5.Idle Talk



「ルース兄様!起きて?遊んで?ってか遊べ?」
「ぅぐっ」


ここ数日、ルースは穏やかに起きられた記憶がない。

与えられた部屋の、ゆったりとしたセミダブルのベッド、穏やかな日差し、日の匂いのするシーツに枕。

安眠の条件は揃っている。

それなのに、穏やかに起きれないのは何故か。


それは、ボンゴレ本部に小さな嵐が訪れた、いや、帰ってきたからであった。
その嵐に一番翻弄されているルースは、自分の腰の部分に馬乗りになっている少女を見上げ、寝起きの掠れた声を出す。

「キョウ・・・どいて・・・重い・・・」
「兄様、起きる?」
「起きる、起きるから・・・」
「うん、わかった!」

どうしてこうも朝からハイテンションなんだ。
ひょいっと体重を感じさせない動作でベッドを降りた少女――キョウ――を見ながら、ルースは気怠い身体を起こした。

「ご飯食べに行こ?」
「待って、着替えるから」
「うん、じゃあ先に行ってる〜」
「ああ」

パタンと、扉の閉まる音を背中で聞き、ルースは再びベッドに倒れ込んだ。

思い起こせば三日前、空港で迎えに行ったのが、全ての始まりだった気がする。




夜も更けた時間、人影のない私設滑走路の近くに車を止めると、小柄な人影が幾人かの護衛と共に近づいてきた。
それは、リボーンによって迎えに行くように言われていたハルだった。
車から降りてきたツナを見て、ハルはやっぱりという顔をして笑う。

「ツナさん、やっぱり来ちゃったんですか??しかもリボーンちゃんにルース君まで」
「ごめんね、ハル、せっかく行ってくれたのに」
「いえいえ、私も会いたかったですから!」

取り留めのない話をしていると、やがて、轟音とともに一機の小型機がゆっくりと滑走路に着陸する。
そして完全に停止したところで、中から小さな人影が飛び出した。
暗いのと、飛行機自体の光で顔は見えないが、ふわふわとした髪の長さから、少女なのだと言うことが分かる。
そのふわふわとした髪の毛を揺らして、その少女の影は綱吉の肩口に飛びついた。

「パパー!ただ今!!」
「お帰り、キョウ!!」

綱吉も飛び込んできた少女をしっかりと抱きしめ、愛しそうに頬擦りし、同色の瞳を見つめ返す。
瞳と同じ色の、ふわふわの髪の毛を肩の長さで切りそろえたキョウは、無邪気な笑みを浮かべながら綱吉の頬へ軽くキスを落とした。

「あーもう、可愛いなぁキョウ!また大きくなったねぇ、どうだった?学校は?」
「うん!楽しかったです、パパ!パパはお元気だったですか?」
「うん、元気だったよ!」

そう言ってもう一回ぎゅーっと愛娘を抱きしめ、綱吉はキョウを下に降ろした。
降ろされたキョウは、横に立っていたハルと抱き合って軽いキスを交わす。

「キョウちゃん、お帰りなさいです!」
「ハルさん、ただいま!」

リボーンとも同じような挨拶を交わしたところで、キョウは、綱吉の横に立つルースへ、父親と同じ色素の薄い瞳を向けた。
しばらくキョトンとした顔でルースを見つめていたが、すぐに無邪気な笑顔を浮かべ近寄ってくる。

「こんにちは、初めまして、キョウです。お兄ちゃんはどなたですか?」

ペコリと正式な礼に則ったキョウのお辞儀に、ルースも同じように礼を返す。
キョウのあまりにもマフィアの世界とは違う空気に気圧されて、考える前に口が動いていた。

「ルース」
「ルース・・・さん?んールース・・・ルーちゃん?ルールー・・・。あ、兄様!!うん、ルース兄様だね?よろしくね」

名前を聞いて、なにやら少女なりに考えた結果、そう呼ぶことに決めたらしい。




それ以降、なぜ懐かれたのかは分からないが、にこにことキョウはルースの後をついてくるようになった。

綱吉曰く、俺以上の超直感の持ち主だからね、とのことだが、ボンゴレの超直感で自分のお気に入りの人間も見抜けるものか?

というか、ルースは敵対組織の人間で、綱吉に敵意を持っている人間なわけで。
などと色々考えてみたが、キョウの無邪気な笑顔の前には何の意味もないことを理解した。

だって、兄様は良い人だよ。

全ては、キョウの笑顔とその一言で片付けられてしまう。
アレって、ある意味最強だよなぁ・・・。
何とも言えない溜め息をつきながら部屋を出ると、丁度そこに家光が通りかかった。

「おう、おはよう青少年」
「・・・おはよう、ございます」
「お、挨拶するようになったな、お前」
「・・・はぁ」
「キョウのおかげかぁ?このこの」
「ちょ、ちょっと、やめてくださいよ」

大きな手にぐしゃぐしゃと髪を遠慮無くかき混ぜられて、ルースは憮然とした顔をさらに憮然とさせながら家光の手を振り払う。
嫌がっているわりに、律儀に敬語を使ってしまうのは、それなりに家光に敬意を払っているからなのだが。

「う〜ん、キョウの良い影響がでて良いことだなぁ〜キョウも、お前が来てから楽しそうだしな」
「は?良い影響ってか、だから手を離して下さい!」
「良い影響だろ〜?お前、キョウが帰ってくる前まで、幽霊みたいに影薄いわ、死人みたいに暗いわ、どうしようもなかったじゃねぇか」
「放っといてください」
「綱吉なんかよ〜本気で心配してたんだぜ?」
「・・・ボンゴレが?」
「おう。ま、昔の自分見てるみたいで落ち着かなかったんだろうな」
「・・・五年前、ですか」
「お、よく知ってるな」
「さぁ、ボンゴレ内で大きな争いがあったとしか知りません」
「・・・そうか」

ふと、家光の顔が引き締まったのを見て訝しんだところで、廊下の反対側からキョウが顔を出した。

「ルース兄様―冷めちゃうよー?・・・あっ家光のおじいちゃま!」
「おーキョー!大きくなったなぁ!」

家光の姿を認めて瞳を輝かせたキョウは、軽い足取りでこちらまでやってくると家光に抱き上げられる。

「久しぶりです、おじいちゃま!!」 「そうだなあ〜前に帰ってきたのは5ヶ月前だからなぁ」
「えへへへー。あ、兄様、早くご飯食べよ?むしろ早く食べろ?」



そして、ルースは、そのまま家光に抱き上げられたままのキョウとともに食堂へと向かった。

すると、キョウが帰ってきてから食堂で食事をとるようになった綱吉と、見かけない、ファッションなのか単純にボロいのか判断に迷う服装の男と、その男の後ろに控えた、街中で見かけたら絶対に目を合わせたくないような3人組が居て。

「あー!ロンシャーン!トマゾの何回目か忘れたけどー家庭内抗争終わったんだ?」
「やっほいキョウちゃーん!!今日もキョウちゃーん!!」
「あはは!相変わらず意味わかんない!」
「でしょ、でっしょー!!??」
「そういえば新しい彼女さんは??いつかロンシャンの彼女で万国珍獣博覧会開こうと思ってるのに」

キョウがさらりと失礼な発言をしたにもかかわらず、ロンシャンと呼ばれた男のテンションは下がらないまま、勢いよく腕を突き出し指をV字に開いた。

「今はフリーだよ〜〜〜!!」
「へぇ」

そこで興味を無くしたらしく、キョウは家光の腕から降りて、意識的に異様な集団から視線を外して食事を続けている綱吉の元へ駆け寄る。

「パパ、おはようございます!!」
「おはようキョウ〜今日も可愛いねぇ」
「うん、パパも可愛いよ!」
「・・・あぁ、山本とディーノさんの悪影響が・・・」

愛娘の頭を撫でながら、がっくりと綱吉は頭を落とした。

綱吉は、自分の部下のうち約二名ほど、ツナは可愛いなーが口癖の人間達を思い浮かべながら、今朝の脱力の主原因である4人を見る。

「ロンシャンとその他愉快な仲間達、君たちの抗争が収まったのはのは分かったから帰って良いですよ。ってか、いちいち報告しに来なくても大丈夫だって言ってるじゃないですか」
「あれ、あれ〜沢田ちゃんつっれな〜い!!!どしたのかなー??」
「こらーロンシャン君の話を聞きなさーい」

ぷんぷん、という効果音と共に声を上げた細長い男を視界の隅に収めながら、ルースとキョウは食事の席に着いた。

「なあ、あのおっさん・・・」
「んー?マングスタ??頭おかしい人だよ〜」
「頭おかしいの!?」
「うん。ロンシャン曰く」
「って、お前、やたらあの辺の人たちに容赦ないな」
「あははは、あの人達を見ると、突っ込みがいれたくなる♪」

突っ込み役はボンゴレの血統的役職だからね♪
ハムエッグをフォークで切り分けながら、キョウは楽しげに不可解な発言をした。
まあ、それを聞き流しつつ、ルースは見慣れぬ集団を観察してみる。



トマゾ、といえば、どちらかというとヨーロッパよりもアジアよりのマフィアで、ルースのようなアメリカを本拠地にしていたベルザーの人にしてみれば、ヨーロピアン・マフィア以上に不可解な連中のイメージがある。
確か、規模はあるが余り団結力がないために、それほど勢力のあるファミリーではなかった筈だ。
ボンゴレと繋がりのあるファミリーだとは知らなかった。

どちらかと言えば、敵対していたような記憶があるのだが。

ルースが内心首を傾げていることに気付いたのか、キョウがトーストにバターを塗りながら口を開いた。

「トマゾはね、5年前の抗争の時に、ボンゴレの・・・ううん、パパの傘下になって動いたの。それ以来、パパとの私的なお付き合い、があるんだって。というか、パパとロンシャンは同じ中学校だったらしいよ」
「ふうん。5年前、ねぇ。同盟ファミリー以外のファミリーまで動かしたのか。そんなに大規模だったのか、その抗争は・・・って、悪い、どうかしたか」
「・・・んー別に?兄様は、話しながら食べるとトマトを取り落とすんだなぁって」
「トマト?あ、」

髪に隠れたキョウの表情が、あまりにも思い詰めたようなものに見えたので、思わずそちらに気を取られたら、いつのまにかミニトマトがフォークから転がり落ちて床に落ちていた。
転がったトマトを皿に戻してキョウを見遣れば、何事もなかったかのように明るい表情をしている。


だが、先ほどの表情が見間違いでなかったことも、ルースはよくわかっていた。


5年前、一体何があったのだろう。
ボンゴレの中枢部に、静かに漂っている、どこかもの悲しく張り詰めたような雰囲気の根本。
それが、5年前の出来事。



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