6.Last Smile (1)


ボンゴレ10代目、沢田綱吉の実子、今年で8歳になるキョウは、イギリスの名門パブリックスクールに通っている。

普段は学校の寮で生活をしているが、長期休暇を利用して、現在、ボンゴレ本部に帰省中だ。

ちなみに、彼女のお相手役は、もっぱらルース(今年で14歳)が務めていた。
意外と馬が合うらしい。



そんなわけで、今日も今日とて、ボンゴレ本部の中庭にはキョウとルースが木陰でゴロゴロとしている姿が見受けられた。

「なあ、キョウ」
「んー・・・?」

昼食を終え、暖かい日差しを浴びながら、微睡んでいる少女に少年は同じような格好で声をかけた。

「何でイギリスのパブリックスクールに入ったんだ?別に、イタリアのでもよかったんじゃないのか?」

綱吉とキョウの仲睦まじい様子から、家庭内の不和、ということは無さそうなのだが。
むしろ、綱吉はキョウがイギリスの寄宿舎に居ることを反対している節さえあった。
可愛い可愛い愛娘と離れるのは嫌だ、という男親特有の心境なのだろう。

「ん〜・・・?だって・・・遠くにいれば・・・ぱぱの大切な人たちが、わたしのせいで・・・
・・・傷付か・・・にゃい・・・かりゃ・・・むにゃむにゃ・・・」

殆ど夢の世界に足を突っ込んでいるキョウからの返答は、その寝惚けた口調とは裏腹に、どこか重い意味合いを持つようなもので。

そっと、横たえていた上半身を起こしてキョウを見るが、少女は無邪気な顔で夢の世界に旅立っていた。
その幼い顔立ちを見て、キョウがまだ10歳にもならない子どもなのだということを思い出す。
普段の言動が、無邪気でぽややんとしている割りにどこか大人びているから、時折同年代のように扱ってしまうが、6歳も年下なのだ。

それなのに。

時々、なにかを諦めたような言葉を、彼女は使う。

まるで、世界から一歩引いたところから、周りを見ているような。

やはり、5年前に何かがあったのだろうか。
たった、3歳だった少女の、その後の言動を確定してしまう、何かが。

キョウの目にかかった髪を払ってやりながら、ルースは思案にふける。
ふと、そこで気配を感じて顔を上げれば、屋敷の方から金髪の青年が歩いて来ているのが見えた。
その美丈夫は、ルースと目が合うと片手を挙げてひらひらと動かした。

「おい、そろそろ冷えてきたから、中に入った方が良いぞ・・・って、キョウは寝ちまったのか」
「ドン・キャバッローネ・・・どうして・・・」
「ん?何、ただドン・ボンゴレに会いに来ただけさ」

ただ、という理由だけで、同盟内No.1、No.2のファミリーのボス同士が顔を合わせるのだから、型破りである。

ドン・ボンゴレが同盟ファミリーの中で最も信頼する、ドン・キャバッローネ。

5年前の抗争でも、ボンゴレの最強の盟友として活躍したという。
彼ならば、ボンゴレ幹部の口と雰囲気を重くする5年前に何があったのかを、外野という立場から正確にかつ客観的に把握しているはずだ。

じっと、ディーノの瞳を見つめて、そんな思案を巡らせるルースに、マフィアの中でもその美貌を讃えられる美丈夫は、その整った相貌に微苦笑を浮かべた。

「なんだ、俺に聞きたいことでもあるのか?」
「・・・教えて頂けるのであれば」
「ふうん、そうか・・・ま、とにかく屋敷に戻ろう。そのままだと、キョウが風邪をひくぜ」

そう言えば、日が翳ってきて、風が少し冷たくなってきた。
思った瞬間、キョウが小さく鼻を啜る。

「ほら、そのままじゃ、可愛いお姫様が風邪をひく」
「お姫様って・・・」
「違うのか?・・・まあ、お前もまだ14だしな」
「???」
「はは、ま、さっさと中に入ろう」

ディーノの言葉を理解に出来ずに首を傾げたルースは、釈然としないまま、キョウを抱え上げて彼の後に続いて歩き始めた。




キョウを彼女の部屋に寝かせて、ルースはディーノの居る客間の一つへ向かった。
どうやら、綱吉が急用で、ディーノを待たせているらしい。
部屋にはいると、存在だけで絵画になり得る美丈夫が、応接用のソファに腰掛けている。
いつも影のように寄り添っている側近の姿は見えない。

「・・・よぉ」
「・・・」
「黙ってないで、座ったらどうだ?」

勧められるまま腰を下ろせば、ディーノの蜂蜜色の瞳がぴたりとルースを見ていた。

「で、何が聞きたいんだ?」

分かっている癖に、あくまでドン・キャバッローネはルースの口から言わせたいらしい。

ボンゴレの敵対勢力の中心に属していた自分が、ボンゴレの嫡子を気にかける、という状況が嬉しいのだろう。
まあ、別に、キョウに何かしら遺恨があるわけではないし、懐かれれば悪い気もしない。

そもそも、ボンゴレに抱いていた遺恨も、認めたくないが徐々に薄れていた。

祖父は、自分が出来なかったこと、つまり、部下を本当に信頼し、自らが非情な皇と呼ばれようと、組織の傀儡に成り下がらずに、実力で王座を維持するボンゴレの姿勢に、心からの敬意を持っていたのだろう。

そして、自分の王国を潰す物語の終幕は、そんな若い獅子王に任せたいと思ったのではないか。
ドン・ボンゴレ、沢田綱吉という人間を間近で見てきたルースは、朧気ながらそんなことを思うようになっていた。
だからこそ、血塗れの玉座に座す獅子王の心に巣くい、幼い少女に諦観を植え付けた5年前の出来事が知りたい。

「5年前の抗争、一体、何があったんですか」
「・・・長い、話になるぜ?」
「・・・ええ」





「ぱぁぱ〜」
「うーキョウ〜!可愛いなぁ!」

部屋に顔を覗かせた途端、とてとて、と幼い足取りでやって来た子どもを、
愛想を崩して抱き上げた綱吉は、そんな姿を苦笑しながら見ている京子を見遣った。

「ね、京子」
「ええ、本当に(キョウもツナさんも)可愛い」
「あ、もちろん、京子も可愛いよ、って、いったぁ!!何するんだよリボーン!キョウを落としちゃったらどうするんだよ!」
「うるせぇ、さっさと部屋に戻って仕事しやがれダメツナ」

今年で11歳になったリボーンは、背も伸びて、23歳の日本男児の平均身長である綱吉の背に並ぼうとしている。
そんな、いつも通りのダークスーツに身を包んだ世界最強のヒットマンは、執務室を抜け出して妻子の部屋で完全な親ばかになっているドン・ボンゴレを背後から蹴りつけた。



マフィアである、という事実を受け入れてもらえた上に、中学時代からの恋を実らせることができ、さらに可愛い子宝に恵まれた綱吉は、まあ、幸せの絶頂にいるわけである。

例え、子供が生まれてそろそろ3歳になろうとしている時期で、いい加減新婚も何もないという時期であろうと、綱吉と京子の仲の良さは変わらない。


別にそれをどうこうとは言わないが、仕事は真面目にやれ。

雲雀が長期の出張に行っている為、護衛と実質的な秘書を請け負ったリボーンは、呆れながら綱吉の襟首を掴んでボスを私室から執務室へと引き摺る。

とはいえ、綱吉は、平和ボケしているわりに、必要最低限の仕事は完璧にこなしているので、そこまで目くじらを立てて仕事をさせる必要はない。

簡単にいってしまえば、世間的に見ればまだ幼い最強のヒットマンは、自分を構ってもらえなくなって少しばかりヘソを曲げているのだ。
もちろん、ほとんど生まれた時から知っているようなものである綱吉は、そんなリボーンの心理を分かっているので、苦笑しながら随分と近くなった頭を撫でる。

「リボーン、ヘソを曲げないでよ」
「何のことだ」
「まあ、良いけどさ」

ぐりぐりっと頭を撫でて、綱吉はリボーンから離れ、執務机に腰を下ろした。
憮然とした表情で、それを受け入れたリボーンも綱吉の背後の大きな窓の枠に腰掛ける。


そう、本当に平和な日々だった。
まるで、夢のような、日々だった。
だからこそ、誰もが悔やんだ。
なぜ、あの日々を続けられなかったのかと。




まだ地盤の固まらない時期を狙われた。

幹部の層もまだ浅く、各地に幹部を派遣してしまえば、そして、そこを内部の派閥に水面下から突かれれば、揺らいでしまうほどに、地盤は脆弱だった。

けれども、事態が起こってからの綱吉を含めたボンゴレ幹部の動きは迅速かつ的確だった。
事を起こした派閥を殲滅し、同調した同盟ファミリーの保守派に制裁を加え、それに乗じて同盟ファミリーの若手達を反逆へと焚きつける。
そう、どこまでも徹底的に、冷徹なほど公正に。



だが、もっとも厳重に守られていたドン・ボンゴレの妻子が、内部派閥の人間によって拉致されてしまった。
二人の護衛についていた、100名以上の部下達は全員殺され、妻子の足跡は爆破とそれによる火災によってかき消されていた。


綱吉の動揺と憤激は、一般のファミリー構成員や、同盟ファミリーにも全く悟れなかったに違いない。
けれど、幹部の人間達は、そして最高の盟友ドン・キャバッローネは、未だかつて無い、煮えたぎった綱吉の怒りを肌にピリピリと感じていた。



結局、京子は物言わぬ帰還を果たし、キョウにしても、体験した余りの恐怖に暫く喋ることが出来なかった。

一体そこで何があったのか、知る者はキョウ一人だけである。


救出にあたった、綱吉やリボーン、了平が見たものは、血だまりで事切れた京子と、それに寄り添うように呆然としているキョウ、そして、妻子を拉致したと思われる人間達の惨殺死体だった。
検死によれば、京子は3発の銃弾で右肩、心臓、右足の付け根を撃たれ銃殺され、他の男達は、鋭利なナイフでどこが致命傷か分からないほどに切られ、バラされていたという。
そのナイフは、男達の所持品ではなく、綱吉が京子へ護身用にと渡していたものだった。

ただし、死亡推定時刻から、男達よりも京子の方が先に死んでいたことは明白で。


リボーンは、それを聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をした。

どうやら、一番最悪な方法で、キョウの中のボンゴレの血が目覚めてしまったらしい。
恐らくは、母親が、目の前で殺された事がきっかけなのだろう。
今、保護されたキョウは、各地に散っていた幹部や主力部隊に守られた病室で眠っている。
シャマルの診断では、3日間、飲まず食わず眠らず、だったらしいのだから、当然と言えば当然だった。
暫くは目覚めないだろう。

それよりも、とリボーンは顔を上げて、ドン・ボンゴレの私室の扉を開けた。



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