らを見て、綱吉も苦笑するしかない。
確かに自分はどうしようもないくらい駄目なヤツだったのだから。
だが、毎日黒光りする鉄の筒で脅されながら宿題と、家庭教師の出す常軌を逸した課題をこなし、日常茶飯事となりつつあるどこかのファミリーの襲撃を迎え撃っていれば―――。

無理矢理にでも成長するというものだ。

それに加え、高校に入ってから、綱吉の背は随分と伸びた。
今の身長が175cmだから、それほど低い部類でもない。

今や、綱吉をダメツナと呼ぶのは、彼の超スパルタな家庭教師ぐらいである。




「―――ということ。この問題は、ルシャトリエの適用出来る変数が分かれば、結構簡単になるかも」
「そっかぁ、ありがとう!すっごい分かり易かったよ〜」
「ねー、なんか、先生より教え方上手いよ、沢田くん」
「え、そう?あはは、俺も化学苦手だからねー分からない気持ちがすっごい分かる」
「えぇー絶対嘘だぁ!」
「目茶苦茶出来てるって!」

そんな風にきゃいきゃい話しながら、綱吉は同級生の女子達と教室を後にして、昇降口へと向かう。

「お、沢田ー帰んのかー?」
「うん、小島は?」
「俺今日部活なんだわー。またな」
「うん、じゃあなー」

すれ違う生徒の殆どが、綱吉と何らかの会話を交わして通り過ぎていった。

友達増えたようなー、と思うのは、こんな時だ。
獄寺は、(綱吉の為の土台作りに)イタリアの高校へ進学したし、山本は野球の強い県外の高校へ進学したので、今の友人達の殆どは高校に入って出来た友人だった。
もちろん、今でも山本とは週一くらいのペースで電話やメールをしているし、獄寺とも似たような状況だが。

「あ、そうだ沢田くん、帰りに美味しいケーキ奢るよ!」
「そうだねー、なんか、いっつも教えて貰ってるし・・・お礼しなきゃだね!」
「え、いや、別にいいよーそんな気ぃ遣わなくて。俺だって勉強になるし・・・」
「いーからいーから!遠慮しないで!」
「そうそう!あ、でも、何か用事ある?」

にこにこと、好意に溢れた笑顔を向けられて、綱吉はしばらく考えた後、同じくらい好意に溢れた笑みを返した。

「ううん、別にないよ」
「じゃあ行こう!・・・って、後で笹川さんに怒られても知らないけどね〜」
「え?えぇ!?」
「そうだね♪」

同じ学校に通う、中学校時代からの憧れの少女の名前に、綱吉は正直に反応する。
そんな綱吉に、クラスメイト達の笑みが楽しげに深まった。

何をどう勘違いしたのか、二年生の殆どは綱吉と笹川京子が付き合っているのだという共通認識を持っている。
確かに、同じ中学校出身で、学校以外でも色々と付き合いはあるが、綱吉にしてみれば残念ながらそれは完全な誤解だった。

京子は、綱吉を気の合う友人としてしか見ていない。

それを痛いほど知っているので、綱吉としても今更告白する気にはなれなかった。
何より、今の綱吉の中の最優先事項が、京子でなくなってしまったから。
もちろん、大好きなことに変わりはないし、困っているなら何が何でも力になりたいとは思うけれど。

家にいるチビすけ達や、指輪で繋がれた守護者達、それから―――彼を非日常の世界に突き落とした漆黒の家庭教師。

あまりにも自分の周りが騒がしすぎて、普通の恋愛など二の次になってしまっている。
健全な高校生男児としてどうかとは思うのだが、興味がわかないのだから仕方がない。

「いや、京子ちゃんとは・・・」
「笹川さんと付き合ってるから、沢田くん狙いの子達も遠慮してるんだよね。だから、一緒に帰れる私たちって、ちょっと得してるかも」
「そーねー。ま、二人はお似合いだから良いんだけどさ」

クラスメイトは、綺麗に綱吉の言葉を無視して校門から出て行く。
どうして自分の周りには都合の良い耳を持った人間が多いのか、と、結構真剣に考えながら、綱吉もその後ろに続いて、促されるままお勧めのケーキ屋(というよりコーヒーショップ)に足を向けた。




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